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お城の一室で、ナミは目を覚ました。
豪華なベッドの上で、これまた高そうな服を着せられたナミはゆっくりと起き上がる。
喉が痛い。
声を出そうとしてみたが、何も音は出なかった。
それから、ゆっくりと・・・足を動かす。
いつもの感覚と違う。
ナミはシーツをめくり、自分の足を露にする。
白く細く、すらりと伸びた2本の足。
あぁ、人間に・・・なったんだ。
ナミは少し寂しさを感じながらも、これでゾロと同じ立場だと嬉しくなった。
それから周りを見渡す。
薬を飲んで意識を失ったその後、ナミは確かにゾロの顔を見た。
自分を見つめてくる、ゾロの目を。
ここはゾロの城なのだろう。
ベッドから下りようとすると、上手く足を動かせずそのまま派手に転がり落ちてしまった。
同時に扉が開く。
「起きたか・・・、おい!! 大丈夫か?」
入ってきたのはゾロで、ベッドの下で転がっているナミを見て慌てて駆け寄ってきた。
ゾロに抱き起こされながら、ナミは恥ずかしくて顔を赤くする。
「大分元気そうだな・・・お前、名前は?」
「・・・・・・」
ナミ、と言おうとしたが声は出ない。
もどかしくてナミは自分の喉を押さえる。
「口がきけないのか?」
コクリとナミは頷く。
「生まれつきか?」
少し悩んで、ナミはまた頷く。
「家族はこの国に?」
ゾロはナミをベッドの端に座らせながら聞いた。
ノジコの顔を思い浮かべて少し泣きそうになったが、ナミは我慢してゆっくりと首を振る。
「いないのか」
頷いたナミの頭を、ゾロは撫でた。
「名前は? 口を動かしてみろ」
言われてナミは、口をゆっくりと動かしてナミ、と伝える。
「・・・ア? いや違うな、ナ・・・ミ? ナミか?」
ナミはぱぁっと顔を明るくして、コクコク頷く。
「ナミ、しばらくココにいるといい。 おれの城だから、自由にしてていいぞ」
ゾロはそう言って微笑んだ。
あぁ、こんな顔で笑うのか。
自分に向かって笑いかけてくれるゾロを見つめて、ナミは人間になってよかったと心から思った。
それから、ナミはゾロの城で暮らした。
1日だけ、と言っていたのに既に2ヶ月が経っていた。
ゾロはナミに優しかったし、城の人間もゾロから言われているのか、ナミによくしてくれた。
口のきけない、孤独で哀れな娘。
その境遇に加えて、元々のナミの美しさは人を惹きつけるには充分だった。
声の出ないナミだったが、不思議とゾロはナミの言うことを理解してくれた。
「お前、すぐ顔に出るからな」
自分の言いたいことを理解するゾロに、ナミが不思議な顔を見せると、
いつもゾロはそう言って笑って頭を撫でてくれる。
今この瞬間の幸せが、ナミの全てだった。
それが永遠に続くと、ナミが錯覚しかけた頃。
城内が最近やけに騒がしいことに気付いたナミは、使用人の一人に聞いてみた。
この女性も、ナミの言うことを理解してくれる不思議な人だった。
長い黒髪で、長身の彼女は使用人と呼ぶには惜しいほどの美女だった。
身なりを整えれば一国の王女と言われてもおかしくはない。
彼女は、ナミに付くようにゾロから言われていた。
ゾロが小さい頃にはその博識を生かして家庭教師を兼ねていたらしく、
ゾロは彼女には頭が上がらず、そして最も信頼している人間でもあった。
「来月、結婚式なんですよ」
「・・・・・・?」
「隣国の王女と・・・ゾロ王子の結婚式です」
「・・・・・・」
ナミがよろめいて、彼女 ―― ロビンは慌てて支えた。
「・・・大丈夫?」
「・・・・・・」
「・・・貴女はショックかもしれませんけど、でもしょうがないんです。
王子が生まれる前から決まってたことだから・・・」
「・・・っ」
ロビンはナミの想いに気が付いていた。
いや、気付いていない人間の方が少ないのかもしれない。
それほどナミはゾロの傍に居たし、そしてゾロもそれに応えているように見えた。
だがゾロからすれば、身寄りのない女に同情しただけなのかもしれなかった。
「ナミさん?」
呼びかけにも応えず、ナミはフラフラとロビンの元から離れた。
一室の扉を開けると、そこにはゾロと数人の仕立て屋がいた。
「ナミ、どうした?」
「・・・・・・」
「コレか? 婚儀の衣装だ・・・あぁ、お前には言ってなかったな・・・」
いつもよりさらに豪華で飾りのついた正装で、ゾロは鏡の前に立っていた。
「こういう堅苦しいのは好きじゃねぇんだがな・・・」
苦笑するゾロの元に、ナミは近づく。
「どうしたナミ?」
ゾロの服の端をぎゅっと掴み、ナミは俯く。
その様子を見て、ゾロは仕立て屋たちに目で合図をする。
仕立て屋は一度礼をしてから、部屋から出て行った。
「どうしたんだよ」
「・・・・・・」
「結婚っつったって、国同士の関係を深くするためってだけだからな、何も変わりゃしねぇよ。
お前は今までどおりこの城に居ていいんだぜ?」
優しいゾロ。
いつだってゾロはナミに優しかった。
一国の王子という地位にいながら、まるで少年のように行動的で。
ナミを自分の馬に乗せて一緒に城の外を走ったり、
バルコニーで2人きりで海を眺めたり。
人間の世界をこんなにも間近で初めて見たナミにとっては全てが新鮮で、
そうして無邪気にはしゃぐナミを、ゾロも愛しそうに見つめていた。
でもそれは、傷ついた動物に対する優しさと同じだったのか。
ナミがゾロを愛するようには、ゾロはナミを愛してはいないのかもしれない。
『お前の愛を相手の男に拒絶されたら――』
くれはの言葉がナミの頭をよぎる。
ゾロが他の女性と結婚してしまったら、私は。
ナミはゾロの服を離し、クルリと向きを変えて部屋から飛び出した。
「ナミ!?」
ゾロに逢いたいという想いだけで、ナミは人間になったのだ。
だがいつしか欲が出て、ゾロに愛されたいと願ってしまった。
自分の命と引き換えとなる、その願い。
ナミが人魚に戻ることは、もう永遠に無いだろう。
ゾロへの想いが消えるなど、ありえない。
そうなると、ナミの未来は決まってしまう。
『お前の愛を相手の男に拒絶されたら、お前は死んでしまう――』
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