魂。








いつもと同じように明日が来ると思ってた。
目を閉じて眠りに落ちて、そうして目が覚めたら朝になっていて。

変わらないと思ってた。
いつか終わる日が来るとしても、それはきっともっと年を取ってからだと。


どうして私はそう思い込んでたんだろう。
誰もそんなこと、保障なんてしてくれてはいないのに。




こんなに早く、自分に死が訪れるなんて。







やたらと長く頭痛とそれに伴う吐き気。
随分と我慢したけど、思い切って診察を受けたのが1週間前。
世界が変わってしまったのが、その翌日。

医師は淡々と話してくれた。
頭の中に腫瘍がある。
手術で取り除ける種類・場所・大きさではない。
このままではもって3ヶ月、早ければ1ヶ月。

もっと色々話してくれたけど、私にはもうそれで充分だった。


治療法が無いわけではないが、治るわけではないし必ずと言っていいほど再発する。
5年生存率など、私にはあって無いような数字に思えた。



あの医師に対して、私はどんな態度だっただろうか。
よくは覚えていない。
冷静に答えていた気がする。
少なくとも、今は冷静だ。


あぁ死ぬのか、予定外だわ。
仕事も辞めなきゃ。
中途採用なんて今頃あるかしら。
みんなに迷惑かけちゃうな。

死んだら誰かお葬式とかあげてくれるのかしら。
友達とかに今から頼んでおくべき?
身寄りが無いっていうのはこういうとき面倒くさいのね。

貯金をまとめてその費用にしとかないといけないわね。
家具の処分も誰かに頼まなきゃ。


ていうか私死ぬのに、何で死んだ後のことで色々考えなきゃいけないのバカみたい。


あぁ死ぬんだよね私。




何だか他人事のようで、それが冷静だと言えるのかどうかはよく分からない。




















夜中でもこの街の明かりは消えない。


一人の男が、上空から人間の住む街を見下ろしていた。
ゴツゴツとした骨格に皮が張られただけのような、巨大な羽をバサリとはためかせて、
男は顎に手を当てて、ある人間の女を見つめる。

その女は、1週間前に死を宣告されていた。
男はその女の魂を回収に来た死神であった。
残りの命を奪いに来たわけではない。
あくまで命の終わった魂を回収する目的だ。


唐突に死を告げられた人間ならば、普通はもう少し動揺するものだろうが。
この女は呆れるほど冷静だった。
少なくとも、数日上から見下ろしていた限りではそう見えた。

少し、興味が湧いた。

男にとっては、人間は魂の『入れ物』にすぎない。
だが、この女は特別だった。
まだ生きているこの女に、何故か惹かれる。

女の寿命が尽きるまで、あと数週間。
通常ならば、死神が下りて回収作業をするのはもう少し先になるはずだ。
だが男は、既に女のいる町まで下りている。
大王にはあまり干渉するなと怒鳴られた。
だがそれを無視して、男は今ここにいる。

人間では到底ありえないその視力で、男はなおも空高くから女をじっと見下ろす。
それからもう一度大きく羽をはばたかせて、一気に下降した。















ゴールデンタイムのバラエティ番組を見ながら、ナミはココアを飲んでいた。

仕事を辞めてから、夜が暇になって仕方が無い。
病気のことを話すと上司からは安静にしろと言われ、
さらに決して嫌味ではなく本心から『家で休んでおけ』と言われた。
それでも引き継ぎをしなければいけないし、日中は少しは忙しかった。
だがそれも今日で終わり。
明日からは昼間も暇になってしまう。

はぁ、と小さな溜息をついて、ナミは少し温くなったココアを口に運ぶ。
テレビの中では人気急上昇中の若手芸人が、わざとらしく大きな動きで笑いを誘っている。
ふっと笑って、それから虚しくなった。

もうすぐ死ぬっていうのに、何呑気に笑ってるのかしら私。




カップをテーブルに置いてソファにごろんと横になる。
リモコンに手を伸ばし、テレビの電源を切った。
急にしんと静まった部屋では、自分の溜息がやけに大きく聞こえた。

目を閉じてそのまま少し眠ろうとしたナミは、
ふと、窓の外に何かの気配を感じた。



 「………なに」



泥棒?
強盗?

ナミはとりあえずリモコンを武器代わりに握り締めゆっくりと立ち上がる。

じっとカーテンを透かすかのように目を凝らすが、人の気配は無い。
さっきまでは、確かにあったのに。

ナミはゆっくり息を吐いて、思いきってカーテンに手をかけた。
それから一気に引く。





 「…………」




誰もいない。
向かいのマンションの明かりと、街灯と、それから満月が見えるだけ。



 「なんだ……」



ナミは何となく笑いながら、カーテンを閉めなおして背を向ける。

そして。





 「………!!!!!!!」







部屋の中央に、男が立っていた。


いつのまに?


まず目に留まったのは、男の背中から生えている羽だった。


全身黒尽くめの男は、骨ばった羽を器用に折りたたんだ。
自然発生したとは思えない緑色の髪をボリボリと掻いて、顔を上げた。
ナミは思わず身体を強張らせ、叫ぶことも忘れて男を見つめた。



男はじっとナミを見つめ返す。
足の先から、頭のてっぺんまで視線が動く。
だが決していやらしい目ではなかった。
ナミという人間を、ただ観察するだけの視線。




 「……だ、だれ」

 「おれか?」

 「他に誰が」



低い声で、だが軽い口調で男は答えた。




 「ゾロ……死神だ。 お前の魂を回収しに来た」





NEXT

何気に続く
細かいことは気にしないように。
不謹慎な始まりですが、そのへんも気にしないように(コラ)。

2006/12/02 UP

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