銀色夏生  「葉っぱ」  (幻冬舎文庫)

 

あの日の僕が正しかったと今でも思えるわけではない。

けれど間違っていたのだと、そう思う強い気持ちもなく、日々淡々とすごしている。

仕事をして、部屋に帰って、食事をして眠る。時々は友達と飲みに行ったり、

女の子と待ち合わせて、夕食を食べて、いろいろな話を聞いて、駅で手を振る。

ベランダの鉢植えはカラカラになって、枯れた葉が飛ばされてすみっこにつもった。

Tシャツは色は落ちて文字がかすれのびたけど、やわらかく体になじんでいる。

環境に適応する能力は人の持つ才能だ。

僕はもう心が痛みはしない。心はもう痛まないが、君を思い出す。

そして君を思うたびに痛まない心から涙がこぼれる。

なぜなのかわからない。涙がこぼれる。

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あたたかい言葉をください。

やさしくて なにか

ほっとするような

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「木のある風景」

僕が憧れていたおねえさんと朝いつも同じ時間にすれ違っていた

その人のためだけ毎朝があって、僕の目も手も足もあやつられていた

恋に

 

僕の思う風景にはいつも木があって どんな木でもいいのだけど

その木にかくれている向こうがある

その向こう側をのぞきたくて 自転車をこぐ

坂道を登りつめると あとは坂を下るだけ

全身に風をあびて息をとめると

ほんの短い間だけど頭の中がまっ白になる

 

すこしだけ見えないもの

かくれているものが

まわりにはいつもあって

僕は知りたい

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「遠いところから」

傷つかないで恋ができるものだろうか

いろいろな可能性を考えてみても

傷つかないということが

胸を痛めないということなら

胸が痛まないのなら それは恋だろうか

 

物事が遠く 何もかも感じる時

スピードは遅く 音もひくく

 

ずっと待っていたと言える君の姿も

今の僕のところからは

見えないほど遠い

遠いところから君を

目をこらして見ると

 

悲しそうな瞳も

ただの思い違い

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「夕日と葉や枝や道」

今 この夕日が葉をてらす

はるかかなたで太陽がもえて

そのもえている炎の明かり

 

もえている太陽は

静まりかえった冷たい宇宙の中

冬の山小屋の暖炉の近くの地球

 

あかあかとしたすずしい夕日をあびた

葉や枝や道

光の線はそれぞれと結ばれて

握手のように結ばれて離れて

パタパタと結ばれて離れて

あっという間に日は沈む

 

夕暮れ

結ばれていた手のひらの感触が

ひとつず闇にほどけていく

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「人と球体」

自分を中心に四方八方に向かっている世界。

ここまではよくてここからはダメという境界の点がある。あらゆる事柄に関して。

それから無数の点を線でつなぐと形がうかびあがる。

意外なところがとびだしていたり、またへこんでいたり。

なめらかででこぼこした球体。

球体が小さい人ほど、動きまわれるスペースは広くのこされ、あちこち遊びに行け

大きい人は、きちきちで、身うごきもとれないほど。

でもそんな人は、球体の中に秘密の宇宙があるのかもしれない。

 

ある人の球体は石のようにかたく。

ある人のはゴムボートのようにやわらかい。

でてるとこ同士がぶつかって遠くへはなれる。

でてるとことへこんでるとこが組合わさってぐんと近づく。

たったひとつのでっぱりのせいで他の性質が生かされない。

たったひとつのへっこみのためにバランスがくずれる。

いろいろとあるそれぞれの球体。

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「記念樹」

前はもっと

反抗的で

文句ばかり言ってた

いつのまにか自分が

言われる方にまわってる

責任をもつたびに

物わかりがよくなる

ただ怒ってた

あの頃がなつかしい

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「一緒にいても楽しくないんだ」

オマエ オレと一緒にいて楽しいか

それがあの人の別れの理由でした

一緒にいても楽しくないんだ

私はまだ好きでした

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「次はきっと」

もし次に恋をしたら

今度はきっと

素直にその時その時の気持ちを

正直に軽くだすようにしよう

くやしい時はちょっとくやしいと

やける時はやけると

すぐ言おう

かわいく言おう

 

もうこれまでみたいに

平気なふりをして

にこにこするのよそう

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「しおり」

しおりのかわりに

手にふれた葉をはさんだ

 

もう何年も前のこと

読みかえそうと開いた本から

ハラリと落ちた

 

この本はあの人から借りたもので

返すのを忘れてたもの

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「未来」

未来は

想像力から生まれる

小さな点になった

大きな無限になった

自分の心を想像する

交互に何度も繰り返し

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「明るい明日」

私が向かっている

次への扉は

明るい明日と

その向こう

明日の先の

するどい所

朝日も夕日も

ひっかかる場所

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「天国」

天国かと思った

あの花畑

なだらかな丘に

一面のポピー

その頂上にねころがり

両手を広げ

空を抱く

この手が空をささえているという

一瞬の錯覚を楽しむ

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「生きる」

生きているということ

生きていくということ

生きるとは

どんなことだろう

ありがたくうれしい気持ちの時もあるし

イヤの気分になる時もある

他の人はどんなつもりで

生きているのだろう

こんなにたくさんの人がいるのに

心がわかるのは自分のだけ

みんなひとりずつ

自分の心を内にかかえて

外の世界を共有している

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あこがれは あの遠い山

呼びかけても

返事はこだまが響くだけ

あこがれてけわしい道を

ひたすらに進めば

すこしずつ近づいて

面影が岩を消し去る

あこがれの すみれのような面影を時が連れ去る

 

あこがれは瑠璃色の浜

うすむらさきに煙る

島影は遥かにかすみ

島影が砂をよぎる

茫漠とただよう海に

身をまかす小舟にも似て

あこがれの すみれのような面影を時が連れ行く

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実は あなたに

あの人の面影を

重ねているとは

誰も知らない

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