慕。  −1−











色鮮やかな魚たちが周りを囲むように泳ぐ。

にこりと笑いかけると、魚たちは嬉しそうに尾を動かしてクルクルと回る。





見上げると、太陽の陽がここまで抜けて届いてくる。
ゆらゆらと揺れる海面が光り、幻想的な模様を頭上に浮かび上がらせる。






ここは人の入れぬ深き海。

美しい人魚たちが自由に生きる、深き海。
















オレンジの髪を持つ人魚、ナミは、
魚たちと共に海中を泳いで日々を過ごしていた。

人魚の住むこの海底まで、人が泳いでくることはまず無い。
だから人間というものをその目で見たことのある人魚は、そうはいない。
だがナミは知っていた。
他の仲間たちに内緒で、こっそりと海面から顔を出すのが好きなのだ。


たとえばそれは小さな船に乗った漁師だったり、

たとえばそれは海岸で戯れる恋人たちだったり、

たとえばそれば、城のバルコニーから海を見下ろす王子の姿だったり。





人魚たちの間には、お伽話になっている伝説がある。
それが真実かどうかは定かではないが、この話を知らない人魚はいないだろう。

人間の王子に恋した哀れな人魚。
王子に愛されるために声を失い、王子を愛したがためにその命をも失った。

ある者は純粋な人魚の恋の話だと言う。
ある者は違う世界に憧れる愚かな娘の話だと言う。



 『私だったら、殺すけどな』



いつだったか、ナミは姉のノジコとそのお伽話について話したことがあった。

王子を殺せば、人魚は元に戻りまた海の中で暮らすことができたのに、
彼女は王子ではなく己の命を断った。



 『相手を殺せば自分が助かるんでしょ? なら殺すわよ』

 『ふぅん』

 『そりゃさ、ノジコを殺せば、なんて状況だったらしないけど、人間の男なら・・・』

 『まぁ、あんたもいつか分かるわよ』

 『何を?』

 『愛するっていうことが、どういうことか』

 『・・・別に、分かんなくてもいいわ』





ナミは人間を観察するのが好きだった。
だがそれは、人間を好きだという意味ではない。

ナミにとって人間は『どうでもいい』存在だった。




ある嵐の夜に、荒れる海の中を泳いでいたナミは、
確かにその瞬間まで、自分が人間に恋する日が来るとは微塵も考えていなかったのだ。






















 (あぁ、また人間が溺れてる)



こんな嵐の日に海に出るなんて、人間のくせに何考えてんのかしら。
そう思いながら、溺れる人間の姿をナミは見上げていた。

ナミは基本的に、溺れる人間を進んで助けることはない。
人間に姿を見られる、人魚にとってはそれは致命的なことだった。

人が潜れぬ海底だからこそ、人魚は自由に生活できる。
その姿を人に見られたら、おそらくはすぐに捕獲されて人間のいいように利用されることだろう。

だから、ナミが人間を助けるとしたら、その人間が意識を失ってから。
それからその体を岩場や砂浜に連れて行って、
あとは本人の生命力と、誰かに発見してもらえる運の強さに賭けるのみ。
その人間が死のうが生きようが興味は無いので、それから後のことはナミは知らない。




この時も、ナミはその人間が意識を失うのを待っていた。

波に翻弄されながらもがいていた手足が段々と動かなくなり、その人間の姿がゆらりと漂い始める。



すぅっと体をくねらせて、ナミは人間に近づいた。
人魚にとっては、海が荒れようが波が暴れようが泳ぎに関係ない。

体を正面に移動させて、人間の顔を覗き込む。



 (・・・・男か・・・)



まだ若い男だった。

美しいダークグリーンの髪で、鍛えられた体をしていた。
身なりは整えられ、それなりの地位にいる人間のように思われる。



 (・・・・キレイな顔)



ナミはぼんやりと思って、海面に向かいながらその顔をじっと見つめる。


すっと通った鼻筋と細い顎。
薄い唇に、くっきりとした二重の瞼。


閉じられた瞼の奥が見てみたいな、と思いつつ、
ナミは人間を支えて海面から共に顔を出す。

そのまま近くの岩場まで向かう。


脱力した男の体は重い。
ナミは必死に抱え上げて、それから自分も岩の上にひょいっと飛び乗った。


ぐったりとした男の胸に手をあて、心臓の動きを確認する。
呼吸は止まっていた。


男の顎に手を添えて、口付ける。

息を吹き込み、それを何度か繰り返して離れる。



ゴホ、と男がムセて、息を吹き返した。


ナミは安堵し、それからそんな自分の感情に戸惑った。



人間に、何て感情を?



男がゆっくりと目を開ける。



一瞬、目が合う。



その目に吸い込まれる気がしたナミはすぐに我を取り戻し、急いで海面に飛び込んだ。



男がそれを目で追おうとしたが、力が入らないらしく体を起こすこともできず、
そのまま岩場に横たわっていた。






岩場から離れ、ナミは海面から頭を出し男の様子を伺った。


雨嵐の隙間から、人の声がする。

おそらくは男を捜しにきた人間だろう。
何人もの声が、男の名前らしき単語を叫んでいる。


高い身分の人間なのかもしれない。
そういえば、お城のバルコニーで遠目に見かけた気がする。



人間たちが男を発見したのを確認して、ナミは海へと潜った。






 ゾロ






耳に届いた男の名前とあの目が、ナミの胸に焼き付いて離れなかった。





2006/08/05 UP

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