「やぁ、ロロノア様。わざわざすいませんねぇ」






先に入ったノジコから話を聞いたアーロンは、
にこやかにゾロとサンジを内所に迎え入れた。


楼主・アーロンはがっしりとした大男で、歪な高い鼻をしている。
自信に満ちた目つきで、ゾロたちへ丁寧な言葉遣いをしていてもどこか尊大な態度だった。







 「そちらは?」

 「こいつはここの馴染み客だ」

 「あぁ・・・あの和菓子屋の若旦那でしたね」

 「おれの親友なんだ。別に居ても問題ねぇだろ?」

 「構いませんよ。お二人とも、酒は?」

 「あぁ」

 「じゃあ、3人で。いい酒があってね」






2人と入れ替わりにノジコは部屋から出て行き、障子を閉めた。
中に入ったゾロは、アーロンの正面に座った。
サンジは少し離れて、入り口近くに座る。





 「こちらからご挨拶に行くべきでしたのに、すいませんねぇ」

 「おれはあんたよりかなり年下だ。丁寧な口きかなくていいぜ」

 「・・・いや、領主様ですからね・・・」

 「ガキ相手に、あんただって嫌だろう?」

 「そんなことは・・・・」



フッと笑いながらのゾロの言葉に、
アーロンは若干引きつりつつ、苦笑した。












ゾロとサンジに酒を注ぎながら、アーロンは自分の話ばかりしていた。
自信家らしく、仕事の成功の話を延々と2人に聞かせている。
ゾロは時折相槌をうち、サンジにいたっては終始無言だった。




 「この店もおかげさまで、ここらじゃ一番の人気だ」

 「みたいだな」

 「ロビンやナミみたいな遊女もいることだし、うちはまだまだ伸びますぜ」

 「・・・ところで、そのナミだが」



ピクリとアーロンが眉を上げる。





 「ナミの叔母夫婦の借金、まだ返し終わってねぇのか」

 「・・・旦那は、ナミの馴染みでしたね。よくご存知で。
  まぁ結構な額だし、ナミ自身の借金も今じゃ相当あるんでね」

 「ふぅん」

 「・・・・何か?」



ゾロの態度に、アーロンはあからさまに不審な顔を見せた。



 「知りたいんだ」

 「何を?」

 「あれだけの女が、必死に毎晩客を取ってる理由をな」

 「確かに、ナミは滅多に客を振らねぇな」

 「あんたがあいつを育てたんだろ? 何でか知ってるか?」

 「別に・・・・」



肩をすくめて、アーロンは酒をあおった。





 「・・・この店、もう少しでかくしてもいいんじゃねぇか?
  さっきあんたも言ってたが、ここらの遊女屋じゃ一番だろう。格子もあれじゃ、ちと狭いぜ」



そう言いながら、ゾロは懐から巾着袋を取り出し、放った。
がしゃん、と音を立て巾着はアーロンの前に落ちた。





 「・・・・・・何を考えてんだ、旦那?」

 「言ったろ、ただ知りたいだけだ」

 「・・・・」



アーロンはズシリとした巾着を手に取り、ちらっと中を覗いて口元を少し吊り上げた後、
それを懐にしまった。









 「・・・・ナミの母親・・・ベルメールとか言ったかな」

 「暴漢に襲われたんだっけか」

 「あぁ、そのとき、最初その野郎どもはナミの方を連れて行こうとしたらしい。
  ガキの頃から美人だったからな、あいつは」


思い出したのか、アーロンは不謹慎にもくっくっと笑った。









家に押し入った暴漢は、すぐにナミに手を伸ばした。

奥にいたベルメールは最初それに気付かず、ナミは捕まった。
ナミは必死に抵抗して泣き喚いた。

叫び声に気付いたベルメールは、急いでナミの元に走り寄り、
男たちの手からナミを奪い返した。

それでも数人の男相手では、ベルメールも殴り飛ばされすぐにナミはまた男に捕らわれた。



ナミは泣き叫んだ。

助けて、助けて、と。



悲痛な叫び声に、ベルメールは何度も男たちの腕にしがみつき、
ナミを取り戻そうとした。

そして一人が刀を抜き、ベルメールを背中から斬った。







 「まぁ母親なら当然だろうな、娘が男にさらわれようとしてんだ。
  だがナミは、それが自分のせいだと思ったんだろうよ」

 「・・・・・」





自分が泣き叫んだから、母親は斬り殺されたと。
自分が大人しくしていれば、母親は殺されずとも済んだかもしれないと。






 「たかが4つのガキだ・・・泣くのが当たり前だろうに、自分のせいだってな。
  それに・・・・当時はまだしも、女になった時にゃはっきり気付いたんだろうな、
  自分が男からどう見られているのか」




アーロンは新しく酒瓶を開け、自分の盃に注いだ。




 「今のあいつは、母親への罪滅ぼしをやってんだ。
  母を殺してしまった自分の罪を、ここで償ってるつもりなんだろうよ」





自分があのときもし、男たちの手に堕ちていれば。
幼い日の自分の愚かさを呪いながら、ナミは男に抱かれていく。
もしかしたらあれは夢で、あのまま自分はさらわれて、そしてここにいるのかもしれない。
母は生きているのかもしれないと錯覚を見ながら。










アーロンは尖った歯を覗かせて、ニヤニヤと笑った。




 「それにあいつをここまで育てたのは、おれだ。恩を感じるのも当然だろう。
  旦那はおれが無理矢理働かせてると思ってるのかもしれねぇが、ここにいるのはあいつの意思だぜ。
  客を毎晩毎晩、取りまくってるのもな」




そう言って、アーロンはいやらしく笑い続けた。
ゾロはその顔に吐き気がしたが、何とか抑えた。










 「・・・・あんたに犯されてるのも、罪滅ぼしとでも言う気か」

 「・・・・・・・・何のことだ」



低く小さな声で呟いたゾロの言葉にアーロンは笑いを止め、眉を吊り上げる。



 「母親を殺し、叔母夫婦を騙し、あいつを犯し」

 「・・・・・・」

 「叔母夫婦の首吊りってのも、自殺だか怪しいもんだ」

 「・・・・・・・」

 「最低だな、あんた」




言い捨てて、ゾロは手酌で自分の盃に酒を注ぐ。




 「・・・・・誰がそんなこと、言ってたんだ?」

 「関係無ぇだろ」

 「妙な言いがかりはやめてくれるかい。いくら領主の息子でも、口が過ぎるとロクな事ねぇぜ」

 「そうかよ」




アーロンは射殺さんばかりにゾロを睨みつけるが、
ゾロは平然としたまま、酒をあおった。






 「ところであんた、遊女屋以外にも色々手ぇ出してるって?」

 「・・・・・・」

 「こっちに届出がひとつも出てないようだが・・・ヤバイことやってるみてぇだな」

 「・・・・・・」

 「なんでも、異国と妙な取引してるとか」




アーロンは相変わらずゾロを睨みつけたまま、無言だった。

ゾロはくくっと声を出して笑う。





 「安心しろよ、まだ親父には言ってねぇ」

 「へぇ・・・そうかい・・・・そいつはよかった・・・・」

 「何だって? 聞こえなかった」

 「いや、何でもない。とにかく、噂話は当てにしないほうがいいですぜ旦那。でっちあげだ。」

 「そうかな・・・まぁ、そういう事にしといてやるよ」




ゾロは一瞬アーロンに鋭い視線を送ったが、
すぐにそれを逸らし、立ち上がった。




 「じゃあ、おれは帰る。さすがにいい酒だったぜ」

 「そりゃよかった・・。道中お気をつけて・・・・」





サンジが障子を開け先に出ると、ゾロはそれに続きアーロンに背を向ける。

その背中を睨みつけたまま、アーロンは静かに脇差を抜いた。












決して、アーロンの動きが鈍かったわけではない。

ただ、ゾロからすればそれはあまりにも温いものだった。







 「ゾロ!!」




先に振り向いたサンジが、思わず声を出す。


背後の気配を感じながらゾロは振り向き、敢えてその刀に肌を斬らせた。

頬が一筋斬れ、ぷつっと血が溢れる。



チッと舌打ちをし、アーロンは脇差を持ち直す。




 「客に物騒なモン見せんなよ」

 「運良く避けたみてぇだな。領主には申し訳無いが・・・あんたらにはここで死んでもらうぜ・・・」




アーロンはニヤリと笑いながら、そう言った。





 「へぇ・・・お前がおれを殺すのか」







口元に流れてきた血をペロリと舐めあげ、ゾロも笑い返した。




 「言っておくが・・・そっちが先に抜いたんだぜ?」



低く呟いて、ゾロはすらりと刀を抜いた。
















 「・・・・ミ・・・」





アーロンは、自分が一体どこをどう斬られたのか理解する前に、絶命した。





2006/01/19 UP

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