獣。










 「絶対に嫌!」

 「そう言ってくれるな、ナミ」

 「何でそんなトコ行かなきゃなんないの!」

 「誰かが行かないと、この村はあの化け物に滅茶苦茶にされてしまうんじゃ」

 「だからって何でその化け物の妻になんなきゃいけないのよ!!」





小さなその村中に響き渡るかのような大きな声で、ナミと呼ばれた女は叫んだ。

こじんまりとした狭い家の中で、そこの主であるナミは仁王立ちになり顔面を怒りで赤くする。
今にも壊れそうな椅子に腰掛けた村の長は、長く白い髭をさすりながら申し訳ないと言う空気を出しつつも、
だが決して退くつもりのない顔でナミにゆっくりと話しかける。


 「そういう条件なんじゃ、もうずっと、私が生まれるよりも昔から」

 「だからって」

 「後生じゃナミ、村のみんなの命がかかっとる」

 「………」



ナミはしばらく長の顔を見つめ、それから胸の前で腕を組み息を吐いた。
その動きを了承と見たのか、長はほっと安堵の溜息を漏らす。



 「……分かったわ」

 「そうか、すまないね――」

 「私がその化け物を倒してあげる!」

 「…………な」

 「男たちができないって言うんなら、私がやってやるわよ!!!」



ナミはぐっと拳を握り、どこか遠くを見ながら叫んだ。



 「一方的な暴力で押さえつけられるなんてまっぴら!」

 「じゃ、じゃがナミ、相手はあの野獣じゃぞ!?」

 「それで殺されるんなら本望だわ! それにどうせ私が死んだら次の花嫁候補探すんでしょ?」

 「………」

 「そんな風習、私で終わりにしてやるわよ! 見てなさい!」

 「……ナミ……」




男勝りな気質のこの少女の姿を、長は呆れた顔で見上げていた。
















やけに明るい満月の光の下、ナミは野獣の居る城へ向かった。

荒れた森へ入り、数年は人の通った形跡の無い獣道に馬を走らせ、
ようやくその城に辿り着いた。

巨大な城をぐるりと囲む高い塀、そして錆びて壊れた大きなな門の前で、ナミは馬から下りた。
何か怖ろしい気配でも感じたのか、下りた途端に馬は高くいなないて元来た道を駆けていった。



 「あ…」



啖呵を切って村を出てきたはいいが、さすがにこんな所に一人残されると不安を感じた。

ナミはごくりと唾を飲み込んで、城に向き直る。
不気味に佇む城を見上げると、思わず足がすくみそうになった。

これが、野獣の城。




そもそも、野獣の姿を見たものなど今の村にはいない。
数十年前に生贄ともいえる女をここに嫁がせて以来、野獣は至極大人しかった。
だがここ数週間、城から聞こえてくる野獣の咆哮が、
新たな花嫁を寄越せと村人たちを毎夜苦しめていた。

そうして選ばれたのが、ナミであった。

数年前に母が死に、他に身寄りの居ないナミは以来一人で暮らしていた。
そして、そのために野獣の花嫁に選ばれた。
もちろんその容姿も理由となっている。

人の目を惹きつけてやまない鮮やかなオレンジ色の髪。
大きなその瞳の色も、まるで猫のように光の加減で同じオレンジ色に見える。
白く滑らかな肌、熟れた果実のごとく紅い唇。
すらりと細く伸びた手足に、女性らしいふくよかさもしっかり備わっている。

まるで絵本に出てくるお姫様のような容貌は、野獣の花嫁とするにはあまりに勿体無いものではあった。
だが結局はナミが選ばれ、今こうして彼女はここに居る。



内腿に巻きつけたナイフをドレスの上から触って確認し、ナミはよし、と息を吐いた。


待ってなさい、バケモノ。
私がこらしめてやるから。


改めて心の中で呟いて、ナミは門をくぐった。







大きな城の扉は、意外にも簡単に開いた。
ゆっくりと中に入ると、暗い室内はどのランプにも火は灯っておらず月光だけが唯一の明かりとなっていた。
ナミは周囲を見渡し、それから正面の階段に何かの気配を感じて顔を上げる。



背後の大きな窓から届く月明かりで、その姿は真っ黒な影にしか見えない。
だが確かにそれは人の形をしていた。

野獣の屋敷に何故、人が?

ナミは一瞬疑問に思ったが、その影が全く足音を立てずに階段を下り始めたので一歩足を引く。
再びドレス越しに太腿に触れ、ゆっくりと、鋭く息を吐く。

月の光を全身に浴びているナミの姿は、恐らく相手には全て見えているだろう。
次第に目が慣れ、そして近づいてきた人物がナミにも確認できた。
その姿を目に焼き付けるように、ナミはじっと睨みつける。



タキシード姿にも見える、黒いパンツに白いシャツ。
その上から黒く長いマントを羽織っている。
一見するとヴァンパイアのようだった。
だが牙は無い。

その代わり、その男の顔は同じく黒い仮面で覆われていた。
よく見れば瞳のあたりには小さな穴が開いているようだが、その表情を読み取ることは不可能だった。
口元から顎にかけては仮面は無く素顔であったが、
固く一文字に閉じられた唇は、他人に自分の感情を悟らせることを拒絶していた。

その冷たさとは違い、髪は美しい緑色をしていた。
月の光が透けて、キラキラと輝いて見える。





 「お前が花嫁か?」



耳に届いたその声は、確かに人間のもの。
ナミは動揺しつつ、だが視線は逸らさなかった。
男はもう一度同じ質問をする。
今度はナミは答えた。



 「いいえ」

 「……では、お前は何だ」



低く、まるで発するのは数年ぶりだというかのように枯れたその声は、
何故か心地良くナミの耳に入ってくる。
『野獣』という名で語り継がれてきたために、獣の姿を想像していたせいだろうか。
自分でも、警戒心が緩んでいることをナミは自覚していた。



 「私は、貴方を倒しに来たのです」

 「………」



自分としては精一杯声色を強めたつもりだった。
だが男は一瞬の沈黙の後、白い手袋をはめた手を口元に当て、くっくっと笑い始めた。
ただし口端を少し上げただけで、表情はさほど変わっていない。



 「何が可笑しいのですか」

 「いや、何も」

 「笑ったじゃない」

 「お前におれは殺せない」

 「……何故」



ナミはむっとして男を睨む。
男は相変わらず口端を上げて、笑っているように怒っているようにも見える顔で続けた。



 「おれの方が強いからだ」

 「そんなの、分からないでしょう」

 「分かる」



ナミはゆっくりと太腿に手を沿わせ、気付かれない程度に腰を落として構える。

途端、男の声が鋭くなる。



 「分からないようなら、それはお前がその程度の人間だというだけだ。 お前はおれに勝てはしない」




ナミの体が強張る。
男は何もしていない。
ただ、声に殺気を込めただけ。
それだけで、ナミは動けなくなってしまった。



 「………っ……」



汗が一筋、額から顎へと流れる。
背中にもつつ…と流れ落ち、ナミは舌打ちした。



 「花嫁がそんな仕草をするもんじゃないぜ」

 「誰が花嫁よ」

 「お前だ」

 「いやよ」



全身から汗を噴出しながらも、ナミは気丈に答えた。
男は相変わらずの表情でナミをじっと見つめる。



 「この城に入った時点で、お前はおれの花嫁だ」

 「勝手に決めないで」

 「お前はお前の足でこの城に入った。 全てはお前の意志だ」

 「私が決めたのは貴方を殺すということ。 花嫁になることじゃない」



ナミは言い切り、次第に震え始めた両手に力を込めてそれを隠そうとした。
男は無言でナミを見下ろし、やがてくるりと背を向けた。
長いマントが翻り、その姿を一瞬ナミの前から消した。



 「勝手にしろ。 少なくともおれはお前を花嫁として扱う」

 「………」



男はそう言い残して、階段を上がり何処かの部屋へと消えて行った。






男が消えてからもしばらく動けなかったナミは、
ようやく大きく息を吐いて、その場に膝から崩れ落ちた。

はーはーと息を切らせ、背中の汗は既にひんやりと冷たくなっている。




 「……みてなさい」



ナミはギリと奥歯を噛んで、男の消えた階段を見上げた。


満月の光は、眩しいほどにナミを照らし続けていた。



NEXT

ちょろっと続きます。
ゾロの仮面のイメージは、某座の某怪人さんみたいな感じで(黒いけど)。

2006/12/11 UP

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