臥。
いまだに信じられない。
ゾロが私を家まで送ってくれてる。
手を、繋いで。
時折ゾロは横を向いて「どっちだ?」と尋ねる。
ナミの家を知らないから、分かれ道になるたびにそう確認をする。
当たり前のことだが、だがそのたびにゾロがいちいち顔を覗き込んでくるものだから、
ナミはこの体の熱さが熱のせいなのか何なのかもう分からなくなっていた。
それでなくても繋いだ手が火に触れたように熱いのに。
ゾロの問いに無意識に答えながら、だがまともな思考回路を持つことは出来ず、ただ手を引かれるままに足を進めていた。
手のひらが、じっとりと汗をかいている。
それなのにゾロはぎゅうと握って離さない。
こんなベタベタの手では嫌われてしまうかもしれない。
恥ずかしくて、でも振り払うことなんかは出来なかった。
あぁ、頭がクラクラする。息切れもするし、動悸もする。
落ち着こうとナミが小さく息を吐くと、ゾロがぴたりと足を止めた。
「…ゾロ?」
分かれ道かと思ってナミは前を向くが、もうあとはずっと一本道だ。
ぼんやりした頭で隣の男を見上げると、バチと目が合う。
またクラクラと眩暈を覚えつつ、ナミはもう一度「ゾロ?」と口にした。
ゾロは無言で、大きな手をナミの額に当てた。
そのひんやりとした感覚は一瞬で、ナミはすぐに顔を真っ赤にした。
「熱上がったな」
「…え、あ」
「悪ぃ、もっと早く気付くべきだった」
そう言ってゾロは、背中を向けるとしゃがみこんだ。
ナミが戸惑っていると、ちらりと顔を向けたゾロが「おぶってく」と告げた。
「……えっ、え!? そ、それはちょっと……」
「つべこべ言うな。ぶっ倒れるぞ」
「………」
毎朝のやる気のない声とは違い、強い口調でそう言われナミは思わず口を噤む。
それからゆっくりとゾロの背中に触れ、体重を預けた。
太い首に手を置いた直後にゾロはひょいと立ち上がり、
二人分のカバンも持っているのにむしろスピードを上げて歩き出した。
「……重くない…?」
「どこが。もっと肉付けねぇと、こんなんじゃすぐ折れるぞお前」
「………」
スピードは速いけど、怖くない。
ナミはゾロの服を握り締めて、目を閉じた。
極力揺れないように、歩いてくれているのだ。
優しいなぁ、と思うと同時に二人の距離に気付いてまた顔を赤くする。
ゾロの体がすぐそこにあってゾロの顔をすぐそこにある。
触れた部分から心臓の音が伝わってしまいそうで、だが離れがたくナミはきゅっとしがみついた。
なんだか、安心する。
こんなに接近できるんなら風邪を引いてラッキーだったかも、とナミはこっそりと笑った。
「家、どのへんだ?」
「あ、もうすぐ…。すぐそこ右に曲がったら2軒目」
「分かった」
もうすぐに家に着いてしまう。
そうしたらゾロから離れなくてはいけないし、お別れしなくてはいけない。
図々しいとは思いながらも、ナミはゾロの背中から離れたくなかった。
だがゾロのスピードではあっという間に家に到着してしまい、はぁと小さな溜息をつく。
「大丈夫か?」
「あ、うん、大丈夫…」
気分が悪いのかと心配したゾロが、玄関の前で立ち止まり首だけで振り返る。
さらに近づいた顔にナミはまた頬を赤くして、促されるままに背中から降りた。
多少フラついたが、ゾロが腕を取って支えてくれた。
その状態でどうにかバッグから家の鍵を取り出して、玄関の扉を開ける。
「静かだな…誰もいねぇのか?」
「うん…母親は出張中だし、姉は仕事だから…」
「マジかよ。薬とか昼飯とかあんのか?」
「探せば…あると思う。昔のが残ってるはずだし、お昼も材料はあるから…」
「………とりあえず、入るぞ」
「え?」
「お邪魔します」
ゾロは誰もいない家に向かってそう言って、ナミを支えたまま一緒に玄関に入った。
「え、ゾロ?」
「こんな状態でほっぽっていけるかよ。薬飲ませてメシ食わす」
ゾロは二人分のバッグを玄関に置くと、ナミと向かい合った。
ナミが先に中に入るのを待っているのだが、そのナミは混乱して突っ立ったままだった。
熱のせいでふわふわとしている頭では、冷静にモノを考えられない。
ゾロが、家に入るの?
ナミが動かないので、ゾロはボリボリと頭をかいた。
それからひょいとナミを抱きかかえると、抵抗させる間も無くそのまま玄関に座らせた。
混乱しすぎて言葉も出ないナミを他所に、向かいにしゃがみこんで靴を器用に脱がせる。
自分のスニーカーも脱いで上がり、またナミを抱きかかえた。
いわゆるお姫様抱っこの形で、ゾロはきょろきょろと中を見渡す。
「お前の部屋は?」
「え、と、2階」
「よし」
ゾロは頷いて、ナミを抱いたままとんとんと階段を上っていく。
おんぶに続いてまさかのお姫様抱っこ。
怒涛の攻撃に既にナミの脳と心臓は破裂寸前だった。
「ゾ、ゾロ、自分で行く」
「アホ言え。フラッフラだろ」
「だって、部屋汚いから…!!」
「気にしねぇよ」
「私は気にする!」
「ほら、どっちの部屋だ」
「………右」
最早、問答無用だった。
ゾロは当然だがノック無しに部屋を開けた。
どうか下着とか散乱してませんように朝の記憶あんまりないけどどうかどうか散らかしていませんように、とナミは祈ることしか出来ず、
ゾロに抱かれたまま室内に入って見渡したあと、あまり散らかっていないことにほっと息を吐いた。
そんな心情に気付くはずのないゾロは、ナミをゆっくりとベッドに下ろした。
額に手を当ててしばらく無言になり、「また上がってる」と呟く。
多分それは熱じゃなくてゾロの行動のせいだと思う、とナミは心の中で反論して、
だが体調がさっきよりも悪くなっていることは自覚できた。
吐き気なんかがあるわけではないが、とにかく自分のベッドに座ると安心感からか一気にダルさがやってきた。
「薬は? どこにあんだ?」
「え、えと…多分食器棚の引き出しの…どっか」
「分かった。台所も借りるぞ」
「………借りる?」
「タオルはあとで何枚か持ってくるから、とりあえず制服脱いで着替えとけよ。何枚か出しとけ。あと熱も」
一気にそう言ってびしっと指を突きつけると、ゾロは部屋を出ていった。
残されたナミはぽかんとその背中を見送り、階段を下りていく足音を聞いていた。
それが聞こえなくなると部屋の中が急にしんと静まり、ぼんやりと扉を見つめる。
この部屋は、こんなに広くてこんなに静かだったかな。
どうしてゾロは帰らないんだろう。
ゾロは体調の悪い人には、誰にだってあんなに優しいんだろうか。
台所に行って何をするんだろう。
ノジコは会議頑張ってるかな。
薬本当にあったっけ。
今日のお昼どうしよう。
ゾロの背中広かったな。
順序立ての無い考えがぽんぽんと出てきて、ナミは目を閉じた。
それからゾロの先程の言葉を思い出して、とりあえず熱を測ろうと体温計を探す。
机の引き出しにあったそれを手を伸ばして取り、脇に挟む。
朝は微熱程度だったが、上がっているのは間違いない。
ムリをしたのと、あとはゾロのせいで。
ゾロと手を繋いだこと、それからおんぶに抱っこと先程までのことを思い出して、
ナミは赤い顔のまま思わず頬を緩める。
だが休まなくてよかったと思う反面、ゾロに迷惑をかけているのも間違いないので、
いけないいけないと自分の頬を軽く叩いた。
同時にピピピ、と電子音が鳴ったので取り出すと、数字は「38.6」とあった。
「うわ」
予想以上の数字に思わず声を漏らし、すぐに表示を消す。
あとはゾロが戻ってくる前に着替えなくては、とナミはどうにか立ち上がりクローゼットまで移動し、
言われた通りにパジャマに着替え、予備も数枚出しておく。
あとは横になるだけだ。
倒れこむように布団に入ると、ナミはすぐに意識を手放した。
ふとドアの開く音と人の気配を感じて、ナミは目を覚ました。
ベッドの傍にはゾロが立っていた。
着替えたあとあっという間に眠ってしまったナミは、少しだけ顔を横にして、ゾロを見る。
ゾロは皿やコップの乗っている盆を床に置いて、自分もベッドの横に座った。
「ゾロ…私、寝てた?」
「ちょっとな。気持ち悪ぃとか、無ぇか?」
横になっていたら一気に自分が病人になった気がして、ナミは弱々しく「うん…」と答えた。
ナミは少し体を転がすようにして盆を覗き込むと、そこにはお粥の入った皿とペットボトル、コップと薬のヒートがあった。
スポーツドリンクのペットボトルは、昨日ノジコが安いからと買ってきたものだった。
薬も見覚えがあるから、ゾロはどうやら目的のものを探し出したらしい。
「……ねぇ、そのお粥は?」
「作った」
「……ゾロ、料理できるの…?」
「まぁ、自分が食うくらいのレベルならな」
「そうなんだ…」
また一つ、ゾロ情報ゲット。
ナミは体調不良の中でもそれに喜んだ。
「食えそうか? 吐き気あんならやめとけ」
「ん…分かんない…」
「そうか。まぁまだ残りが下にもあるし、ムリはすんな。先に薬だけでも飲んどくか?」
「ん」
ナミの返事を聞いて、ゾロはペットボトルの蓋を開けるとコップに注ぐ。
薬をヒートから2錠取り出している間に、ナミはどうにか体を起こした。
「薬って、水じゃないの?」
「酒じゃなけりゃいいよ」
「何それ…」
適当な返事にナミはクスクスと笑う。
薬とコップを受け取ると、ゆっくりと飲み干した。
ゾロは空のコップをナミから取ると盆の上に戻し、ベッドの端に腰を下ろした。
ナミの額に触れ、それから持ってきていたタオルを首筋に当てた。
濡らしてきていたらしく、そのひんやりとした感触にナミは思わず目を閉じる。
「汗は…そんなにかいてねぇのか?」
「うん。さっき着替えたときちょっとハンカチで拭いたし…あんまり」
「そうか…。とにかく寝ろ。次起きたときはまた着替えろよ」
「ん」
「そういや、熱は?」
「………38.6」
「……病院、行くか?」
「だいじょうぶ。薬も飲んだし、寝てれば平気」
「そうか」
ナミはごそごそと体を動かし、横になって落ち着く体勢になるとちらりとゾロを見た。
ゾロは盆を机の上に移動させて、クローゼットの前に出しっぱなしになっていた替えのパジャマをベッドの傍に持ってきた。
それからもう一度ベッドの脇に座ると、またナミの額に手を当てる。
「ちゃんと寝てろよ」
「…ん」
ゾロが手を離し、それから立ち上がろうとしたのでナミは思わず布団から手を出して制服のシャツの裾を掴んだ。
だが驚いたゾロの表情に気付いてすぐに我に返り、慌てて離す。
「あ、ご、ごめん…」
いくら気弱になっているからと言って、これ以上甘えてはいけない。
だけど、行ってほしくなかった。
だって、こんなのは今日だけだ。
こんな風にしてくれるのは風邪を引いているからで、明日元気になればきっとまた前と同じ関係に戻ってしまう。
そんなのは嫌だ。
ナミは自分の考えが独りよがりなのがみっともなくて、隠すように枕に顔を押し付けると鼻をすすった。
病気をすると、涙もろくなる。
だからどうかゾロが気分が悪いんだと勘違いしてくれればいい。
ゾロが帰ってしまうのが、離れてしまうのが、ワガママな自分が、嫌なせいで泣いたと気付かれたくない。
ナミは必死に冷静になろうと、顔を隠したままで涙の跡を消そうとする。
少々赤くなっていたって、風邪のせいだと言い訳できる。
怪しまれないように早く顔を上げて、それからお礼とお別れの挨拶だ。
だがそうする前に、ぎしとベッドの軋む音がしてナミは頭に人の手を感じた。
ほんの少しだけ首を動かすと、ゾロがまたベッドの脇に座って、頭を優しく撫でてくれていた。
「お前が寝るまで居る。安心しろ」
「………ゾロ」
「ほら、ちゃんと寝ろ。上向け」
あまりにも優しい笑顔に、ナミはまた泣きそうになった。
言われたとおりに向きを変えて、きちんと横になる。
ゾロは座ったままでまだ頭に手を置いていて、枕元のタオルで時折ナミの額や首筋を撫でる。
気持ちよくて目を閉じてしまいそうだったが、ナミは耐えてじっとゾロの顔を見つめていた。
「…明日は…学校はムリそうだな」
「やだ、行く」
「ムリして長引いたらどうすんだ。もっと休むことになるぞ」
「……でも」
「明日は休んで、明後日からちゃんと来い」
「………」
ナミは不服そうに眉を寄せる。
結果的に今日は特別な日になったが、ゾロと会える貴重な朝を風邪なんかのせいでこれ以上失うわけにはいかないのだ。
でも優しいゾロの言葉に逆らうことは出来ずに、小さく頷いた。
「…明後日は、絶対行くから」
「あぁ、待ってるよ」
「………」
「お前が居ねぇと、寂しいからな」
「……ほんと?」
「あぁ」
自分を撫でるゾロの手も、耳に届くゾロの声も、全部が気持ちいい。
ナミは夢心地で、だから今のゾロの言葉ももしかしたら夢かもしれないと思っていた。
落ちてくる瞼に抗えず、ゆっくりと目を閉じると、頬に触れているゾロの手に摺り寄るように顔を動かす
「ゾロ、すきだよ」
「………」
「すき……」
眠りに落ちる直前に耳に届いたゾロの言葉も、きっとそんな幸せな夢の続きに違いない。
自分が何を口走ったかはナミはよく分かっておらず、とにかく熱があることを忘れるくらい、幸せな気分だった。
2010/02/17 UP
「『患。』の続き」
続き、もしくはゾロサイドでってことでしたが…。
しまった、ゾロサイドの話で書いたほうが簡単だった…。
結果的にかなりの難産な御話になりました。
途中まで一回書き直しになってます。
そのバージョンのゾロはあまりにも積極的すぎてありえなくなってて(笑)。
本当はこのあとオチとしてもう少し考えてたんですが、時間の都合(?)で没。
どうにか現在のオチに。
緑祭が終わる頃、覚えてたらこっそりオマケとしてUPします。
有紀。さん、こんなんで……ダメ?
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