今夜はゾロが来るという、その日。

陽が落ちる随分前から、ナミはそわそわとし始めていた。

ナミの部屋に来ていたロビンは、そんな様子を見てくすりと笑う。



 「ナミったら、そんなに楽しみ?」

 「・・・そんなこと、ありません」




素っ気無く答えたものの、かすかに頬を染め、ナミは俯いた。
まるで少女のようなその態度に、こんなナミを見るのはいつぶりだろうと、
ロビンは昔を思い出しながら微笑む。





 「・・・・よかったわね」

 「え?」

 「あなたが笑っていてくれれば、私も嬉しいわ」

 「ロビン・・・」














ずっと忘れていた笑顔を、ゾロが思い出させてくれた。
ナミにとっては、ゾロの全てが初めてであった。


あんなにも優しく自分を見つめてくれる男が、いただろうか。
あんなにも私の話を聞いてくれる男が、いただろうか。

体に触れることはない、それなのに、
あんなにも温かい男が、いただろうか。

ただ話しているだけで、あんなにも満たされた時を過ごしたことがあっただろうか。





そうして心が満たされていくうちに、触れてほしいと思うようになる。



男に触れてほしいなどと思うのも、初めてのことだった。



















 「ナミ、客だ」

 「・・・・客?」


外も暗くなり、通りも客でにぎわい始めた頃、
ナミはまだ部屋にいたのだが、番頭に呼ばれて立ち上がる。

番頭は、ゾロのことは『ロロノア様』だの『領主様』だのと呼ぶ。
第一ゾロならば、そのまま部屋へ通すだろう。

他の客の場合でも、馴染みならば名前で呼ぶ。
ただの『客』ということは、初会の客ということだ。
だがゾロが来ることを知っているのだから、この日に初回の客を取ることはないはずだった。




不審がりながらも、ゾロが早めに来たのかもしれないという思いもあったので、
ナミは急いでゾロを出迎えるために店先へ向かった。











しかしそこにいたのは、ゾロではなかった。




















遊女屋へ来るはずのない、客。



女だった。




まだ女とは言い切れない、少女と言ってもおかしくなかった。
青く美しい髪を結い上げ、見目にも分かる高価な着物を着ていた。

ナミと目が合うと、少女は丁寧に頭を下げた。








 「・・・・あなたは?」



問うと、少女はゆっくりと答えた。






 「ネフェルタリ・ビビと申します。・・・・・ゾロの・・・ロロノア・ゾロの、許婚です」
























金でも渡したのかもしれない、番頭はビビを特別に店の中に招き入れた。
そのままナミの部屋まで通す。

ナミはどうしていいか分からず、ビビの後に続く形で部屋に戻った。




領主の息子という地位なら、許婚がいてもおかしくはないし、むしろそれは当然のことだ。
分かっていたはずだが、知りたくなかった。



修羅場になっては困ると、番頭が部屋の外に座って待機していた。
少女は話を聞かれても構わないのか、それを気にする風でもなかった。










 「・・・・・・突然、ごめんなさい」

 「・・・・・・」



少女は遠慮がちに話し出す。
何の用か、などと聞く気はなかった。
用件など、考えなくとも分かる。

ゾロと別れてくれ、と。
そう言うのだろう。
廓遊びはやめさせてくれ、と。





案の定、少女は涙を浮かべながら訴えてきた。



幼少の頃から、ゾロの妻になるべく教育されてきた。
今年の誕生日が来れば、祝言を挙げるはずだった。
だがゾロから一向にその話が来ない。
聞けば、遊女にのめりこんでいるという。
この店に通うようになるまでは、ゾロの方も確かに夫婦になる気でいた。

どうかあなたの方から、ゾロを振ってくれ、と。



そう言って少女は、涙を流して頭を下げた。









何て勝手な女だろう、とナミは思った。

こちらの気持ちなど、カケラも考えていない。








愛しい夫を呼ぶかのように
ゾロを『あの人』と呼ぶ。


そんな少女が、憎かった。

ゾロに愛されるために生まれ、
ゾロに愛される全てを持っている。
穢れを知らないその体全てが、ゾロのためにある。

自分にはもう無いその清らかさが、ナミは憎かった。











 「あの男はただの客です」


小さく、だがはっきりと、ナミは口にした。
少女はその言葉を聞いて、顔を上げた。



 「お帰りください。此処はあなたのような人が来る場所ではない」






早く出て行って欲しかった。
この部屋は、この空間は、
唯一、ゾロと逢える場所なのだ。
唯一、ゾロと自分、2人だけになれる場所なのだ。

そんな場所に、ゾロの許婚という女が入って欲しくなかった。


数え切れぬほどの男をこの部屋に招き入れたというのに、と
ふと心の内から声がして、ナミは思わず自嘲的にふっと笑う。








少女は涙を流しながら、しばらく無言でナミを見つめていたが、
やがて礼をして静かに立ち上がり、部屋から出て行った。


同じ男を愛する、女の勘だろうか。
虚勢を張った自分の内面が、見透かされている気がした。











泣くものか。

一人になった部屋で、ナミはぐっと唇を噛む。




残された唯一のプライド。



これは、泣くようなことではない。
ただ、馴染みの客が一人減ったというだけ。





今まで憎しみやプライドなどと、
そんな感情は全て消えてしまっていたのに。




こんなにも心が揺れるなんて。



まだこんなにも、
自分の内にうごめくものがあっただなんて。








ゾロ

あなたは私を

こんなにも変えてしまった






2006/01/06 UP

BACK NEXT

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送