ここらでは、十数の遊女屋が軒を連ね、自然とひとつの遊廓を形成していた。

各店の楼主が金を出し合い、通りの入り口・出口に大門を作っている。
それをくぐると、一転して別世界となる。

夜になると、趣向を凝らした提灯が店ごとに吊られ、
淡い光を放ち幻想的な色合いを見せていた。
店からは客を迎え入れる芸者の三味線が聞こえてくる。
空気すらも甘くからみついてくるようなその空間は、
昼間とは違う、華やかで異質な雰囲気を醸し出していた。


昼間も店は営業しているのだが、
大半の客は、陽が落ち始めた頃にやってくる。


馴染みの客や、今日が初めてという客。
年齢も職業も関係なく、男たちはただ、遊女を求めて足を運ぶ。




そしてこの夜もまた、2人の若い男が、同じように遊廓の大門をくぐった。



















 「おいゾロ、ちゃんとついてこいよ」

 「うるせぇな、分かってるよ!いちいち確認するな!!」




着流し姿の男が、からかうように後ろを振り返って声をかけると、
もう一人の、こちらは腰に刀を1本ぶら下げた、ゾロと呼ばれた男がじろりと睨み返す。




 「おいサンジ、どこまで行くんだ」

 「まだもうひとつ先の店。おれの馴染みの子がいるんだv」

 「へぇ」

 「杏ちゃんっつってね、いい女なんだぜー?」

 「ふーん」




サンジはだらしなく顔を崩して、何を思い出したのか小鼻を膨らませつつ店を目指して歩き続けた。
その後を追いつつ、ゾロは興味なさげに返事だけした。




 「ま、お前はとりあえず、店行ってから選べ、な?」

 「・・・・何でもいい」










店によって形態は違うものの、
大半は、通りに面した店先に格子で囲まれた部屋があり、その中に遊女が座っていた。
男たちは格子の隙間から遊女を選び、遊女は中から男を誘う。


高級遊女であれば、格子に並ばず、馴染みの客だけで仕事が成り立つ場合もあったが、
基本的にはその店の大体の遊女が格子に座っていた。


サンジはもう馴染みの遊女がいるため、格子を覗かずそのまま店の門へと足を運ぶ。
入るとすかさず番頭がやってきた。







 「やぁサンジさん、いらっしゃいませ!」

 「よぉ、今日は連れがいるんだけど・・・」

 「ありがとうございます、そちらさんは初会のお客さんですよね?」

 「あぁ」

 「どの女に?」




番頭がにこやかにゾロに話しかけるが、
ゾロは面倒くさそうに下を向き、格子に目をやることさえしない。






 「お前なぁ、この期に及んで何だよ」

 「・・・・」

 「こういう遊びも知っとかねぇといけねぇぞ?」




『遊廓の客』らしからぬ態度に不審がっていた番頭の目を気にして、
サンジはゾロの肩を抱いて小声で話しかける。





 「お前、こういうとこ来たことねぇんだろ?」

 「・・・あるよ」

 「・・・うそ、いつ?」




素っ気無い意外な答えに、サンジは思わず目を丸くする。




 「だいぶ前。まだガキの頃だ」

 「・・・お前、固いヤツだと思ってたのになぁ」

 「親父に女の勉強しろって連れてこられた。そのとき1回だけだがな」

 「やるなぁー、親父さん・・・」




堅物そうなゾロの父親の意外な一面を知り、サンジはヒュウ、と口笛を吹いた。




 「だから別にもういいだろ、わざわざ来なくても・・・」

 「いやいや、ガキの頃ならお前、あんあん言わされただけだろ。今なら違う楽しみ方できるって!」

 「余計なお世話だ!」






 「あのー、それで、どの子にします?」



2人のやりとりをとりあえず静観していた番頭が、
おずおずと声をかけた。



 「おっと、そうだな。こいつにはこの店の一番人気の子、頼むよ」

 「ナミですかい?」

 「そうそう、ナミちゃんナミちゃん」

 「今、呉服屋の旦那からも声がかかってんですよ・・・。
  申し訳ないが、初会のお客さんなら、サンジさんの連れでも今回は遠慮してもらえますかねぇ。
  他にもいいのは沢山いますよ?ちょっと格子を覗いてみて・・・・」

 「おいお前、こいつがどこの誰だか知ってんのか?」




格子の前に案内しようとする番頭を制して、サンジは言った。





 「は?」




小首をかしげる番頭に、サンジはボソボソと耳打ちをする。
最初怪訝な顔をしていた番頭は、
次第に目を見開いて青くなったかと思うと、次は興奮で赤くなっていった。





 「・・・・!!!これはこれは!申し訳ございません!!どうぞ中へ!!」



大袈裟な手振りで番頭は2人を店の中に迎え入れた。
ゾロの刀を預け、2人は番頭の後に続いていく。





 「・・・おい、いちいち身分明かすなよ、みっともねぇ」

 「だってお前、領主様が呉服屋の旦那に負けてどうするよ」

 「領主じゃねぇ」

 「領主の息子だろ、次期領主じゃねぇか。
  言ってみればここらの総大将だ。呉服屋ごときに女取られてる場合じゃねぇだろ」

 「ここじゃそんなの関係ねぇだろ・・・・」

 「いいじゃねぇか、ナミちゃんすげぇイイ女だぞー?おれもいつかお相手してもらいたいなぁv」








そうしてゾロは、ナミの部屋に案内された。
サンジはと言うと、馴染みの杏の部屋へとイソイソと消えて行った。









上級の遊女になれば、それぞれ自分の部屋が与えられる。
私室というわけではなく、『仕事』をする部屋だ。
並みの遊女は、『仕事』の際にはそれぞれ空いている部屋に男を案内する。

部屋持ちの遊女の場合は、まず番頭が客を遊女の部屋に案内し、
遊女は後からその部屋にやってくる。

その間に酒や台の物を頼んでおいて、客は遊女を待つことになる。





さすがに勝手が分からず、
ゾロは番頭の言われるがままに注文をし、番頭は上機嫌で部屋から出て行った。











酒や料理が並び終わり、ゾロは一人食事を始めた。


しばらくすると、襖が静かに開いた。
そちらに目をやると、女が座っていた。








 「ナミと申します」






頭を下げてそう告げた女は、ゆっくりと顔を上げた。






その姿に、ゾロは一瞬で引き込まれた。



輝く橙色の髪をゆるく結い上げ、残った横髪がさらりと流れる。
白い頬には、長い睫毛が影を落としていた。

淡い褐色の大きな瞳が、ゾロをまっすぐに見つめてくる。







 (・・・・なんだ、この女は・・・・)




ゾロは、何かしらの違和感を感じていた。


この女は美しい。
今までも見たことも無い、美しさ。
確かにこれなら、一番人気の遊女になれるだろう。


だが、遊女でありながら、その目は遊女のものではなかった。

ゾロの知っている限り、遊女の目は、男を誘うか、品定めをする目だった。
先程の格子の中の女たちも、そんな目をしていた。

だが、今目の前にいるこの女の目は。




何も見ていない。


目を合わせていながら、目の前にいる自分の姿さえ見ていない。



そんな目だった。





2006/01/01 UP

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