ナミは真っ暗な祭殿の中に逃れていた。
ここには結界がはってあり、ほとんどの妖怪は近寄ることができない。
祭壇の外には獣の唸り声と、逃げ惑う村人の叫び声が入り乱れていた。
ナミが森から戻ってしばらくして、村が妖怪に襲われた。
と言っても、そのほとんどは少し妖力を持った程度の狼だった。
おそらくはそれなりの力を持つ妖怪が操っているのだろう、狼たちは牙をむき出して次々と村人に襲い掛かった。
田畑を踏み荒らし、女子供にも容赦なくその凶器を振るっていく。
妖怪の襲撃からすぐに、ナミは数人の村人の手で無理矢理この祭殿に閉じ込められた。
すぐに彼らの断末魔の声も聞こえてきた。
ナミは立ち上がり、外から鍵をかけられた扉をドンドンと叩く。
「開けて!!! ここから出して!! 出しなさい!!」
その叫びに応えてくれる者はいなかった。
何度も扉を叩きながら、ナミは唇を噛む。
壁に拳を当てたまま、ずるずるとしゃがみこむ。
自分はこの村を守る巫女なのに。
何もできないまま、村のみんなが死んでしまう。
ぎゅっと目をつぶって、ナミは立ち上がった。
その瞬間、森から獣の遠吠えが聞こえてきた。
唐突に外が静まる。
「・・・・・・何・・・」
扉の向こうでゴトリ、と鍵を開ける音がする。
ナミは唾を飲み、一歩下がって警戒する。
ゆっくりと扉が開かれ、内部に月明かりが差し込んでくる。
そこには村の長が立っていた。
齢100をゆうに越えている老婆だが、杖をついてしっかりとそこに立ちナミを見つめてきた。
「長さま・・・みんなは・・!!!」
長の杖を持つ手が、カタカタと震え始めた。
「妖怪どもだ・・・何てむごいことを」
「長さま・・・」
両手で顔を覆って崩れ落ちた長に、ナミは慌てて駆け寄った。
震える肩を抱き寄せると、祭殿の外の光景が目に飛び込んでくる。
男も女も、子供も老人も。
狼の牙と爪に引き裂かれ、押しつぶされた。
何とか逃れた者は、もう動くことはない家族の元に駆け寄り泣き崩れる。
哀しみと怒りが、溢れていた。
視界が赤く染まり、ナミはゾクリと背中を震わせる。
長を抱く手に力がこもる。
長は、ナミの中で体を震わし嗚咽を漏らす。
「もう終わりだよ・・・この村は終わりだ・・・」
「長さま、しっかりして! 生き残った者もいるのよ・・・!!」
「もう終わりだ・・・・」
長ともあろう人間が、こうも取り乱すなど。
一体彼女はどんな惨劇を目にしたのか。
「ナミや・・・予言が本当になってしまうなんて・・・」
その言葉に、ナミはぎゅっと唇を噛む。
自分に与えられた予言。
村に繁栄をもたらし、
そして同時に、
破滅をもたらす。
それまでナミは信じていなかった。
だが今、その予言が現実になりつつある。
この子はこの村を統べる巫女となる。
この子はこの村に繁栄をもたらすだろう。
そして同時に、破滅を。
だがその命と引き換えに、この子はこの村を救うだろう。
ナミは巫女として、彼らに未来を与えなくてはならない。
ゾロは暗い森の中を、村へ向かって走っていた。
ジャブラの命令で狼たちは退いたはずだが、心配だった。
ナミは、無事か?
森を抜ける少し手前で、ゾロは人間が近づいてくるのを感じた。
ナミの匂い。
人の姿になり、ゾロは足の速さを緩める。
はぁはぁと息を荒げ、ゾロはゆっくりとナミに近づいた。
「・・・ナミ、無事だったか・・・!!」
蒼白な顔をしているが、怪我はないようだった。
ゾロはほっとしてナミのその細い肩に触れる。
ナミはゾロと目を合わせたあと、俯いた。
そのまま何も言わず、ゾロに摺り寄ってその着物の背をぎゅっと掴む。
「ナミ、大丈夫か? 村は?」
「・・・ゾロ、お願いがあるの」
「ナミ?」
ゾロは様子のおかしいナミの両肩を握り、その顔を覗き込む。
ナミはまっすぐな目で、ゾロを見た。
「私を、殺して」
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