―第3話―










目を開けると、視界一面が真っ青な空で埋められていた。


ゾロは太陽の眩しさに目を細め、顔を覆うために腕を動かそうとした。
だが動かない。
諦めて、ぼんやりとした頭でしばらくそのまま動かず目を閉じた。
それからようやく何故自分がここにいるのかを思い出した。

首を動かすと、頬に冷たく湿った砂の感触があった。
足のあたりはどうやらまだ海水に浸かっている。



 「ナミ」



どこかで全身を打ちつけたらしく、動かすと軽く痛みが走った。
それでもどうにか体を起こし掠れた声で名を呼んだ。

だが探す必要はなく、ゾロの手はしっかりとナミの手と繋がれていた。


繋いだ手は離さずに片手でその頬に触れると、ナミは小さく声を漏らした。
ほっと息を吐き、ゾロは上半身を起こしたままで周りを見渡す。

2人が乗っていたボートは浜に打ち上げられ、大破はしていないにしても何とも無残な姿になっていた。


生まれ育った島を脱出した翌日、嵐に巻き込まれた。
さすがのナミも小さなこのボートでは回避することもできず、
そのまま波に飲まれ、そのあとのことはゾロは覚えていなかった。

運良くこの島に流れ着いたらしいが、
ゾロの服もナミの着ていたドレスも、ボートと同じようにボロボロの状態になっている。
全身の打ち身と小さな切り傷は数えられないほどあったが、縫合を要するような大きな傷はない。
自分とナミの体、両方の様子を確認したあと、ゾロはもう一度名を呼びナミの肩を揺すった。



 「起きろ、ナミ。 大丈夫か?」

 「ん……」



ようやくナミは瞼を開け、ゾロと目が合うとにこりと笑った。
それからゆっくり体を起こし、先程のゾロと同じように周りを見渡した。



 「…………そっか、嵐で……」

 「あぁ、どうやら命は助かったらしいな」

 「ここ、どこの島だろう…」

 「さぁ……人気も無ぇな…」



ゾロは立ち上がり、ナミの手を引っぱって同じように立ち上がらせる。
2人は身を寄せ、海を背に島を見つめた。




2人が育った島とは植物の種類が大分違っている。
どうやら南寄りの島らしい、ということだけはゾロにも理解できた。

白くさらさらとした浜の砂。
浜から島の内部へと続く木々の間には、色鮮やかな華が咲き乱れ、
内部に向かうにつれ背の高い木々が立ち並び森になっていた。

青く澄んだ空から差す白い太陽の光が、浜や木々の葉の全てに反射し、
2人には島全体がキラキラと光っているように見えた。

人の声は無く、気配すら感じられない。
時折鳥の鳴き声が響くだけで、あとは寄せる波音と緑の葉の揺れる音だけが2人の耳に届くのみだった。






 「…ねぇゾロ、私たち死んだのかしら」

 「……どうして」

 「だって、ここは天国じゃないの?」



ナミはゾロにしがみつき、瞳を潤ませて呟いた。

ゾロは何も答えず、ただしっかりとナミの肩を抱いていた。












木々の間を縫って島の奥に入ると、森の中に小さな滝つぼがあった。
ゾロはしゃがみこみ、青く澄んだ水面に顔を浸けて直接その水を飲んだ。
それからシャツを脱ぎ捨て、片手で水をすくってバシャバシャと頭からかぶる。
冷たい水が傷口や熱を持った肌に沁みて、心地良かった。
飛び込みたい衝動にかられたが、ナミがまだこの場に居ないのでどうにか我慢した。

再び顔を浸けて水を飲んでいるとパキリと枝の折れる音がした。
振り返るとそのナミの姿があった。



 「どこ行ってたんだよ」

 「レディには色々あるのよ」



ナミはそう言って笑い、ゾロの隣にしゃがんで同じように水を飲んだ。

ボロボロになってしまったドレスの長い裾を、ナミは自分で引き裂いて短くしていた。
胸元に彩っていた飾りも全て外し、高級な生地ではあるが必要最低限のえらくシンプルな服になってしまった。



 「こんなの見つけたの」



そう言って、ナミは千切ったドレスの裾に包んでいたものを見せた。
拳大のカラフルな色をしたフルーツらしきものがゴロゴロとその中に入っている。



 「へぇ、美味そうじゃねぇか」

 「あっちの方にまだたくさんあったわ」

 「あとでまた取りに行くか」

 「えぇ」



森の奥を指差すナミに笑いかけながら、ゾロはそのうちの一つにかぶりついた。
それを見たナミも同じものに手を伸ばし、かぷりと一口かじる。



 「……お前、毒見させたな?」

 「何のことかしら?」

 「………」



ふふんと笑うナミの額を、ゾロは中指ではじいた。
それから抱き寄せて口付ける。






天国かと見紛うようなこの島に、今自分たち2人だけが存在している。
邪魔をするものも、否定するものもいない。


2人は、今はただそれだけで幸せだった。







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2007/05/10 UP

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