―第2話―











パイプオルガンの音色が響く。


ピアノでなくてよかったとナミは何となく思った。
愛した男の奏でる音と同じ色を、今日この日に聞きたくはなかった。



純白の衣装を身に纏い、神の御前で偽りの愛を誓う。
隣に立つもうすぐ自分の夫となる男は、妻となる女が違う男を想いながら式を挙げることを知っているのだろうか。
知っていようがいまいが、ナミには関係ないことだった。
ナミにとってこの結婚が決められたものであるのと同じように、隣の男にとってもこれは望んだものではないはずだ。


主役であるはずの2人の気持ちを無視したまま、式は進んでいく。

神父に言われるがまま2人は向かい合い、新郎は指輪を手に取った。
決して派手ではないが、それでも高価な宝石を散りばめた指輪。
それを片手に、夫となる男はそっとナミの手に触れた。




この指にそれを通すのは、あの人だったはずなのに。




ナミの頭に再びゾロの顔が浮かび、一瞬手が強張る。
男はそれに気付いたが、あえて素知らぬ振りをした。




あぁこれで。




ナミにとってその指輪は愛の証ではなく、愛する男との永遠の別れを示す枷だった。


思わず泣き出してしまいそうで唇を噛んだが、
だがたとえ泣いたとしても見守っている者はそれを喜びの涙だと思うのだろう。




さようなら




指先に触れるその枷を見下ろしながら、
誰にも聞こえることのない別れの言葉を、ナミは再び口にした。


その刹那。











 「ナミ!!」





式場の入り口の扉が乱暴な音と共に開かれ、聞き覚えのある声がナミの耳に届いた。
身を強張らせ、嘘だと思いながらゆっくりと目を向ける。


そこには、護衛の男たち3人に捕らわれそうになりながらも、必死に前へ進もうとしている男の姿があった。

一般民には公開されていないとはいえ、一国の王女の結婚式に現れるにはあまりにも不釣合いな、
色あせた黒いズボンと、タイも締めていないよれよれの白いシャツを羽織ったその男は、
美しく着飾った花嫁に向かって声を上げた。




 「ナミ!!」

 「ゾロ――」

 「来い!!!」




屈強な男たちを振り払いながら、ゾロは腕を伸ばした。
ナミは何も言葉を返せず、だが無意識に一歩踏み出した。


自分の名を呼ぶ王の声が響いたが、ナミにはもう目の前の男の声しか聞こえなかった。




 「ナミ!!」

 「……ゾロ!!!!」



長いドレスの裾を持ち上げながら駆け出し、その間にゾロは護衛を殴り倒した。



 「遅くなった」

 「ほんと遅いわよ、バカ!」

 「ドレス、似合ってる」

 「…違う男のためのドレスよ?」

 「じゃああとで脱がすか」

 「バーカ」



2人はフフと笑い、それからゾロはナミの手を取って、
呆然とする関係者たちを尻目にそのまま駆け出した。


















 「お、来た来た! おーーいココだココ!!!!」



海岸に向かって走る2人に、何者かが浜で手を振っているのが見えた。
立ち止まることなく走り続けた2人は砂浜に出ると足を緩め、
ナミは動きづらい服装での疾走に息を切らせ、ポツポツと滲む額の汗を片手で拭った。



 「準備は」

 「万全」



ゾロは大して呼吸を荒くもせず、海岸で待っていた友人に声をかけた。
ナミの様子をチラリと見たあと、手を離しその友人に近づいていく。

ゾロの友人である男は、浜に用意していた小型ボートの淵に手をかけてニヤリと笑った。
その男はナミも見たことのある人物だった。
町のパン屋の一人息子であり、天性の女好きと金髪碧眼という容姿も手伝って、
随分と女を泣かせているとゾロから聞いたことがあった。
その彼が何故ここにいるのか、ナミには分からなかったがゾロはどうやら事前に打ち合わせをしていたらしい。



 「食糧も何日分か積んでる」

 「分かった、ありがとう」

 「王女サマは確か航海術に長けてるって聞いたが?」

 「え、えぇ」



突然話を振られて、ナミは慌てて返事をした。

一国の王女である以上、幼少時から英才教育は受けている。
特にここは島国なので、海の知識は(実際に使うことはないものでも)叩き込まれていた。



 「じゃあ大丈夫だな。 早く行けゾロ、そろそろ追いつかれるかもしんねぇ」

 「あぁ。 ナミ!」


ゾロは振り返り、ナミに向かって手を差し出した。
ようやく呼吸の落ち着いてきたナミはそれをじっと見つめ、それからしっかりと掴んだ。







ボートに乗り込み、浜を離れる。
友人は人懐こい笑顔でブンブンと手を振っていた。



 「達者でな!」

 「恩に着る、サンジ!」

 「王女サマ、ソイツに飽きたらいつでもボクのところへーー!!」

 「一言多いんだよてめぇは!!!」



悪態をつきながらも、段々と小さくなっていく友人の姿を見るゾロの瞳には、
やはり言い表せない感謝の色があった。





2人は肩を寄せ合い船先に立ち、小さくなっていく島を見つめていた。

この時期、陽が落ちるのは早い。
朱色に染まっていく空に、つい先程まで立っていた島が溶けて消えていく。

島で生まれ育った2人にとって、そこは単なる国ではなく母とも呼べるものであった。

慈しみ、愛し、包んでくれたその偉大なる島を見るのは、これが最後かもしれない。



愛する者とともに在る喜びと同時に、
大切なものを失ってしまう悲しみを2人は抱いていた。







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ベタな展開なのはCMのせいだ、私のせいじゃない(笑)。

2007/05/10 UP

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