穏やかだったり、突然掌を返したかのように荒々しい一面を見せたり。
グランドラインの航海は一筋縄では行かず、今日もかの大海原を行く者をそれぞれに翻弄する。

カレンダーで言えば年末のひとつ手前。
そんな時期に寄港した港での収穫はまずまずで、そこから次の島を目指して出航したメリーは順調な航海を続けていた。


「ん〜、もう11月なのね」
「おう、そだな。ってもしかしなくてもゾロの誕生日の月だよなッ!?」
「まあそういうことになるわね」
「おっし、なら宴だな! 食って飲んで歌って踊るぞ! サンジィ、肉目一杯頼むな〜〜♪」
「へいへい、心の中ではいつでも主賓のふたりのレディのために俺は腕を振るうぜ。せいぜい楽しみにしてやがれ、クソ船長」

毎度のことと受け流し、サンジは冷蔵庫と倉庫のチェックに余念がない。
すぐ前の島で一緒に買い物に出たナミがあれやこれやおまけをつけた上で更に大幅な値切りに成功したので、今回程好く上質の食材が単価にして恐ろしく安く手に入ったのだ。
功労者として労われて当然と、ナミは張りの良い豊満な胸を轟然と反らした。

「は〜やく来い来い、肉曜日〜♪」
「って全然違うからッッ!!」

波踊る大海原の上、そうした裏拳つきのツッコミが入るのももはや日常茶飯事の出来事である。





歌声






本来の季節をなぞるかのように、その辺りの海域は通常の月で言う秋から初冬の雰囲気を漂わせていた。
時折思いがけない荒れた気象現象に遭遇するが、それは紙一重で航海士たるナミが察知して回避してくれる。
優秀な航海士がいるのといないのとでは、航海に費やす労力も何もかもそれらの意味にはかなり隔たりを持つことになる。

カレンダーの日付が11月に入り、その月の示すものは既にクルーの周知の事実だ。
当の記念日はどうやら海の上で迎えそうなことはナミの計算でも判っていたので、かれらはそれぞれに前の寄港先でそれなりに趣向を凝らした買い物をした様子だった。

ある者はストレートな形を以って。
またある者は気合いと心意気で。
どちらにも気持ちという意味では、素晴らしい共通点を持っているのは違いなかったが。

もちろん後者の中には、女性陣への贈り物のように品物などの“形”になって現れるほど明確さを持っていないものもあったが、それでも込められた思いだけは各々誰もが負けてはいない。

誰が欠けてもいけない仲間。
ともに海に出て、それぞれに夢を追ってあがいている真っ最中で。
それらの気持ちがあるから、ただ祝ってやりたい。

でき得るなら来年も再来年も、10年後20年後、更には年老いたその後まで。

夢を叶えた暁には、みんなバラバラになるかもしれない。
それでも、自分は夢とともにあの男の傍にいたいとこっそり思ったりもする。

(あいつがそんな、細かい女心に気づくとは思えないけど・・・)

そんなことを思いつつ、癖になった鼻歌を小さく歌いながら蜜柑畑の手入れに精を出す。

そうしたヘイゼルの視線の先には、500キロを越える大きな鉄の塊がついたダンベルが規則正しいリズムで上下しており、それを振るって鍛錬する剣士の横顔は口の中でそれをカウントしていた。

そういった男の汗まみれの姿など辟易するだけだと思っていたが、なかなかどうしてこの男のすることは不思議と絵になるから悔しいような気もする。
敵の殺気には遠目にも反応するくせに、当の本人を叩き起こそうと拳を固めている自分の気配にはまったく反応しない。
そのことに剣呑とした視線や文句で抗議したりもするものの、こちらがするように手を上げられたことは一度もない。

もちろんあんな重量級のダンベルを振る手で殴られでもしたら、ナミの骨は粉砕骨折はまず免れられない。

(どうせなら抱きしめて欲しいのにね)

ケンカばかりしていたふたりだがいつしかつき合うようになり、大小さまざま小競り合いもじゃれ合う姿もクルーの面々からすれば「犬も食わない何とやら」だ。

つき合うと誰に明言したわけではなかったし、船の中でそんな風に馴れ合うのもどうかとみんなには特に何も言わなかった。
それでもいつしかふたりの間に漂う微妙な空気に聡い者はいち早く気づき、それに呆気なく馴染まれてしまったので今のこの独特の雰囲気が出来上がっているのだ。

(ホントに・・・我ながら物好きよね。こんなマリモのどこが良かったのかしら)

小さく肩を竦め、収穫を終えた蜜柑を籠に入れて甲板で鍛錬する背中を眺める。

ふと、ダンベルを振る手が止まり、不意に蜜柑畑の一段高い場所から見下ろしている自分と視線がぶつかる。
鋭く深く、それでいてどこか甘さを含んでいる視線がナミの身体に絡みつき、その一挙手一投足をじっと見ている。

「・・・何よ?」
「そりゃこっちの台詞だ。んな熱い視線で見てられちゃおちおち鍛錬もできやしねぇ。そんなに俺に構って欲しいのか?」

にやりと口の端が上がるのを見て、ナミは一気に頬に朱が上がったような気がした。
それをきゅっと堪え、気位の高い猫のように澄ましてそっぽを向いて見せる。

「それは、あんたの方でしょ。クールな振りして、その実中身はただの全開3年寝太郎のくせに」
「誰が3年寝太郎だ」
「あんた以外の誰がいるってのよ?」
「あらあら、相変わらず仲がいいのね、ご馳走様」
「じゃれてんのは構わないけど、そんな余裕見せてるとルフィにおやつ全部食われちゃうんだからな」
「ロビン、チョッパー!」

サンジのおやつコールに駆り出されて来たチョッパーに先導されるように、奥のデッキチェアーからロビンが立ち上がってやって来る。
本来なら一緒に出向くところだが、今日のところは朝からサンジにゾロをキッチンに寄せつけないでくれとの厳命を受けているので、慌ててその足を止めに掛かった。

「あー、あんたはそこで汗拭いてて。そんな汗だくの身体でキッチンに入ったら汗臭くて敵わないわ。仕方ないからおやつは貰って来てあげるから、そこから動くんじゃないわよ。迷子になったら困るから」
「この狭いメリーん中でどうやって迷子になんだよッ!」
「あら、あんたならやりかねないわよ」

途端に見せる憮然とした表情は、つい今まで装っていたクールさを跳ね除け一気に少年じみた顔を覗かせる。
タオルを首に掛けていつもの蜜柑畑の陰に行くのを確認し、キッチンでのサンジの様子をチェックして再度甲板へ貰ったおやつをトレイに乗せて持って行ってやる。

どうせ本人は忘れているのだろうが、今日はゾロの誕生日を祝うことになっている。
それを差し引いても、この楽しい企みは間際まで隠しておきたい。
ウソップを先頭に飾りつけを、サンジはもちろん料理担当だ。
ナミはと言えば、当の本人をそちらに寄せつけないことを仰せつかっている。

イベントが大好きな麦わら海賊団ならではの連係プレーだった。





ふんわり霞みに抱かれた夕陽が水平線に沈み、辺りに柔らかな夕闇の帳が下りて来る。
日中は暖かだった外気も夜になると晩秋らしくひんやりして、少しだけ肌寒さを誘った。

だがそんな体感気温すら跳ね飛ばす勢いで甲板の中央にはテーブルがセッティングされ、周りの飾りつけ同様華やかに盛りつけられた料理が所狭しと並んでいた。

「おー、ゾロ。今日はめでたい肉日和だ。飲んで食って騒ごうぜ〜♪」
「誰のでも同じこと言うだろうが、てめぇは」

そんな苦笑も何のその、それぞれの手に握られた杯が高々と上げられ、ゾロの誕生日を祝う宴は始められた。

「おーいゾロ、こっち良く見とけよー、景気づけにイッパツ行くからな! チョッパー、そっち押さえてろよ」
「うん、OKだぞ」

砲列甲板の方からウソップの声が上がり、ゴトゴト重々しい音がした次の瞬間――火花が尾を引いて空に向かって駆け上がった。


ド――――――ン・・・。


「うっしゃぁぁ、大成功! ウソップ様特製祝砲花火〜♪」
「うおおお、凄ェ凄ェ! ウソップってホント何でもできるんだな! 俺も医者の何でも屋目指して見習うぞ!」
「おう、いくらでも見習ってくれたまえ。何せ俺は、このグランドラインに8千人の部下を持つキャプテ〜ン・ウソップ様だからなッ」
「はいはい、エセキャプテン様に万能薬様、早く来ないとご馳走は全部ルフィの胃の中、飲み物は全部ゾロの胃の中よ」
「酒に関しちゃてめぇも一緒だろ」
「ふんごご、ふごごごふが!」

慌てて走って来る足音に紛れ、ルフィがいっぱいに詰め込んだ口で不明瞭な言葉を放つ。
どうやら、「だってサンジの飯は美味いからな」と言ったらしい。

「当然だ、俺は海の一流シェフだからな。どんな食材も、余すところなく美味しく最高に仕上げてみせますとも。もちろん任せて頂ければ、ナミさんロビンちゃんも更に素敵に磨き上げて――」
「言ってろ、海の極悪犯罪人」
「何だと、このケダモノ黴マリモ! 海でも湖でもいいから水底に帰りやがれ!」
「はいはいはいはい、ここもストップ! 何でこうあんたたちは、似たもの19歳のくせに寄れば触ればケンカばっかなのかしら」

ナミが強引にふたりの頭を引き離し、深く溜息を漏らす。
翡翠と蒼の瞳が火花を散らし、睨み合ったままほぼ同時に叫んだ。

「「俺はこんな奴に似てねぇ(ません)!!」」

「ええもう、ハモるほど仲良しなのは判ったから」
「てめ、んなお寒い寝言は――」

ゾロがナミに食って掛かろうとした、その瞬間――。


ドドド――――――ン!!


船の後部海面で、いきなり大きな砲撃音とともに凄まじい水柱が立った。


「おいこらウソップ、危ねぇだろ! お前まだ花火の仕掛け残しといたのか!」
「ち、違うって! 俺が用意したのはあの一発だけだし、今のはメリー号のすぐ近くで炸裂したぞ!」
「んあ?」

手近な料理を攫うように掻き集め、それを一気に口に押し込んで無理矢理飲み込む。
この状態のルフィを料理の前から引き剥がすのは至難の技と、ナミは諦めて甲板から階段を駆け上ってメリー後部に目を凝らした。
ウソップも急いで見張り台の上に上がり、ゴーグル越しに状況を見極める。

「げっ! かかか、海賊だ! しかも、ガレオン船とまではいかねぇがかなりでけぇぞ!」
「ててて、敵襲―――――ッッ!!」

ウソップの呼び掛けにチョッパーが引っ繰り返った声で応じ、一気に船内に緊張が走る。

大海賊時代を誇る昨今でも、この広大なグランドラインの海で同業者に出会うのは本当に稀なことだった。
遠目にも判る船影は縦も横も悠にメリーの数倍はあり、きらめく灯りの数からそこにいるクルーの数も半端ではないことだけは窺い知れた。

「あぁ? このクソ忙しい時に海賊の襲撃だぁ?」
「人がせっかく気分良く飯食ってんのに、何鬱陶しい真似しやがんだよ!」

肉眼でもはっきりと捉えられる距離でルフィが叫ぶ。
特に食事の邪魔をされた船長の怒りは、クルーの誰の目から見ても明らかにキレる一歩手前だった。

それに応じたのか、敵船側から不敵な声が嘲笑を含んで降り掛かった。

「ナニを寝言をほざいてるか! そんな弱小海賊団のくせに、そっちから砲弾撃ち上げて挑発したんだろうが。しかもあんなあさっての方向にだと? ヘタクソ狙撃手に同情するぜ!」
「挑発って・・・バッカじゃないの、あれ花火よ? ナニをどうやったらあれを砲弾と見間違えられるわけ? あったま痛い、図体ばっかでかくても考えることはお粗末なのね」
「女のくせに何を生意気な! おうお前ら、取るに足らねぇ弱小海賊団だが、ここはひとつ力で判らせてやった方がいいらしいぞ!」

あくまでも船のサイズと乗組員の数で総合判断しているらしい。
明らかに物知らずな台詞に、ルフィを除くクルーの全員が軽い眩暈を覚えた。

「知らないって、怖いわね・・・」

ロビンがしみじみと呟く。
敵に回した場合彼女も相当恐ろしい存在なのだが、棚に乗るロビンは敢えてそれを口にしない。
そこにいらぬツッコミを入れてクラッチを掛けられては堪らないと、チョッパーは蹄の両手で必死に口を押さえていた。

その傍ら、無表情のまま麦わら帽子を被り直すルフィはおもむろにゴキリと指を鳴らした。

「おいゾロ、サンジ。ちょっくらあっちに乗り込んで速攻タタんで来んぞ」
「「あいよ、キャプテン」」

たった今までケンカしていたというのに、この絶妙のコンビネーションは何なのか。
緊迫しながらも呆れ顔のナミは、男同士だからなのか同い年なせいなのか、無言のうちにシンクロするふたりの背中を見送ってメリーを顧みた。

視界の端で3人が飛んで行くのが見え、ナミはそれを確認して他の面子に檄を飛ばす。

「ウソップは砲撃で応酬して! どてっ腹の砲列部分よ、あんだけあるんだもの、撃てば当たるわ! ロビンはこっちからあいつらの援護できる? チョッパーと私は最後の砦よ、できることをする、チョッパーOK?」
「判った。お、オレにできることをするんだ、オレはやるぞ!」
「今こそ狙撃手たる俺様の腕の見せ所! 行くぞ、キャプテ〜ン・ウソップ!」
「航海士さんも無理はしないで」

ほどなくして鬨の声が上がり、戦闘の火蓋は呆気なく切り落とされた。





戦況は見るからに明らかだった。

船は大きくクルーの数では20倍以上いるというのに、かれらは少数でも精鋭を誇るルフィたちの敵ではなかった。
次々と繰り出されるそれぞれの技に撃沈されていく雑魚ばかりだが、それでも後から溢れるように現れる敵にかれらは正直辟易していた。

それが油断に繋がったわけでもないだろうが、敵の一部が3人の隙を縫ってメリーへと乗り込んでいくのが見えた。
ガレオン船に多くの灯りが焚かれているが、その影をすり抜けて暗闇になっている死角から取りついているようだった。
視界の隅にそれを捉え、ゾロは大丈夫だと思いながらも内心湧き上がる焦りを禁じえなかった。


若干8歳にしてガレオン船を8隻も沈めた賞金首の能力者がいる。

普段は大ホラ吹きの腰抜けだが、やると決めたことには誰にも負けない漢気を発揮する狙撃手がいる。

7段階に変化し、相手を翻弄するように戦う心優しい船医がいる。

非戦闘員のくせに口は達者で、それでも引いてはいけないところでは自らの手で戦う策略家の航海士がいる。


不安はない筈だ。
力量で言えば先頭で斬り込んで行く自分が抱く思いではない。

だが――理屈ではない何かが、バンダナを巻いた下のこめかみ付近でチリチリと微かな焦りとなってゾロを急き立てていた。

そこへいくつもの銃声が重なる。
ゾロの不安は一気に膨れ上がった。

「ったく、雑魚ばかりだってぇのに数だけはいやがる。キリがねぇぜ」
「――おい、クソコック。俺をメリーへ蹴り飛ばせ」
「あぁ? 向こうにはロビンちゃんたちだっていんだろ? ウソップたちだってやる時ゃやるだろうが! って・・・おい、船本体に乗り込まれてんのか!? ったぁく、数だけはやたらとウジャウジャいやがって」

周りの敵を一掃した瞬間、サンジは数々の小船がメリーに横づけされ、そこから新たな敵が小さな船体によじ登ろうとしているのを見た。
大挙して押し寄せているわけではないが、それでも後から列をなす勢いで押し寄せているので戦況は厳しくなりつつあることだけは確かだった。

これだけいるのだから、中には多少骨のある者は確かにいる。
だが、それを差し引いても本当の「敵」と見做せるだけの相手とは未だやり合っていない。

迷う時間はなかった。
湧き出る泉のように群がる敵に正直辟易していたが、肝心の船や向こうに残っているクルーをどうにかされたら、更なる怒りで何をどうするか判らない。

サンジにしてみれば、せっかく用意した料理さえ今となっては踏み躙られているかもしれないと思っただけで起爆剤になりそうな気分なのだ。
この上ふたりの愛しのレディたちに何かあったらと思うと、それだけでこの海賊団を殲滅させたい気分になった。

「一応聞いとく。ルフィもいるだろうが、こっちは任せて平気か? 残ってくれと泣いて頼むなら今のうちだぞ」
「・・・てめぇ誰に向かって言ってんだ、このサボテン野郎が。ルフィが欠伸して仕方ねぇほどこのプリンス様が大活躍してやるよ、雑魚ばかりで料理のし甲斐がねぇ食材ばかりだけどな」
「上等だ」

大きく振り被った剣を握って旋回し、飛び掛って来た十数人を一気に海中へと蹴散らす。
それを合図に、サンジの右足が綺麗にしなった。

「うら、タイミング合わせやがれ。一応メインマストを狙ってやるが、着地その他は勝手にやれよな。てめぇの後の心配なんざしてやらねぇからよ」
「それも上等だ。それ以前にちゃんと俺をメリーまで届かせろよ、へなちょこコック」
「抜かせ、クソ剣士!!」

限界まで振り被った足にタイミングを合わせて飛び乗る。

空軍アルメ・ド・レールパワーシュート!!!」

ばねのように身体を預け、先を見据えた瞬間――景色は一転して矢の速さでその身が撃ち出された。




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