「お前、まさかおれを呼んだのって・・・・」
血溜まりに倒れているアーロンを眉を顰めて見下ろしながら、サンジは呟いた。
「こいつが先に手ぇ出した。だろ?」
そう言いながらゾロは刀の血を軽く払い、血糊にこちらも軽く眉を顰めて、
部屋にあった布で軽く拭い、鞘に収めた。
「まぁ、確かにな。・・・・つーか、単なる証言者かよ・・・」
「何だ、不満か?」
「おれはてっきり、こいつの手下がワサワサ出てくるから、そっちを片付ける担当かと・・・」
「そりゃ悪かったな。運動にもならねぇで」
「いいけどさぁーー」
そうは言いながら若干不満そうに、サンジは口を尖らせる。
「それだけじゃねぇよ」
「あ?」
「お前がいなけりゃ、入ってすぐ斬っちまってたな多分・・・」
「・・・・歯止めかよ。・・・・・まぁ目撃証言くらい、いくらでもやってやるよ」
ニヤリと笑って言ったゾロの言葉に、サンジは何故か満足気な顔で返事をした。
「私も見たよ」
「・・・ノジコ」
ゾロたちが振り返ると、ノジコが障子に寄りかかって立っていた。
「『斬り捨て御免』ってヤツ?」
「まぁ・・・、そうだな」
ノジコはゆっくりとアーロンに視線を落とし、すぐに逸らした。
「あの子は・・・幸せになれる」
「・・・・・」
「あんたみたいな男に出逢えた」
ノジコはそう呟いて、手に持っていた煙管をクルクルと回した。
「あんたは、いいのか?」
「何が?」
「仮にもあんたの旦那だろう」
ノジコはゾロとは目を合わさず、煙管をぼんやりと弄び続けた。
「・・・・私も・・・売られたようなモンだからね、ここにいるのは」
「・・・・・」
「14で嫁いでから今まで・・・あいつと夫婦だなんて思ったこと、ただの一度も無い・・・」
「・・・・そうか」
その後番頭が事態に気付き、店の中が唐突に騒がしくなった。
内所に詰め掛けようとする人間をノジコが追い払い、番頭に役人を呼んでくるよう指示を出す。
ゾロとサンジは逃げもせず、堂々とその場に残っていた。
「さて、さすがに忙しくなるよ。あんたらちょっと消えてな」
ノジコはそう言って手をヒラヒラと振り、2人を自分の内所へ行くよう促した。
「ノジコ」
楼主が死んだというのに、嘆きもせずに野次馬となっている店の人間をかき分けて、
ロビンとナミが内所にやってきた。
「ロビン、・・・ナミ」
ロビンにしっかりと肩を抱かれ、ナミがゆっくりと部屋に近づいた。
そして中を覗いて息を呑み、顔を背けてロビンにしがみつく。
「アーロンがロロノアに斬りかかったんだ」
「そう・・・」
ノジコの言葉にもナミは無言で、代わりにロビンが返事をする。
ナミは微かに震えながらロビンにしがみついたままだった。
「・・・・ナミ? 泣いてるの?」
「・・・・・」
「嬉しい・・・の?」
「・・・・分からない・・・」
どんな男であろうと、5年間、確かに育ててくれた。
その男の死に際して流れるこの涙の意味など、ナミには分からない。
嬉しいわけではない。
悲しいわけではない。
ただ、涙が出た。
ロビンに連れられて、ナミはノジコの内所にやってきた。
中にはゾロとサンジの2人が手持ち無沙汰に座っていた。
「・・・・ナミ」
「ゾロ・・・」
どれほどぶりにお互いの顔を見たのか。
2人はしばらく見つめ合って動かなかった。
ロビンはゾロの隣に座っていたサンジを手招きする。
サンジも静かに立ち上がって、部屋から出て行った。
2人きりになった部屋で、
いつまでも立ったままのナミに手招きし、ゾロは自分の隣に座らせた。
「・・・・ちょっと、乱暴な手に出ちまった」
「・・・・・・」
ゾロはナミの髪に手を伸ばすが、
その手にアーロンの返り血が散っていることに気付き、引っ込めた。
「・・・・泣いたのか」
触れることができず自分の足の上で拳を作っているゾロの手を、ナミはそっと取った。
「ナミ、血が」
ナミは何も言わず、自分の袖でその血を拭った。
そのまま両手でゾロの手をゆっくり持ち上げ、自分の頬に当てた。
ゾロの綺麗な手を、血で汚させてしまった。
自分のせいで。
だが、嬉しかった。
こうしてまたゾロに触れられることが、嬉しかった。
今はそれ以外、何も考えられない。
「ゾロ・・・・・」
涙が出た。
この涙の理由は、分かる。
嬉しいと。
愛しいと。
体中が叫んでいた。
「ナミ・・・」
自分の手に流れてくるナミの涙を、ゾロは親指で拭う。
もう片方の手でナミを引き寄せて、抱きしめた。
「改めて言うが・・・お前を身請けしたい」
「・・・・・・」
「女主人・・・ノジコとは、もう話はつけてる」
「・・・でも、額が」
「お前の借金と、損金。それだけだ。
養育費も払えと言うなら払うが、ノジコはいらねぇって言うだろうな」
「・・・・・・」
ゾロは笑って、ナミの頭をポンポンと撫でた。
「そんな顔するな。ノジコも言ってたぞ、お前は笑ってた方が可愛いってな」
「・・・・・・・」
「返事してくれよ」
「・・・ゾロ、・・・いいの? 本当に私でいいの・・・?」
涙をボロボロと流しながら自分を見つめてくるナミに、
ゾロは優しい笑顔を返す。
「・・・ここで働いていたことで、周りの反応がお前には辛いものになるかもしれない。
お前にとって良いことなのか、分からない。
ただ・・・おれはお前と居たいんだ。・・・我儘で御免な」
「・・・・・」
「おれの嫁になってくれるか」
「・・・・っゾロ・・・!!」
2006/01/22 UP
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