男は日々、何をするでもなく城で過ごしている。
ナミは相変わらずナイフを内腿に忍ばせて、男の傍に居た。

隙あらば、男にナイフを突き立てようとする。
だがどんな死角から攻撃しようと、男はすぐさま反応しそれをかわした。

何度襲われようと男はナミの武器を取り上げようとはせず、
むしろナミが仕掛けてくるのを楽しんでいるようにも見えた。
それがまたナミには気に食わず、今度こそといつも思うのだが
結局はかわされてしまうのだった。





城門の反対側、城の裏には意外なほど美しい庭園が広がっていた。
薔薇を始めとりどりの花が咲き乱れている。



 「これ、貴方が手入れしてるの? 一人で?」

 「あぁ」

 「すごい」

 「暇なんでな」




そう言いながら、男は手を伸ばして余分な葉を取っていく。
ナミは隣の男の、その手をぼんやりと見つめていた。
相変わらず手袋をはめており素肌を見せることはない、その手を。


花嫁として扱う、と言ったわりにはこの男はナミに手を出してこない。
もちろん寝室も別だった。

目的は何なのだろう?
花嫁を差し出せと言うのだから、その体が目的なのだろうと思っていたのに。

もちろん、男がナミに興味を示さない、ということは無かった。
だが、それは『野獣』という言葉とはあまりにかけ離れた、優しい行為だった。


今のように庭を歩くときは、隣についてくるナミの腰に手をまわし、
その長い足の歩幅を緩め、ナミのペースに合わせつつさり気なくリードする。
(ナミが自分の命を狙っていると知りながら)

寝る前には、仮面の下から唯一覗かせるその唇で、ナミの額にそっとキスを落とす。
ナミも抵抗はしなかった。


油断させ、隙を誘う。
そのつもりだった。

最初は。

次第に、ナミは野獣を受け入れ始めていた。

気合を入れて自らやってきたとはいえ、
突然放り込まれた巨大な城の広い寝室、一人で寝るにはあまりに大きなベッド。
今までの一人貧しい生活とかけ離れすぎている。
だが男の寄越してくれるキスは、ナミに安心感をもたらした。

一度、そのキスが無かった夜があった。
ナミが風呂場で花瓶を割ってしまい、一人で慌てふためていてドタバタしている間に、
その機会がなくなってしまったのだ。

その夜、ナミは眠れなかった。



いつの間にか、流されている。

心中で悔しがっても、もうナミにはこの生活を心地良いとする感情が生まれていた。









この城に来て、何度満月の夜を迎えただろうか。


昼間のような明るさを寄越す満月の下で、男はこの夜も庭の手入れをしていた。
いつも変わらぬ姿と変わらぬ動きで、男は庭の花木の間を歩いていく。
ナミは少し離れたベンチに腰掛けてその様子を見ていた。

男はバラの花を一輪摘み取り、仮面に隠された鼻でその香りを楽しんでいるようで、
覗いた口元が微笑んだように見えた。

いまだに、男がナミの前で表情を崩す事は滅多に無い。
おかげで時折見せる今のような一瞬の笑顔に、ナミは釘付けになってしまうのだった。



 (……いけない、私何しにここに来たの)



今さらだわ、と自分でも思いつつも、本来の目的を呼び戻す。

この男を、殺すのだ。

チクリと胸の奥が痛み、ナミは思わず上半身を折って屈みこみドレスの胸のあたりを両手で強く握る。
男がそれに気付き、どうしたと声をかけてきた。



 「……何でもない、手を洗ってくるわ」



ナミは早口にそう言って、城の壁沿いに庭園から離れて行った。






反対側に行くと、そこには門がある。
門は相変わらず錆びて壊れているが、何故だかそこからは出て行けない気がしていた。
目に見えない、まるで結界が張ってあるかのように。

ナミはじっとそれを見つめ、ゆっくりと一歩踏み出した。
そして門の手前で立ち止まる。

門の向こうには、月の光も届かぬ暗い森が口を開いている。
あの森を抜けてこの城まで来たことが信じられなかった。
それほどまでに森は暗く不気味で、ずしりとした空気を漂わせていた。
森は全てを拒絶し、故に人が城に近づくことを遮っていた。

そっと腕を前に出すと、当然結界などあるわけもなく腕は簡単に門の外に出た。

ドクリ、と心臓が脈打つ。

このまま出て行くこともできるだろう。
だが。

自分がどうしたいのか分からない。

ナミはぐっと唇を噛み、伸ばした腕を戻そうとした。


刹那、ナミのは首筋の産毛がチリと逆立つのを感じた。
男と居るときは穏やかで心地良かった夜の沈黙が、
今はナミの肌にビリビリと突き刺さるように襲ってくる。
浅い呼吸をして、ナミはゆっくりと目を正面に向ける。



低い唸り声と共に、門の正面と両脇から3匹の狼が姿を現した。




 「………!!」



月光を浴びて銀色に輝く鋭い牙を覗かせ、ダラダラと涎を垂らしながら赤い獣の目がナミを狙っていた。

ナミは急いで腕を戻し、踵を返す。
だが狼たちは唸りながら城内へと侵入してきた。


何故突然、狼が?

今までだって男に案内されて、この門のあたりに何度か来た。
狼どころか、自分たち以外の生き物の気配さえこの森には無かったのだ。

のんびりとそんな事を考える余裕は無く、
狼たちはまるでゲームをするかのように、3匹がそれぞれ入り乱れてナミを追う。
足の速さには自信のあったナミだが、野性の獣に敵うわけはなかった。
駆けながらチラリと目だけを背後にやると、1匹が高く跳ね上がりナミに向かって飛びかかる姿が目に映った。



あぁ、ダメだ。




そう思った次の瞬間、ナミの目の前は真っ暗になる。



月が雲に隠れたわけでも、瞳を閉じたわけでもない。
視界一面が、黒いマントで覆われたのだ。

ナミは一歩後ずさり、男が自分の前に立っているのを理解した。
その向こうでは、狼たちが頭を低くして後ずさりしている。

男はただ立っているだけだった。
だが狼たちは何かを恐れるように一歩また一歩と後ずさり、
クルリと向きを変えると尻尾を丸めて慌てて城から出て行った。





 「………門の外に出たのか」

 「……え、えぇ…でも、腕を出しただけよ?」

 「そこから獣どもは侵入したんだ」



やはり結界でも張ってあったのだろうか。
ナミはそう考えながら、ふと気付いた。
どこか冷たい男の声の、違和感に。



 「……あの、ごめんなさい……ありがとう」

 「いや」



男は短くそう答えて、ぐらりと体を傾かせた。



 「!!!」



ナミは慌てて手を伸ばし、その体を支える。
男の正面にまわり、それから息を呑んだ。


男の胸のシャツは、真っ赤に染まっていた。




 「狼が……」

 「構うな」

 「でも!!」



じわじわと、白いシャツは赤く染まっていく。
ナミは蒼白な顔で、男の胸と顔を代わる代わる見た。



 「はやく、止血を!」

 「じき止まる」

 「え…」



男はナミの手をどかし自らの足でしっかりと立ち、シャツのボタンを外した。

目の前に逞しい男の胸が晒され、一瞬ナミは戸惑ったが、
すぐにそれは驚きに変わり男の胸元から目が離せなくなった。


男の胸には、無数の傷があった。
大小の切り傷や、大きな獣に噛み付かれたような痕、銃創もある。
どれも治療はされておらず、傷口が塞がってはいてもその皮膚は醜くひきつれ、
いまだに痛みを伴っているかのように見える。


そして、今の傷は。

ナミの目の前で、そこから溢れる血は徐々に止まっていった。



 「あ……」

 「傷はすぐに塞がる」



男のその言葉どおり、鋭い牙で肉をえぐりとられたその傷はひとりでに塞がっていき、
他と同じく醜い傷痕を残して完全に閉じた。



 「………そんな」

 「呪いだ」



男はそう呟いて、サッと向きを変え城の中に入って行った。





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