お医者さまのうそつき。
あのとき1ヶ月だって言ったくせに。
もう死神来ちゃったじゃないの。
ナミは心の中で毒づいて、死神――ゾロを睨みつける。
「私、今日死ぬの」
「いや、まだあと1ヶ月くらい先だな」
「……あ、そう」
今日でないと分かって少しほっとしたが、
死神の口からあと1ヶ月と言われると少し凹む。
というか。
「死神って、何よ」
「あ?」
「本物?」
「本物も偽物もあるか。 死神は死神だ」
意味不明だが何故か説得力があって、とりあえずナミは返事はしないでおいた。
この羽が無ければ、普通の人間にしか見えないのに。
男の背中にチラチラと視線を送りつつ、浮かんだ疑問を口にする。
「あと1ヶ月あるなら、何しに来たのアンタ」
「…お前に、興味があってな」
「……?」
眉間に皺を寄せたナミを見て、ゾロはふいと顔を背ける。
「深い意味は無ぇ」
「訳分かんない」
「気にするな。とりあえずお前が死ぬまで、お前のこと見てるからな」
「……ストーカー?」
「何だすとーかーって。 じゃあな」
『ストーカー』という単語に怪訝な顔を残して、ゾロはふっと消えた。
「…………」
目の前で、煙のように消えた。
ナミは慌ててゾロが立っていた位置まで駆け寄って、
絨毯の上を蹴ってみたり手でバタバタを空中を扇いでみたりした。
だが何の痕跡も残っていない。
「……夢?」
疲れているのだ、もしかしたら腫瘍の影響なのかもしれない。
ナミはそう決めて、さっさと寝ることにした。
翌朝。
もう仕事に行かなくてもいいのに、ついいつもの癖で普通に起きてしまった。
働いているときの休日なら疲れたと言って昼前まで寝ているくせに、習性って怖い。
ナミは苦笑して、上半身だけ起こしてベッドの上で伸びをした。
そのまま腕を伸ばして、カーテンを開ける。
「………」
言葉が出なかった。
ベランダの手すりに、昨日の死神がこちらに背を向けて座り込んでいたのだ。
「……ストーカー」
ボソリと呟くと、ガラス越しでもそれが聞こえたのかゾロは振り返った。
目が合うと、ニヤリと笑顔を寄越してくる。
思わずカーテンを閉めた。
そのまま顔を洗って着替えを終えたナミは、覚悟を決めてもう一度カーテンを開けた。
相変わらずそこに死神はいる。
今度は狭い手すりの上で横になってはいたが。
器用なものだ。
ガラガラと戸を開けるとゾロは身体を起こして座りなおし、ナミと顔を合わせた。
「……おはよう」
「おう」
とりあえずナミが朝の挨拶をすると、ゾロは素直に返事をした。
「あんた、本当に死神なの? 幻じゃなくて?」
「あぁ、そう言ったろ」
「私以外の人にも見えてるの?」
「さぁ…見えてねぇみたいだな。ずっとここに居ても誰も気付かねぇし」
ゾロが顎をくいっと動かした。
ナミはスリッパを履いてベランダに出て、手すりに手を添えつつ外に視線を巡らせる。
確かに道行くサラリーマンや学生は、誰一人このベランダの手すりの奇妙な男に目を向けない。
ナミはゾロに目を戻し、ゆっくり手を伸ばしてみた。
黒い服に隠されてはいるが、見た目には逞しいその身体。
どう見ても、人間だ。
その髪の色と、背中に生えたアレを除けば。
ぼんやり思いながら、その腕にそっと触れる。
「……さわれるんだ」
「……みたいだな」
「ふーん」
不思議な感じがして、何となくそのままゾロの腕をさすさすと上下に撫でる。
「……おい、あんま触んな」
「え? 何でよ――」
顔を上げたナミは、ゾロの顔を見て思わず目を丸くする。
死神と名乗る男は、顔を赤くしてナミから必死に目を逸らしていた。
「……あぁ、興味ってそういうこと?」
「な、何がだ」
「そっかー、ナミちゃんの魅力は死神にも有効なのかー」
「何言ってんだてめぇ」
「なるほどねー」
ナミはクスクスと笑う。
ゾロは誤魔化すように「アホか」「変な誤解すんな」などとグチグチ言っていたが、
さらりと聞き流した。
「赤い顔で言われても説得力無い」
そう言い放つと、ゾロは黙ってしまった。
それが可笑しくてまた笑う。
あぁ、本当、何呑気に笑ってるのよ私。
そう考えたらどんどん可笑しくなって、ナミは結局涙を浮かべるほど一人で笑っていた。
ゾロは呆れたように、だがやっぱり赤い顔でその様子を見ていた。
死神だなんて、なんて非現実的。
もしかしたらこれは夢なのかもしれない。
でもどっちにしろ、1週間前のあの日から全てが非現実的になってしまったのだ。
これが夢ならば、それでいい。
死が現実ならば、それでもいい。
自分は今ここにいて。
目の前には死神と名乗る面白そうなヤツがいて。
そして自分は今、暇をもてあましてる。
ナミは目尻の涙を指で拭いながら、ゾロを見上げた。
「とりあえず、暇つぶしにはなりそう」
「…人間のくせにナマイキだな」
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シリアスなんだか、ほのぼのなんだか…。
シリアスですよ、えぇ。
2006/12/02 UP
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