患。







 「ナミあんた、顔赤くない?」

 「え?」



朝食の席で、ノジコは自分の分の皿を洗いながらふとナミにそう言った。
食パンにもそもそと噛り付きながら、ナミはきょとんとした顔を姉に向ける。



 「熱でもあるんじゃないの」

 「えー、でも別にダルくなんか…」

 「全然ゴハン進んでないじゃない」



蛇口を閉めて、タオルで手を拭きながらノジコはナミの顔を覗き込んだ。
ナミはふいっと顔を背けて、コーヒーに手を伸ばし一口すする。



 「ちょっと、熱測りなさい」

 「熱なんか無いってば」

 「何言ってんの、いいから」

 「あーーほらノジコ、仕事遅れるわよ! 今日大事なプレゼンなんでしょ!」

 「え? もうそんな時間!?」



ノジコは慌ててエプロンを外し、ソファに置いていたカバンを掴んだ。
ナミはふーっと息を吐きながらまたコーヒーを一口飲んだ。



 「いい、ナミ! 母さんが出張中の今は私があんたの保護者なんだからちゃんと言うこと聞きなさい!
  熱があったら大人しく学校休むのよ!」

 「もう高校生なんだから、自分の体調くらい自分で分かります!」

 「熱、絶対あるわよ! 休みなさいよーー!」



そう叫んで、ノジコはバタバタと慌しく玄関から出て行った。


急に静かになったキッチンで、ナミはカチャリとコーヒーカップをテーブルに置いた。
勿体無いが、食欲が無いのは事実だった。
シンクに行って、朝食の残りを捨てた。

朝起きたときから、ほんの少し体が重い気がした。
さすがノジコ、と思いながらナミは仕方なく救急箱から体温計を取り出した。


ピピピという電子音のあとで表示を見てみると、そこには『37.5』の数字が並んでいた。



 「……微熱ね」



そう呟きながら表示を消し、元あったところにそれを戻し、学校に行く準備を始めた。



たとえ熱がもう少し高かったとしても、学校を休む気はなかった。


だって休んでしまったら、あの人に会えなくなってしまうから。









時計を確認して、それからナミは家を出た。

学校までの道のりで、他の生徒の姿は無い。
それもそうで、既にこの時間にこんなところにいては遅刻ギリギリなのだ。
ほとんどの生徒はもうこのあたりは通り過ぎている。

だがナミは、あえて遅い時間に学校に向かっている。
学校の近くまでは少し小走りで、だが門が見えてくると足をゆるめる。



ナミの歩いてきた道とは反対側から近づいてくる気配が一つ。
自分と同じ制服を着た男子生徒だった。
カバンを肩にしょって、欠伸をしながら眠そうにのんびりと校門へと歩いてくる。

ナミは笑顔になって、門の前で立ち止まりその男子生徒を待った。



 「ゾロ! おはよう!」

 「おぅ…」



ゾロと呼ばれた生徒は再び大きな欠伸をしてナミの前に来て、それから校門の中に入った。
ナミもその隣に並んで門をくぐる。
校舎の時計を見上げると、始業ベルの5分前。

ロロノア・ゾロはいつも決まってこの時間に登校する。
それだけ規則正しいのならもう少し時間を早めればいいとも思うが、
いつだって寝不足な彼にとっては遅刻寸前のこの時間がギリギリの譲歩ラインらしかった。

1つ上のこの男に恋心を寄せるナミにとって、
門をくぐって下駄箱に到着するまでの、一緒に居られるほんのわずかな時間。
ただそれだけがとても大切なものだった。


1ヶ月前、ナミが珍しく遅刻をして汗をかきながら学校に来たときがゾロとの最初の出会いだった。

門に入ってすぐ、あせっていたナミは前に気付かずゾロの背中に突撃した。
眠そうな顔で振り返ったその顔に、ナミはいわゆる『一目惚れ』をした。
目は半開きだし大きな口で欠伸をするし、人が聞けば何故そこで惚れるか、と言われそうだが、
とにかくナミはロロノア・ゾロという男に惚れてしまったのだ。

ゾロは謝るナミに気にすんなと言いながら欠伸をし、
この時間ならまだのんびり行っても間に合うぜ、と教えてくれた。
そんな遅い時間に登校したことのなかったので半信半疑なナミだったが、
ロロノア・ゾロの隣に居たかったので、その言葉を信じて並んで下駄箱まで歩いてみた。

ロロノア・ゾロはナミとは違う下駄箱に向かい、そこでナミは彼の学年とクラスを知った。
ゾロの言うとおり始業ベルの直前でナミは教室に入ることができ、
次の休み時間にはクラスの人間に聞き込み調査をしてゾロの名前を知った。



その日以降、ナミは毎日少しずつ登校時間をずらしゾロがやってくる時間を探し当て、
今ではこうして校門から下駄箱までの距離を2人並んで行くようになった。

家が真逆でなければもう少し長い距離を一緒に居られるのだが、ひとまずは満足していた。
ゾロの方もナミが待ち伏せまがいの事ををしているのを嫌がってはいないようなので、
ナミは毎日朝のこの時間を楽しみに学校に通っていた。



学年が違えば教室の階も違う。
可能性はあっても、滅多なことでは会えないのだ。
貴重なこの時間を、たかが微熱程度で失くしてしまうつもりはなかった。


下駄箱まで5分足らずの距離でも、ナミは色々とゾロに話しかける。
ゾロは眠そうなので適当な相槌しかしてくれないが、
別の日に前にした話題を出すと覚えてくれていたので、ちゃんと聞いてはいるらしい。



 「でね、その英語スピーチコンテストに出ないかって言われて…やってみようと思うんだけど」

 「いいじゃねぇか、お前なら出来んだろ…」

 「……そう思う?」

 「あぁ、頑張れ」



ゾロはそう言ってナミを見下ろし、微笑んだ。
その顔に、ナミの頬に一気に赤みがさす。
さっと顔を逸らしたが、ゾロが少し体を屈めて覗き込んできた。



 「おいナミ…お前、顔――」

 「き、気のせい! それじゃあね!」



ちょうど下駄箱についたので、ナミは顔を隠すようにして慌ててゾロの傍から離れた。

ゾロはその後姿をしばらく見つめて、片眉を上げて自分の下駄箱へと向かった。












教室に駆け込んだナミは、自分の席に座って頬を両手で覆った。
まだ熱い。
心臓もドクドクと鳴っている。

あんなに優しく笑ってくれたのは、初めてかもしれない。

頭から湯気を出しそうな勢いで、ナミは机に伏した。



 「ナーミさん、どうしたの?」



クラスメイトのビビが駆け寄ってきて、前の椅子に座りナミの顔を覗き込もうとする。
顔を上げたナミの赤い顔を見てびっくしりたように尋ねた。



 「……ゾロがね」

 「あぁ、ナミさんの大好きな。 今日も一緒に?」

 「笑ってくれたの……」

 「………」



さらに顔を赤くしてそう呟くナミを、ビビは最初は目を丸くしてだが次の瞬間には微笑んでナミをぎゅうと抱き寄せた。



 「ナミさんてば! かわいい!!」

 「ちょっ、ビビ!」

 「顔真っ赤! そんなに好きなんだ」

 「……………うん」

 「かわいーーーー!!!!」



ビビに抱き締められ、ナミは仕方なく大人しくしていた。
頬の熱さはいまだに引く気配はなかった。











1時間目の授業が終わり、ナミは大きな息を吐いて机に突っ伏した。

今朝の体のダルさがまだ少し残っている。
ゾロと会ってテンションの上がっているときは気にならなかったが、
授業中に大人しく机に座っていると、どんどんと頭が重くなってきた。
もしかしたら熱が上がったのかもしれないが、額に触ってみても別にそんな感じはしない。

朝から興奮したせいかしら。

心の中でそう呟いて、休み時間の間は寝ておこうとナミは目を閉じた。



 「ナミ、いるか?」



目を閉じた瞬間、聞き覚えのある声がしてナミはガバリと飛び起きた。

教室の扉に立っている人物と目が会うと、その人は周りの目も気にせずにナミの方へとやってきた。



 「…ゾ、ゾロ?」

 「おい」



突然の上級生の乱入に、クラスの人間はしんとなりゾロとナミの方へと好奇心丸出しの視線が寄越される。
ナミは呆然とゾロを見上げるしかできなかった。
だがゾロはやはり一向に気にせずに、ナミの腕を掴んで立ち上がらせる。



 「え、え?」

 「帰るぞ、送るから」

 「え?」



混乱したナミも同じく状況を理解できないクラスメイトも無視して、
ゾロは勝手にナミの荷物を適当にカバンに詰めて掴んだ。



 「あの、ゾロ、なんで?」

 「体調悪ぃんだろ」

 「………え」



片手でナミの腕を掴み、片手でナミのカバンを持ったゾロはまっすぐな視線を寄越してきた。
こんなに真正面で視線を受けたのは初めてだったので、ナミは思わずクラクラした。

そう思ったらどんどんと頭の中が回転してきて、ふらりと体がよろめいた。
ゾロはカバンを机に戻して、ナミの肩を掴んで支える。

それから腕を掴んでいた手を離して、ナミの額に触れる。



 「やーっぱり熱があんじゃねぇか」

 「え」

 「朝から赤い顔して元気無ぇし、おかしいと思った」

 「……朝から?」



顔が赤かったのは別の理由があったとしても、
あのたった数分で、熱があると、体調が悪いと、気付いてくれたのか。
ナミはグラグラと揺れる頭でぼんやりと朝の時間を思い出しながらゾロを見つめた。



 「今朝、熱とか測ったか?」

 「7度、5分だった」

 「今の感じだと大分上がってんな、やっぱ帰んぞ」

 「あ…」

 「まったく、体調悪ぃんなら休めよ」



ゾロはもう一度ナミの額に触れてから一人頷き、ナミのカバンを肩にかけた。



 「……微熱だから、大丈夫だと思って」



ゾロに会いたいがために、微熱だろうが何だろうが学校に来たのだ。
体調にゾロが気付いてくれたことは嬉しかったけど、
この気持ちには気付いてもらえてなかったのか、とナミは少し寂しくなった。




 「バーカ、まわりが心配すんだろ」

 「…別に、微熱だし心配なんか」

 「……おれが、心配すんだよ」



ゾロはむすっとした顔でそう言って、ナミの額を軽く叩いた。
それだけでナミはふらついたので、慌てて肩を掴んで支える。

支えられながら、ナミの頭の中では先程のゾロの言葉がグルグルと回っていた。


あぁ、本当に熱が上がったかもしれない。





 「このクラスの委員長、誰だ?」



唐突にクラスの人間に向けてゾロが言ったので、全員思わず身を固くした。



 「あの、私です」



その中からビビが手を上げると、ゾロはナミの手を握って上にあげた。
手を繋いだことでさらに顔を赤くしたナミはされるがままになっている。



 「こいつ、体調不良で早退だ」

 「は、はい!」



ビビの返事を聞いてゾロはまた頷き、ぼうっとしているナミの手を引いてずんずんと教室から出て行った。





ぴしゃりとドアが閉まった瞬間、しんとしていた教室が一斉にざわめいたことなど、
今のナミに気付く余裕は無かった。





2007/08/03 UP

『具合が悪いのにゾロ先輩に会いたいが為に無理に登校するナミとナミの事にかけては聡いゾロ』
高校パラレル、先輩ゾロと後輩ナミでかなりラブラブで!
てことでしたけど…。
……ラ、ラブラブ?
なぁにそれ美味しいの?
……スマン!!
そしてオチがぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁ。

有紀さん、ごめんなさい…。

生誕'07/NOVEL/海賊TOP

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