紅の初花染めの色深く思ひし心我忘れめや


     ――紅花の初花染めの深い色のように 深くあなたを想ったこの心を 私は忘れることがあるだろうか――



























世界でも稀な、史上最も泰平と云われたある時代。

一人の遊女がいた。

女の名は、ナミと言う。


その美しさは男を惑わせ、ナミを買おうとする者は毎夜後を絶たない。
絹糸の如く輝く橙の髪、なめらかな雪のように白い肌、
紅を塗らずとも熟れた果実の艶やかさを持つ唇。
しかし何より男を誘ったのは、その目であった。

常に虚空を見るその目はひどく現実離れをしており、
遊廓に魅せられた男たちは、みなその目に幻を見、
日常と異質な時間を求めて幾度となく足を運んだ。














ナミがこの遊女屋に来たのは、6つのときだった。
幼いナミを引き取った楼主・アーロンは、ナミをロビンの禿にした。

この年で既に他に類を見ない美しさを持っていたナミは、
間違いなく、今後の店にとって宝となる。
現在、ここらの遊女屋でも最高級とされているロビンの禿となることで、
ナミは高級遊女に必要なことを全てたたきこまれ、そうなるべく教育されてきた。




通常、上級遊女の禿でも器量や物覚えの良い者は、いわゆるエリート遊女として仕込まれるので、
17,8才になるまではまだ客を取らない。
だがナミの場合、まだ11才の頃から店に出て客を取っていた。
そしてその段階で、既に『最高級遊女』の片鱗を見せていたのだった。


たとえ本人に、その気がなくとも。




















 「ナミ、今日は出なくてもいいんじゃない」

 「いえ、平気です」





楼主の部屋から出てきて、そのまま格子に向かおうとするナミに、
すれ違ったロビンは振り返って声をかけた。
足を戻し、青いナミの顔を覗き込む。

心配そうなロビンの言葉にも、
ナミは頑なに店に出ると言い張った。




ナミは、どんなときでも仕事を休んだことはないし、客を断ったこともない。
人気の遊女になればなるほど、当然店からも大事にされる。
体調が悪いと言えば、その日1日くらいなら休みをもらうこともできた。
ロビンやナミほどの遊女であれば、確実にそれは許されることであったし、
気に入らない客を断る事もできたのだ。

もちろん、並みの遊女はそんなことはできない。
毎晩どれだけ客を取れるか、金を落としてくれる客を捕まえることができるか。
そのためには、休むことも、また好みで客を断る事も、無理な話だった。



だがナミは、すでにこの界隈でもでの指折りの人気遊女だというのに、
毎晩、どんな客も断ることなく、仕事を続けた。








 「でも、顔色が悪いわよ。逆にお客から心配されちゃうわ」

 「・・・大丈夫、です」

 「・・・・・アーロンに、私から言っておきましょうか・・・?」

 「・・・っ、・・・本当に、大丈夫ですから」



優しく肩に触れるロビンの手から逃れ、
ぎゅっと口を結んで、ナミは足早に店へと向かった。
















 「・・・・・・・」






ナミの後姿を見送ったロビンは、小さく溜息をついた。



いつからあの子はあんなにも、笑わなくなってしまったのか。
いつからあの子は、誰にも頼らなくなってしまったのか。
いつからあの子の目は、あんなにも悲しい色になってしまったのか。

いつから、どうして。




その理由に気付いていながら、
救ってやれないはがゆさに、ロビンはまた深く溜息をつく。











ロビンはそのまま楼主の部屋の前に行った。

閉じきられていない障子の隙間から、乱れた布団が目に入る。







ナミを苦しめるものは、ここにある。


どんなにナミを思っていても、
どんなにロビンが遊廓一の遊女であっても、
ナミを救うことはできない。



所詮は、ロビンも一人の『遊女』にしか過ぎないのだった。






2006/01/01 UP

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