叔母夫婦の死を知って、翌日にはナミはもう格子に並んでいた。



ゾロに別れを告げてから、5日が経っていた。

ゾロは来ていない。



格子の奥にぼんやりと座るナミの目は、
ゾロと会う前のそれに戻っていた。














 「ナミ」



ノジコが声をかける。
女主人自らが遊女を呼ぶことは珍しかったが、
ナミは気にせずフラリと立ち上がり、格子を後にした。


後に付いて行き自分の部屋の前まで来ると、
ノジコは振り返り、ナミの目を見て言った。



 「そそうのないようにね」



 「・・・・・?」





どこかで聞いたような、とナミは思った。




だがすぐにそれも忘れ、いつものように襖を開ける。















部屋の中に座っていた人物を見て、ナミは言葉に詰まる。


















 「ナミ」




ゾロがいつものように、胡坐をかいて座っていた。
ナミを見て、ゾロは柔らかく笑う。









 「・・・・もう来ないでと、言ったのに」




ナミは声を振り絞り、何とかそう言った。

冷たくあしらおうと思っていたのに、段々と視界がかすんでくる。




泣くな。

泣いては駄目だ。




ナミは俯き、必死に耐えた。









 「お前がそんな顔をするから」




ゾロは立ち上がり、ナミの傍まで来てその前にしゃがみこんだ。
俯くナミの顔にかかる髪をかきあげて、両手で包みこむようにその頬に触れる。




 「おれは毎日でもお前に会いに来る」




















その夜、2人は初めて体を重ねた。





























今度こそ、もう二度と、会わない。

そう心に決めて、ナミは隣で眠るゾロの顔を見つめた。
愛しい人の寝顔に、自然と笑顔がこぼれる。
同時に冷たく、そして熱いものが頬を伝う。


私はこの日を忘れない。


朝になれば
ゾロを起こし、部屋から出さねばならない。



もう少し。
もう少しだけ。




ゾロの温かさを、体に、そして心に染み付けたくて、
ナミはゾロの胸にすりよって再び目を閉じた。
自分をしっかりと抱き寄せて離さぬその腕に包まれながら、ナミは涙を飲み込む。



ただ体に刻みたかった。
もう逢う事はない、愛しい男の全てを。























朝になり、ナミはゾロが長着を着るのを手伝い、帯を結ぶ。

その間一言も発しないナミの手を、ゾロは掴んで止めた。




 「ナミ」

 「・・・・・・」

 「お前を、身請けしたい」

 「っっ!」



突然のその言葉に、ナミははっとして顔を上げた。
まっすぐに見つめてくるゾロと目が合い、すぐに逸らした。




 「・・・私の身請け金が、どれほどだと」

 「金なら何とかしてみせる」

 「・・・・・あの少女との婚姻も、まだなのでしょう。それなのに妾など」

 「・・・ビビとは・・・婚約を解消した」

 「・・・!」

 「あいつも分かってくれた。だから・・・・」



ゾロは片手でナミの手を握り締め、もう片方の手でその頬にそっと触れた。
だがナミは、それを振り払う。




 「・・・・お断りします」

 「・・・・・どうして」





ナミはゾロから一歩、後退る。





 「・・・・・私は、あなたにふさわしくない」

 「・・・まだ、そんなことを。関係ない」

 「私は!」




ゾロは手を伸ばすが、ナミの声にその手が止まった。






 「あなたが帰ったあと、その体で違う男に抱かれている」

 「・・・・・っ」

 「あなたが来る前も、今日このあとも」

 「・・・・・・」

 「私が、今までどれだけの男と床を共にしたと?」



自嘲気味に笑うナミに、ゾロは刺すような視線を送る。




 「まだ・・・自分は穢れているとでも言うつもりか」

 「・・・・・」

 「お前は、穢れてなどいない」

 「いいえ」

 「ナミ」

 「あなたの言葉はすごく嬉しい。でも、それは真実ではない。
  私は・・・あなたとは違う」

 「ナミ・・・・」




近寄ろうとするゾロをナミは制し、さらに後退った。






 「私は、遊女です」

 「今お前が遊女であることは、何の関係もない!」

 「そうではないのです」

 「じゃあ、何なんだ」

 「私『自身』が、あなたにふさわしくないと言っているの」

 「・・・・どういう・・・・」

 「・・・私は、耐えられない」

 「・・・・・」

 「あなたの傍に、穢れた私が居ることが、自分で許せない」

 「・・・・・」




ナミは唇を噛み、くるりとゾロに背を向けた。




 「あなたは優しい人。
  私に情けをかけてくれるのは嬉しい。だけどあなたと私は、全てが違う。
  あなたの傍にいるべきなのは、あの少女のように穢れを知らない存在でないといけない」

 「情けなどではない!!」



思わずゾロは声を張るが、ナミは緩く首を振る。



 「いいえ・・・あなたにその自覚が無くとも、私のような存在にあなたは憐れみを感じている」

 「おれは・・・!!」

 「あなたが悪いのではない。
  次代の領主として育てられてきたあなたが、下の者にそんな感情を持つのは当然のこと。
  同情と愛情を、あなたは一緒に考えている」

 「違う!!!」

 「・・・・私への想いが愛だというなら、どうか私のことは忘れてください。
  それが私の求めること」

 「ナミ・・・!!!」

 「・・・・・今度こそ・・最後です」



ナミは襖に手をかけ、一度もゾロを振り返ることはなかった。









 「さようなら、ゾロ」



震える声でナミはそう言って、消えた。























あなたと過ごした時間は、此処で私に差し込んだ唯一の優しい光だった。
また冷たい暗闇に戻っても
私はこの温かさを思い出せる。


あなたに会えて、よかった。


いっそ会わなければよかった、とも思う。



欲が、出る。



それは私には許されない。





さようなら、ゾロ。









だけど、あなたと逢えたこの場所で、私はあなたを忘れられるだろうか。





忘れなければいけない。

こんな感情は、いらない。

私にはもう、此処しか居場所は無いのだから。






2006/01/11 UP

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