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 「あんた、惚れちゃったの?」

 「・・・・惚れる?」




胸の中のモヤモヤをノジコに相談すると、
ノジコはナミの額をツンと突付いて、ニヤリと笑ってそう言った。



 「その人間に、逢いたいんでしょう?」

 「・・・・うん」

 「傍に居たいと思うんでしょ?」

 「うん」

 「惚れてるわね」

 「・・・・・」





ノジコに言われて、ナミはようやく自覚した。



まさか自分が、あのお伽話の人魚のように、人間に恋してしまうなんて。



だがいったん自覚すればその感情を抑えることはもうできなかった。

海の中でナミは日々、あの男・・・ゾロへの想いを募らせていた。







一瞬だけ交えたあの目の奥をもう一度見たい。
あの男の声が聞いてみたい。
どんな風に喋って、どんな風に笑って、どんな風に生きているのか。


あの岩場に行けば、もしかしたらゾロも自分を探しているかもしれない。
都合のいい想像をしながらも、ナミはそこへ行くことはできなかった。

自分の姿を人間に見られることに、やはり恐れを感じてしまう。
他の人間ならまだいい。
すぐに逃げればいい話。

だが、もしゾロが。

もしゾロが、自分の姿を見て、恐れてしまったら。
拒絶されたら。

それが怖かった。

だが、どれだけ我慢しようとしてもゾロに逢いたいという気持ちを消すことはできずにいた。









そしてある日、ナミは決意した。

一度だけ、一度だけでいいから、人間の姿でゾロに逢いたい。

同じ人間なら、ゾロも恐れはしないだろう。






 「都合のいい話だね」

 「お願いドクトリーヌ、魔法の薬をちょうだい」



人魚たちの中でおそらく最年長の、魔女でもあるドクトリーヌ・くれはのところにナミは赴いた。

人間になれる魔法の薬を求めて、ナミはくれはの前で手を合わす。



 「そんなどっかの人魚みたいなこと、お前がするなんてねぇ」

 「・・・・バカみたいって自覚してるわ」

 「人間の男に恋することの意味を・・・知ってるだろう?」

 「・・・・・」

 「あのお伽話は、忠告なんだよ」

 「・・・・分かってる。 だから、1日だけでいいの!」

 「・・・・・・」



ナミは必死にくれはに懇願する。

ナミのこんな姿を、くれはは今まで見たことがなかった。
たった一人の姉妹であるノジコ以外の相手に執着することなど、今まで無かったのだ。


溜息をついて、くれははもたれていた大きな貝の裏から、白い小瓶を取り出しそっとその上に手をかざし、
それから蓋をしてナミの前に掲げる。



 「ナミ、得るだけの魔法なんて存在しないんだよ」

 「・・・・うん」

 「この薬には・・・お前の、その男への想いを混ぜてある。
  これを飲み干せば、お前は人間の足を手に入れる。 だがそのかわり、声を失うよ」

 「声・・・・」

 「お前がその男への愛を無くせば、この魔法も効力は無くなる、つまりは元の人魚に戻る」

 「・・・・・・」

 「ただし・・・もしお前の愛を相手の男に拒絶されたら、お前は死んでしまう」

 「・・・・分かった」




ナミはその小瓶をしっかりと握り締め、くれはの元から去って行った。









泳ぎ去るナミの後姿を、くれはは哀しげな顔で見送った。


1日だけ。
ナミはそう言うが。

そうならないことを、くれはは分かっていた。

結果はどうあれ、ナミはもうこの海に戻ることはないだろう。

そしてそれを、ナミ自身も自覚しているはずだった。



もし男と結ばれれば、ナミはそのまま戻ってはこない。
それならそれでいい。
ナミが幸せになるのだから。

だが・・・

もし男の愛を得られなかったら・・・、ナミは死んでしまう。



家族や友や、住み慣れたこの海を捨ててまで、
ナミはその男に逢いに行く。


どうかあのお伽話の人魚のようにならぬよう、
くれはは目を閉じて、静かに海の神に祈りを捧げた。





















小瓶を大事そうに持って、ナミはあの岩場に向かった。


いつも一緒に泳いでいる魚たちが、寂しそうにナミの周りを囲む。



 「・・・ごめんね、もう一緒に泳げないかも」



そう呟くと、魚たちはツンツンとナミの頭や肩を突付く。
それからゆっくりと離れて行った。



 「バイバイ・・・」









岩の上にあがって、ナミは小瓶の蓋を開ける。



透明な青い液体で満たされたその小瓶に、ゆっくりと口を付ける。


脳裏にノジコやくれは、仲間たちの顔が浮かぶ。


一瞬だけ躊躇したが、それでもナミはその薬を一気に飲み干した。




ゾロに、逢いたかった。











喉が焼けるような痛み。
呼吸もできない。
必死に息を吸い込んでどうにか声を出そうとするが、
潰れた喉からは何の言葉も出せなかった。


ドクドクと脈が速くなり、目の前がかすんでくる。



ゾロ・・・・・!



ナミはゾロの名を心の中で叫んで、意識を失った。






















 「王子、誰か倒れてます」

 「何だって?」





白馬の手綱を持って歩いていた10代前半に思える少年は
岩場の上に人影を発見し、馬上の人物に声をかける。




王子と呼ばれた男はヒラリと馬から下り、その岩場まで歩いて向かう。



 「王子! 危険です、私が・・・!」

 「いい、チョッパー。 おれが見てくる、そこにいろ」




男は、岩場に裸で倒れていた女にゆっくりと歩み寄る。

死体かと思ったが、まだ生きていた。
浅いながらもちゃんと呼吸をしている。
男は女の傍に膝をつき、青白いその頬にそっと触れる。



 「王子?」

 「・・・あぁ、遭難者だな。城に連れて帰って看病してやろう」

 「はい」



男が女を抱き上げようとすると、女の体がピクリと動き、うっすらと目を開けた。



 「おい・・・大丈夫か?」

 「・・・・・、・・・」

 「・・・声が出ないのか?」



ぐったりとした女は、それでも何かを言おうと口を開くが、そこからは何の音も出てこない。

元々口がきけないのか、それとも遭難のショックで出なくなったのか。
男は女の口の動きをじっと見つめる。


女は緩く笑った。



 「・・・・とりあえず、無事だな。早く城へ」



女の額にはりついたオレンジの髪をはがしてやりながら、男は女を抱いて立ち上がる。






男の腕の中で、女は声に出さずとも呟いていた。





 (逢いたかった、ゾロ・・・・・)





2006/08/05 UP

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