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言葉の意味が一瞬理解できず、ナミはぽかんと口を開けていた。
ココロは「んががが!」と独特な笑い声を上げて、また酒をあおった。



 「……ど、どうして?」

 「そりゃあ、アタシも同じらからね」

 「同じ?」

 「元・人魚ってヤツらね」

 「………え!?」



ナミは目を丸くし絶句する。



 「おめぇも、魔女から薬もらって人間になったクチらろ?」

 「それじゃあ、ココロさんも……?」

 「あぁ。 くれはからお伽話になってるって聞いてはいたが…アタシみたいなことするのがいるんらねぇ」

 「……お伽話って、あの人魚の?」




人間の男に恋をして、結局海の泡になってしまった哀れな人魚。
古くから語り継がれているこのお伽話は、若い娘の人魚にとっては憧れる恋の話、
だが他の大勢にとっては愚かな人魚の話として知られている。



 「悲恋になってるって?」

 「えぇ、最後は海の泡になって死んでしまうの」

 「失礼らねぇ、まら生きてんのに」

 「……………え」

 「アタシのことなんらよ、その話」

 「え、でも」




この話はもう数百年前から御伽話として伝えられているはずだ。
ナミの曾祖母ですら、『お伽話』としてこの話を知っていたのだ。

今ナミの目の前にいる女性は、確かに年はとっているがそれでもまだ老人とは言いがたい。
それなのに、この御伽話の元になった人魚なのだと言う。




 「あの頃は薬がまだ不完全れねぇ、普通の人間みたいに年はとれなくなっちまったんらよ。
  おめぇが飲んら薬はそんな事は無いと思うけろねぇ」



元々人魚という生き物は、人間よりも遥かに長生きする。
それと薬の作用が相まって、ココロはもう数百年生き続けている。



 「…あのお伽話のラストが違うなら、その、相手の人とは…」

 「そりゃあもう、ラブラブらったよ! 当然もう死んじゃったけろねぇ」




んががが、と笑いながらココロは立ち上がり、棚から新しい酒を取り出した。
振り返り、歯でコルクを抜くココロにナミは声をかけた。



 「……後悔、してますか?」

 「何をらい?」

 「人間に…なったことを」

 「……私が死んらら、骨を海に蒔いてくれるようビビたちに頼んでるんら」



ココロはドアを見つめながら呟いた。



時々砂浜に出て海を眺めながら、寂しくなることはある。
この体にもいい加減慣れて、昔と同じくらい上手く泳ぐことが出来ても、
もう二度と仲間の暮らす海の底に戻ることはできないのだ。

だが、人間になったことを後悔したことは一度も無い。
あの人と出会えて、全てを捨てるほどの恋をして、愛し合って。
あの人は私よりも早く死んでしまったけれど、手を握ってその最後の瞬間まで傍に居ることができた。

あの人は、笑ってくれていた。

 『わしのためにお前には色んなものを失わせてしまったけど、後悔はしてないよ』

 『出逢ってから今まで、今この瞬間も、お前と居られてとても幸せなんだ』

あの人は死んでしまって、たった独りでこの世界に残されて。
毎日泣いて暮らしたときもあった。
だがそれでも人魚に戻りたいとは思わなかった。

自分が人間としてこうして生きているということが、
あの人を愛してあの人に愛された証拠なのだから。







ココロの話を聞きながら、ナミは海に落ちたときのことを思い返した。

あの瞬間溺れる恐怖よりも、懐かしさを感じていた。


この青さを知っている。
海の中から見上げた空の美しさを知っている。

落ちたとき、海底に人魚の姿を見た気がした。
もちろんそれは気のせいなのだが、その一瞬ナミはそのまま潜りたい衝動に駆られていた。

懐かしい、生まれ育った場所。

だが、ナミは溺れてしまった。
人間になった今の体では海の中で呼吸することもできないし、
2本の足は思うように水をかいてはくれない。

私はもう、人魚ではないのだ。
海を自由に泳ぐことはできない。

それがただ寂しかった。






 「おめぇの男はどうらい?」

 「……え?」



一瞬ぼうっとしていたナミは、ココロの言葉に反応するのが少し遅れた。

再び椅子に腰を下ろしたココロは、笑顔でナミを見つめたまま酒をあおる。



 「体ひとつでやってきたおめぇを、全部受けとめてくれたかい?」

 「……はい」

 「おめぇが人間になった事を例え一瞬れも後悔することがあるような、その程度の男かい?」



ココロの問いに、ナミは少し考えて微笑む。



 「……時々…寂しくはなるけど、でも」




 「私は、ゾロの傍に居て後悔するなんて絶対に無い」




まっすぐココロを見つめてそう答えると、ココロは「んががが!」と満足気に笑った。







 「………ゾロ?」



その声に2人が振り返ると、魚を入れた籠を抱えたビビが入り口に立っていた。



 「ろうした、ビビ?」

 「ゾロって、ロロノア・ゾロ…?」

 「えぇ…、知ってるの?」

 「え、えぇ、まぁ……、あ、じゃあココロさんナミさん! また明日!」



ビビは少し慌てながらそそくさと帰って行った。




 「そうか、おめぇの相手は隣の王子様かい」

 「えぇ…。 あの、彼女どうしたんでしょうか?」



ナミはビビの様子を心配して、面白そうに笑うココロに尋ねた。
ココロは相変わらず「んががが!!」と笑いながら酒を一気にあおった。
ぷはーっと大きな息を吐いて、ビビの消えたドアの方を見つめた。



 「ビビはね、駆け落ちしたんらよ」

 「駆け落ち?」

 「親の決めた相手との結婚式直前に、思いを寄せていた男と逃げたのさ」

 「……え、それって…」



どこかで聞いた、とナミは首をかしげた。

そうだ、ゾロから聞かされた話のようではないか。



 「ビビはこの国の元王女なんら」

 「……ゾロの、婚約者だった…?」



生まれたときからゾロとの婚約が決まっていた隣国の王女。
彼女は結婚式の数日前、愛し合っていた幼馴染の従者と駆け落ちをしてそのまま婚約は解消となった。
国を捨て家族を捨て、ビビは愛する男と共に在ることを選んだのだ。



 「相手はアタシのよく知ってる子らから、つい色々面倒見ちゃってね。
  今は2人でアタシの持ってる家に住んれる。 ここからちょっと離れたところにね」

 「そうだったんですか…」

 「内緒らよ。 この国はまら『ビビ王女』を探してるんらからね」

 「はい」



オーバーに声を潜めるココロに、ナミはクスクスと笑いながら返事をした。



 「さぁ、ついでに晩飯食って帰んな! そのあと馬を出してやるよ」

 「ありがとうございます! ……あの」

 「何らい」

 「また……遊びに来てもいいですか?」



ナミは頬を染め、小さくそう尋ねた。
ココロは肩をすくめてあの笑い方で笑った。



 「いつれもおいれ、ナミ! アタシも暇らしビビも喜ぶよ!」

 「…ありがとう!!」







城に戻ったらゾロが帰ってくるのを待って、そうしたら一番に話そう。



友達ができたよ、と。


彼女たちはたった一人の人を心から愛してる。


ねぇ、気が合うと思わない?





2007/07/31 UP

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『【慕。】の続き』
人魚姫ですね。
ノジコとか婚約者とか、前回の後に本誌で明らかになった公式人魚なあの人とか。
リク的にはそのへんでしたか。
とりあえず軽く登場はさせてみましたが…。
ゾロとナミをいちゃこらさせることはできませんでした…スマン!!!

翠さん、微妙ですけどお許しを…!

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