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ナミは一人、バルコニーから暗い夜の海を見下ろしていた。
1週間後には、ゾロは王女と結婚する。
そしてそのときには、ナミの命も終わるのだろう。
ぼんやりと海を見下ろしていると、ふいに見覚えのある影が見えた。
「・・・・・・?」
「ナミ」
その影が小さな声を発する。
ノジコだった。
「あぁ、ようやく一人で出てきたね」
「・・・・・・」
驚いたナミは、手すりから身を乗り出してノジコを見つめる。
2階のバルコニーにまで届くはっきりとした声で、ノジコは続けた。
「あんたの王子、結婚しちゃうんだって?」
「・・・・・・」
「どうするの、ナミ」
「・・・・・・」
「・・・王子を、忘れられる?」
ナミは目を伏せて、フルフルと首を振る。
ノジコは溜息をついて、パシャリと海から手を出しナミに何かを放った。
「?」
ナミは慌ててそれを受け取る。
短剣だ。
飾りも何も無い銀の剣。
「それで王子の胸を刺しなさい」
「・・・!?」
「そうすればあんたは死ななくてすむのよ」
「・・・・・・」
「くれはに頼んで貰ってきたの。 いいことナミ、刺すのよ!」
ノジコはそう叫んで、ナミの部屋に入る人の気配を感じてさっと海中に身を沈め、
そのまま戻ってこなかった。
ゾロを、殺せと?
手の中の短剣が、ズシリと重くなるのをナミは感じた。
「ナミ、誰かいるのか?」
部屋に入ってきたのはゾロだった。
バルコニーのナミの隣に来て、キョロキョロと周りを見渡す。
ナミは慌てて短剣を背中に隠して、首を振る。
「まぁいい、・・・お前、さっきはどうしたんだ?」
「・・・・・・」
ナミは誤魔化すようにぎこちなく笑ってから、ゾロの目を見つめた。
ゾロも無言でそれを見返し、頭をボリボリと掻く。
「・・・早く寝ろよ?」
ナミの頭をポンと叩いて、ゾロは部屋から出て行った。
その背中を見送りながら、ナミは短剣をぎゅっと握り締めた。
真夜中になってから、ナミはゆっくりと扉を開けた。
ゾロの寝室の扉を。
音を立てないようにゾロのベッドに忍び寄る。
起きる気配は無い。
ゾロの寝顔を見下ろしながら、短剣を強く握りなおした。
ゾロを殺せば、私は死ななくてすむ。
両手でしっかりと握り、ゾロの胸の上で掲げる。
手が振るえて、呼吸が荒くなる。
いやだ。
いやだ。
涙が溢れてくる。
そのうちに、ゾロは気配を感じて目を覚ました。
そして暗い部屋の中で、窓から漏れる月の光に照らされた人影に気付いた。
剣を握り、自分に突き立てようとしているその人影。
「・・・・・・ナミ?」
「っ!!」
ゾロの声を聞いて、ナミはとっさに剣を下ろして後ずさる。
「何してる・・・何だその剣は?」
「・・・・」
「・・・・・・お前、おれを殺そうとしたのか?」
体を起こしながら、ゾロは信じられないという顔でナミを見つめる。
ナミはゾロに顔を見られぬよう、伏せながら扉へと走った。
ゾロはすぐにベッドから飛び降りて、その腕を掴む。
「待てナミ! 何でだ!!?」
「・・・・・」
腕を掴まれて、ナミは床にペタリと崩れ落ちる。
ゾロもしゃがみこんでナミの肩を掴み目を合わそうとするが、ナミは首を振ってそれから逃れる。
「何故お前がおれを殺そうとするんだ?」
ゾロはナミの頬を掴んで、無理矢理に顔を合わせる。
ナミは、泣いていた。
「・・・・・・ナミ・・・」
それからゾロはナミの顔から手を離し、短剣を掴んだままのナミの手を取る。
ゾロはそのまま、自らナミの手を導いて、自分の胸に剣を突き立てた。
「!!!!」
「・・・お前がこうしないといけない理由があるんなら、構わねぇよ・・・」
ナミは目を見開いて固まる。
握り締めたままの短剣はゾロの胸に突き刺さり、血がつたってポタポタと床に落ちていく。
ナミの手首を握っていた手を離し、ゾロはナミの頬に触れ涙を拭う。
「・・・ロ、」
掠れた声が、ナミの口から零れる。
それを聞いてゾロは微笑んだ。
「ゾロ・・・・・」
「お前の声、やっと聴けたな・・・、いい声だ・・・・・・」
「ゾロ」
微笑んだまま、ゾロは床に倒れこんだ。
「いやだ、ゾロ・・・・・・!!!!!」
ナミの叫び声が、静かな部屋に空しく響いた。
「だから、誰も殺せだなんて言ってないじゃない」
「言ったわよ!!」
いつかと同じようにバルコニー下の海面に現れたノジコに、ナミは怒鳴った。
太陽の光を眩しそうに見上げながら、ノジコは心外だとばかりに言い返す。
「言ってないわよ。胸を刺せって言ったのよ」
「同じことでしょーー!?」
「いいじゃないの、結果オーライでしょ?」
「もう・・・・」
頬を膨らませたナミにノジコは呑気に笑いかけ、パシャリと身を翻して海の中に消える。
「ナミ?」
ナミの背後にゾロが立つ。
「誰と話してたんだ?」
「ん? 別にー?」
ナミはにっこりと笑い、振り返ってゾロを見た。
あの夜、ナミはゾロの胸を刺した。
すぐに医師団の手当てを受けたゾロは、命を取り留めた。
それなのに、ナミの死の魔法は解けた。
声は戻り、命を失う魔法は効力を失くした。
ノジコ曰く、『自分の命を賭けるほど愛してくれるか』を試すものだったらしい。
愛が無ければ、男はそのまま死ぬがナミの魔法は解ける。
もし愛があれば、男は死ぬことなくナミの魔法も解ける。
ゾロは、死ななかった。
ナミは、ゾロの愛を得たのだ。
「ナミ、ロビンが探してたぞ」
「え? あ、そうだ・・・言われてたんだった・・・」
「おいおい、あと1週間無いんだぜ」
「うん、ごめん」
それからナミはふとゾロの胸に手をやる。
あまり深くはない傷だったとはいえ、それでも自分が刺してしまったのだ。
服の下の包帯の感覚に、ナミは少し眉を顰めた。
「もう治ってる」
「いくら何でも早すぎよ」
「おれは人より治りが早いんだ」
そう言って笑うゾロに、ナミも笑顔を返す。
隣国の王女は、幼馴染でもある従者の男と駆け落ちをした。
その旨が伝えられたのは数日前で、隣国からの使者は真っ青になって震えながら書簡を読み上げていた。
だがゾロはプッと噴出し、大笑いしていた。
王や家臣たちはその様子に呆気に取られていたが、ゾロは可笑しくてたまらなかった。
王女に想い人がいるのは知っていた。
その上で、国の安泰のために婚儀を行おうとしていたことも。
自分も同じだったから。
さすがにあっちが先に行動を起こすとは思っていなかったが。
なかなか行動的な王女らしい。
それでも来週、ゾロの結婚式は国をあげて盛大に行われる。
「ナミさんったら、まだここに居たのね」
「あ、ロビン、ごめんね!」
「婚儀衣装の採寸、仕立て屋さんが待ってるわ」
「うん、すぐ行く! じゃあゾロ、ちょっと行ってくる!」
「おう」
ナミは嬉しそうにそう言って、ロビンと共に部屋から出て行った。
それを見送って、ゾロは海へ目を落とす。
海面には人魚が一人、顔を出していた。
「よぉ、ナミの姉ちゃんか?」
「・・・ねぇ王子さま、あんた知ってたの?」
「何を?」
「ナミが人魚だってこと」
手すりに肘を付いて、ゾロはノジコにニヤリと笑ってみせる。
「おれはこう見えて、一目惚れとか信じるタチでな」
ノジコは一瞬呆けて、それから声を上げて笑った。
2006/08/06 UP
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『人魚姫でゾロナミ、最後はハッピーエンドで』
6/16にリクくれた方、こんな感じになりましたが、どうでしょう?
最後はちょっとグダグダ?
まぁ気にするな!
昔話でゾロナミって結構面白いな。
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