コトン、と何かが動いた気配がしたように思った。
完全に目を開けるのも面倒だったので、薄く透かすように片目を開く。

ふと見れば、階段の丁度ゾロの目の高さに位置する場所に色も形も様々な瓶が3本置かれていた。
本体に張りついているものやその首に掛かったラベルを見れば、そこに差出人と思しき者からのさり気ないメッセージが添えられている。


ずんぐりした形の瓶の芋焼酎には、『めでてぇ! 飲め!』とルフィらしい豪快に曲がった文字。

どこかの美術家の作品かと思うような奇妙な形のワインには、『心して飲むように!』と几帳面なウソップのメッセージ。

丸みを帯びたブランデーには、『おめでとう、心からの祝福を』と流麗なロビンの祝辞。


瓶の色も形も、それぞれの性格や趣味を表したかのような多彩さで思わず口許が緩む。

酒好きなことを知っているクルーならではの、これはこれで楽しませてもらえるプレゼントだ。
酒さえ与えておけば上機嫌になるのかと思われているのだろうかと穿ってみたりもするが、たまにはこんな多種に及ぶ酒尽くしの演出も悪くはないと思う。
おそらくナミかサンジ辺りの入れ知恵だろう。

だが、こうなると残ったナミとチョッパーがどんなもので攻めてくるか逆に面白い。
ナミはまだ戻っていないようだが、チョッパーに関しては何か用意をするから待っていろと言われたくらいだ。

それぞれを並べて眺めていると、見計らったかのように階段を降りて来る小さな足が見えた。
軽い足音に、それがトナカイの船医であることを悟る。

「あ、ゾロこんなとこにいた! ほら、さっき言ったオレからのプレゼント、用意できたから受け取ってくれ!」
「おう、サンキューな。ナミから貰った小遣い、全部使っちまってねぇだろうな? そうだとしたらちっと心苦しいが」
「大丈夫だよ、そんな高い物じゃないから。あ、その、変な意味じゃなくて・・・要は気持ちはたっぷり籠もってるってこと!」
「まあな、十分だ。ありがとう」

チョッパーが手渡してくれた瓶は真っ黒なストレートボトルで、あれこれ説明書きは殆どなかった。
それを見越したかのように、チョッパーは既に階段を上がりながら肩越しに言う。

「ああそれ、夕方から始まるパーティの前に飲んでおいた方がいいぞ? それって食欲増進の効果があって、食い物がいつにも増して美味く感じる筈なんだ」
「そうか、いろいろ手間掛けたみてぇで悪ィな」
「ううん、こっちこそ」
「こっちこそ? って何だ?」
「あ・・・いやいやいや! なな、何でもないから! じゃ、オレは会場になる甲板の飾りつけの手伝いをしてるから、ゾロは誰かが呼びに行くまでこっちに来ちゃダメだぞ?」
「・・・・・おう?」

何だか挙動不審のように見えなくもなかったが、忙しいのも本当のようでウソップを呼びながら小さな足音はあっと言う間に遠ざかってしまった。

(・・・考えすぎか)

上天気の陽射しにすっかり喉が渇いていたので、とりあえずついでもあり早速チョッパーのくれた瓶に口をつける。
舌を刺すような辛口の味わいは、それがかなりの度数を持っていることを示していた。
あの船医が珍しいセレクトをするものだと、少し不思議な気持ちになる。

大した量もなかったのですっかり飲み干してしまい、ゾロは潤って満足した唇をぺろりと舐めてからもう一眠りすることにした。





夜になり、クルーたちは予告してくれた通りにゾロのために宴会を開いてくれた。
いつにも増して豪勢な食事に舌鼓を打ち、この時ばかりは豪快に樽の酒が開けられる。

余興と言って踊り出す年少組は既に酔いが回っているようで、すっかり出来上がった面々はいつものようにとんでもない格好で踊り回っている。

料理も粗方食べ終えた傍らに、ようやくナミがこそっとやって来た。

「ゾロったら、今夜は珍しいわね。いつもなら出された料理も殆どそっちのけにして、樽やら瓶やら浴びるように飲みまくってるのに」
「ああ、ちっとチョッパーから美味い酒貰ったからな」

確かに船医の言葉に違うことなく、いつにも増して食欲も増進されているのか酒に匹敵する勢いで食欲が増した。
ルフィほどではないが、掻き込む勢いで食べていたウソップくらいには張り合ったかもしれない。

そんな様子を一段落するまで眺めていたナミは、落ち着いたと判断したのかようやく隣に腰を下した。
その手にはお約束の酒瓶が握られている。

「ふうん、お前のはそれか」
「そうよ、せっかくだから味見してみる?」

淡いグリーンのボトルのそれは、甘い中にも爽やかな香りのするトロリとした液体だった。
小さなグラスにそれを注ぎ、香りを楽しんでから口に含む。

「・・・甘ェ。俺の酒の趣味知ってるくせに、何だこりゃ?」
「ちょっと変わったリキュールなのよ、それ。そうねぇ・・・あ、そこのチョコソースを舐めてからもう1回飲んでみてくれる?」

お願い口調の割に有無を言わせない空気があるので、ゾロは渋々せっかくの誕生日だというのに何て苦行だと心の中でぼやきつつ、言われた通りの手順で甘味を重ねて口に入れる。

2度目の味わいに、ゾロは改めて目を瞠った。
正確には、その味の変化に。

「――あれ、辛ェ?」
「味、変わったでしょ? それって単品で飲むと甘いだけなんだけど、逆に甘いものをつまみにして飲むと、反作用して辛く感じるの。味覚のマジックね」
「へえ・・・」

鼻に抜ける香りは柑橘系のものにも似て、それはどこか、この船にいる言わずと知れた誰かを連想させるようだった。

「美味しい?」
「ああ、美味いが・・・コレだけじゃあ足んねぇな」
「じゃあ・・・誕生日だから、ちょっとだけサービスよ」

クルーたちがそれぞれに手一杯になっているのをいいことに、ナミは不意に顔を近づけたゾロの唇の端をスルリと舐めるように口づけた。
さして驚きもしなかったゾロは、ふっと翡翠色の双眸を細めて唇の端を吊り上げた。

「サービスすんなら、もっとちゃんとしろよ。・・・全然足んねぇって。半端されっと余計に腹が減るって効果でも狙ってんのか?」
「何よ、ちょっと優しくすれば調子に乗って――きゃッ!?」

言ったが早いか、ゾロはナミの二の腕を掴んで立ち上がった。
何なら肩に担いでもいいのだと手で示しながら。

「どうせ祝ってくれんなら、もっとしっかりたっぷりサービスしてもらわなきゃな。ってなわけで、ちいっと出て来るわ。朝には戻るからよ」
「ちょ、ちょっとゾロ! 誰がそんなことイイなんて――」
「俺が主賓だ、文句あるか」

言いながら、既にふたりは甲板を飛び降りて桟橋を悠々と歩いて行く。

「こンのアホ――ッ! ナミすわんにナニをクソ失礼なことしてやがる、エロ筋肉! 誕生日だからって調子に乗って、か弱いナミさん壊すんじゃねーぞ!!」
「さあな。求められたら応えるのが男の本分じゃねぇの?」
「・・・・・ッ! いっぺん逝っとけ、このアホマリモッッ!!」

半ば引き摺られるように桟橋を行くふたりだったが、いつもはしない『手を繋ぐ』という行為にナミは照れながらもいつしか満更ではなくなっていた。





しくしくと泣くサンジを宥めるウソップの背中を見ながら、いつの間にか酔いが覚めたような顔で甲板の隅に転がった瓶を拾い上げて眺めるチョッパーの姿があった。

「どうしたの、船医さん?」
「んん? いや・・・今日の『プレゼントは酒』企画で、オレちょっとこれに仕掛けしたんだよな。ほら、ここんとこ怪我にかこつけてゾロがナミのこと、昼も夜も独占してたからさ」
「あら、妬いていたの?」

くすくすと笑う柔らかな声に、チョッパーは少し赤くなって首を振る。

「や、妬いてるとかそんなんじゃなくって。オレはこの船の船医として、クルーの体調管理全般を預かる身だからさッ。だから、自分の無尽蔵な体力にかこつけて、ナミをあれこれ酷使させるのはあんまり良くないかなぁって」
「何か仕掛けを?」
「うん。だから今日渡した酒の度数を80度以上の強いものにして、しかもそこに食欲は増進するもののオスの本能は減退するモノを混ぜ込んだ筈だったんだけど・・・」
「効果は、今ひとつだったようね」

ふたつの視線に探求者の色が浮かぶ。
傍で気づいたウソップの顔から色が引き始めていた。

そんなものなど気にする様子もなく、ふたりの探求者はそれぞれの知的欲求を満たすべく意見を交換する。
当然のように、その裏にあからさまな私見を思い切り見え隠れさせながら。

「そうね、他の海賊による怪我のことがあったから、剣士さんはここ暫く航海士さんを独占状態だったわね。私も、時には航海士さんとゆっくり話し合ったりしてみたかったのだけれど・・・」
「だよな? だよな? ナミの独り占めは良くないよな? オレだってたまには一緒に昼寝したり、本を読んだり、蜜柑の手入れを手伝ったりしたかったのに!」

我が意を得たり、とチョッパーはますます意気込んでロビンに賛同する。
とんでもない方向に暴走している提案に、探究心旺盛な考古学者は悪戯っぽい笑みを浮かべて頷いた。

「今度は、禁断の99度ってので試してみようと思うんだ!」
「生物学には興味がなかったけれど、あの頑強な剣士さんが被験者なら話は別ね」
「そうと決まれば話は早い。後で薬草の本で意見を聞きたい部分があったから、それの相談に乗ってもらえると助かるよ」
「あら、今からでもいいわよ?」

邪気のない笑みの筈なのに――あんぐりと口を開けたまま閉じることのできないウソップとサンジは、そこに黒く滲み出すように渦巻くオーラを見たような気がした。

『魔女』はナミの十八番ではなかったのか。
それともそうと気づかないだけで、伏兵はいくらでもこの船に潜んでいたのか。

どうやら認識が甘かったようだと、ふたりの良識人はとっくに覚めた酔いを引き戻すこともできずに滂沱の涙をこぼした。

「く、黒い・・・ッ!」
「ううう、ウチの船医と考古学者はどうしちまったんだ!?」
「でも・・・悪巧みをするロビンちゃんも素敵だぁ〜♪」

やっぱり女は別枠なのかと、目をハートマークにするサンジにウソップがツッコむ。

そこに、寝惚け眼を擦っていたルフィが大きな欠伸をしながら何気に言い放った。

「いいじゃねーか、それくらい。好きなモンが欲しいのは当たり前だろうが。お前らもナミの隣の席が欲しいんなら、どんな手段を講じても奪い取りゃいーじゃねーか」
「おめーまでナニ言ってんだよッッ!」
「だから、余計なことにこだわってんなって。ま、お前らも全部俺のモンだけどな。あー、眠ィ。んじゃ俺、先に寝るわ〜」

間近に見たきらめく黒い双眸が本気だったことは、ふたりの身に沁みて解り切っていることだった。

散らかった甲板に残された狙撃手と料理人は、己の良識の深さに手を取り合って涙した。

「俺たちも餌食のウチってか・・・?」
「怖ェよ、本気で怖ェよッ!」



酒は百薬の長。
適量ならば、人生を潤す魔法の水。

けれど、何事も過ぎれば毒ということを忘れないように!



   <FIN>


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真牙サマ(Baby Factory)の、'06ゾロ誕DLF作品。

チョパの挙動不審っぷりに、一体何をしたのかと思いきや!!!
ブラックチョパだった!!!
でも『試してみようと思うんだ!』って、すごいキラキラな目で言ってんだろうなぁ……。
くぅ、許してしまう…!!!

今回もセクハラエロゾロでv
ふふ、意外とチョパのクスリ、効いてるしれませんぜ……?
『…………』
『…えーと、アレよ、きっと今日は飲みすぎたのよ…』
『…………』
『そうだわ、怪我の影響もまだ残ってるのよ!きっとそうよ!!』
『…………』
『もしかしたら薬のせいで一過性のアレなのかもしれないし!』
『…………』
『……チョッパーに診てもらう……?』
―――と誕生日にヘコんでしまった剣豪の姿が、ベッドの上で見られたりして(酷)。
ナミさん、励ますようで逆に追い込んでます(笑)。


2006/11/13


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