それ以来、ナミはゾロを断り続けた。


番頭は何とかナミを折れさせようとしたが、ナミは頑なに拒み続けた。


それでもゾロは通い続け、そしてナミを待った。















あの夜から1ヶ月、毎夜店に足を運んだゾロを、
ノジコは再び内所に通した。







 「あの子も強情だよね」



ノジコは軽く笑いながら酒を勧めたが、ゾロはそれを断った。





 「叔母夫婦が死んで、あの子の居場所は本当に無くなっちまった」

 「死んだ?」

 「首吊ったらしい」

 「・・・・・・」



ノジコは煙草盆から煙管を取り出し、小さく溜息をつく。



 「客を取って借金を返せば、いつか戻れるかもしれない、
  そんな気持ちがあの子にはあったんだよ・・・。
  頭では無理だと分かっててもね」

 「・・・・無理なのか?」

 「前借だけじゃないんだよ、遊女ってのは金がかかるんだ。
  いくらあの子が人気の遊女でも例外じゃない。借金なんて増える一方さ」



煙管に煙草を詰めながら、ノジコは言った。

その様子を、ゾロはただじっと見ていた。






 「それに・・・・夫婦の借金だけじゃないんだよ、あの子を縛りつけてるのは」

 「・・・・何だ」



ゾロは思わず身を乗り出すように問うた。
ノジコはまっすぐ、睨みつけるようにゾロに目をやる。
煙管に火をつけ、一口吸う。



 「・・・・あんたは、知らないほうがいい・・・。
  ナミも、あんたには知られたくないと思ってるだろうよ」

 「・・・・・・・」

 「だけど・・・あんなあの子はもう、見てられない。
  せっかく・・・あんたのおかげで笑うようになったのにね・・・」



ノジコは哀しそうに笑った。
ナミを想う、姉のような顔で。








 「あんたがナミを身請けしようとしても、きっと楼主は・・・・
  アーロンはとんでもない額を言うよ」

 「分かってる。楼主からすれば当然だろう」

 「前借や先払いだけじゃなく、11になるまでの養育費もね。
  あいつは・・・どうやってもあの子を手放さない気だから」

 「・・・・・どういうことだ?」

 「・・・アーロンはね、あの子がまだ3つくらいの頃から目をつけてたんだ」

 「3つ・・・? その頃はまだ実母と暮らしてたんじゃ・・・・」



ゾロがナミから聞いたのは、その母親の死後、
世話になった叔母夫婦の借金のためここに来た、ということだった。
金貸しがこの店に売ったのだから、楼主・アーロンがナミを見たのはそのときのはずだった。



 「それも全部、ぜーーんぶ、アーロンの仕業なんだ。
  可哀想な子だよ・・・あんなに美しく生まれちまったばっかりにね」

 「・・・・全部・・・?」












 「大方、町で見かけたとかその程度なんだろうけど、
  アーロンはあの子が気に入っちまった」



金を積んでみても、借金のある人間ならともかく、
金に困っているわけでもない無関係の人間が、実の娘を売ったりはしない。
ベルメール親子は裕福ではなかったが、
それでも2人で生きていくには大した問題はなかったのだ。

そのため、アーロンは強攻策に出た。


暴漢を雇い、母親を殺させた。



 「孤児になった幼子を、金持ちが道楽で引き取る。
  有り得ない話じゃないだろ?」



だが、ここで母親の妹夫婦が出てきた。
すぐにその夫婦がナミを引き取ってしまったのだ。

続けて妹夫婦まで始末し、『遊廓の楼主』の自分が子供を引き取ってしまえば
さすがに怪しまれるかもしれない。
子供とはいえ、ナミの容姿は飛びぬけていたのだ。

よってアーロンは、今度は妹夫婦に
自分の息のかかった金貸しから借金を背負うよう、動いた。



 「それほどあの子が欲しかったんだろうね。
  それがうまいこと行って、ナミは借金の形でここに来た。
  結局全部、アーロンの思惑通りさ」





ノジコは煙管を吸い、緩く煙を吐き出した。
三口吸ったところで、煙草を火鉢に落とす。

ゾロは胡坐をかいた膝の上で、ギリと拳を握る。







 「・・・・妹夫婦も死んで、これであの子には戻る家もない。
  永遠に、ここにいるのさ。アーロンの傍にね」

 「・・・・どんな金額をふっかけられようと、何とかしてみせる」

 「だから、借金だけじゃないんだって・・・」

 「・・・・・」












まだ6つのナミが遊女屋へ来たとき、アーロンはすぐにナミをロビンの禿にした。

ロビンも面倒見のいい女であったため、
最初のころはナミも笑っていた。
それが自身を勇気付けるための笑いだったとしても、
とにかく、ナミは笑っていたのだ。

ノジコやロビンは特にナミに優しかったし、
この店の未来の看板遊女として、店の周りの人間もそれなりに優しかった。



 「アーロンも、その頃は妙な真似はしなかった。
  むしろ、借金のせいで売られた哀れな幼子に優しく接する、優しい人間に見えたよ」




ノジコは煙管に新たに煙草を詰めながら、
昔を思い出したのか、顔を歪めた。



 「でも、あの子が10か11の頃だったかな。
  女になるやいなや、手を出したんだ」



その後からすぐ、ナミは異例で11才から客を取り始めた。



 「遊女としてならともかく、楼主にまであんなことされて、
  ナミは違う店に行こうとしたんだ」



どっちにしろ叔母夫婦の借金があるため、
せめてナミは違う店で働いて、借金だけでも返そうとした。

だが、アーロンはそれを許さなかった。

ここを出るなら、今までお前にかけた金を全部返してから出て行け、と告げた。


高級遊女・ロビンの禿である以上、子供といえどナミの着物や髪飾りもそれなりに立派なものであった。
食費や医療費など遊女は全てにおいて自腹であるが、禿の場合は付いている遊女が全て支払うことになる。
だがアーロンは、ナミを引き止める切り札にするつもりだったのか、ロビンに費用をもたせなかった。
5年の間、ナミにかかった金は全て店、つまりアーロンが支払っていたのだ。


それを、まとめて返していけと。

そんなことは、到底無理に決まっていた。
それが返せるくらいなら、ここに売られてくるはずがない。

だがアーロンは、ひとつの提案を出した。
ここで働き続け、そして自分に尽くすのなら、その分はチャラにしてやる、と。



叔母夫婦の借金のために、遊女として働き
自分の借金のために、女としてアーロンに尽くす。



 「あの子がここを出て行く権利など、カケラも残されてなかったんだ」









ゾロは、話し終えたノジコを睨みつけるように、見つめた。



 「・・・あんたは、何でそんなことをおれに教える」

 「・・・・・ナミがね、」

 「・・・・」

 「心が死んでるんだよ」



ノジコは煙管に火をつけず、そのまま火鉢に置いた。



 「あんなに可愛らしく笑う子だったのに、11の時から死んじまったんだよ、心が。
  でも、あんたに会ってからあの子は変わった・・・」



ゾロの目を見据えて、ノジコは続ける。



 「今までの話は、あくまでも私の推測だ。多分間違いないだろうけどね。
  あいつはナミを自分の傍に置くためなら、・・・・人殺しも、平気でするよ」

 「・・・・・」

 「あんたがこの話を聞いて、それでもナミを救ってくれるなら、私は何でも協力する。
  もし怖気づいたり、面倒だと思うなら・・・あの子のことは全部忘れて、青い髪の子とさっさと結婚でもしな。
  下手に顔を出して、あの子を苦しめないでやって」






ゾロとノジコはお互いに目を逸らすことなく、
しばらくの間、見つめ合っていた。






 「あの子と離れるかどうかは・・・あんた次第だよ」






2006/01/14 UP

BACK NEXT

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送