姻。





 「くぁ……」



ベッドの上で上半身を起こすと、ゾロは大きなあくびと共に思い切り背中を伸ばした。
首をコキコキと鳴らして、枕元の時計に目をやる。
まだ6時を回ったばかりだ。
隣に眠る女はスヤスヤと寝息を立てていて、起きる様子はない。
無理も無い、連日の撮影が終わって今日はようやくのオフなのだ。
明後日からは今度は番宣やら製作発表やらでまた忙しくなる。
オレンジ色の髪を撫でてから、多忙な彼女を起こさないようにゾロはベッドから抜け出した。

冷蔵庫のミネラルウォーターを直接ガブガブと飲んだあと、ジャージに着替えて玄関へと向かう。
音を立てないようにドアを開け、同じようにゆっくりと閉めた。
ガチャリ、と鍵をかけると、隣の部屋の住人がスーツ姿でゴミ袋を抱えて出てきていた。
目が合ったので、ゾロは声を出さずに軽く会釈をする。
隣人の女性は、この部屋に人気女優が住んでいることを知っている。
早朝にその部屋から男が出てきたことに多少驚いたようだが、
今までも出入りするのを何度か見られたことはあるし挨拶をしたこともあるから、この日もそれ以上の反応はなかった。
常識のある女性らしく、ゾロに同じように静かに会釈を返してエレベーターへと歩いて行った。
ゾロはそちらとは反対の、階段へと向かい駆け下りる。
恋人の家に泊まろうと、毎朝の日課であるランニングをやめることはない。
マスコミに見つかれば即行で写真を撮られるだろうが構わない、というのが2人の考えだった。






 「くぁ……」



ナミは寝転んだまま大きく伸びをして、そのままの流れではーーと息を吐いた。
連日の撮影の疲れもあって、睡眠時間はそれほどではないが今までに無く熟睡してしまった。
隣の男の姿は既に無く、『毎朝元気ね…』とナミは呟いてベッドからのろのろと這い出る。

冷蔵庫のオレンジジュースをコップに注ぎこくこくと飲んでいると、鍵を開ける音がしてドアが開いた。



 「おかえりー」

 「ただいま」



ジャージ姿のゾロは、帰りに近くのコンビニに寄ったらしく、ビニール袋をぶら下げていた。
キッチンのテーブルに置くと、中からスポーツ新聞を取り出してソファに腰掛ける。
ナミはカラになったコップにまたオレンジジュースを注ぎながら、ビニール袋の中身を覗いた。
最近のお気に入りのプリンが入っていたので、ふふと笑ってゾロの隣に同じように腰掛ける。
コップを渡すと、ゾロは一気にオレンジジュースを飲み干した。



 「スポーツ新聞買ったの? 珍しい」

 「おれたち、破局してたらしいぜ」

 「……は?」



はきょく?とナミが繰り返すと、ゾロは新聞をナミに渡した。
怪訝な顔でそれを受け取ったナミは、ばさりと広げて一面に目を通した。
そこにはデカデカとした文字で、『ナミ、破局していた』の文字、それから『愛の逃走劇から一年…ハッピーエンドならず』のサブタイトル。



 「何よこれ」

 「さぁな。どっからの情報なんだか」



映画のプロモーションで帰国した人気女優が見せた、空港での愛の逃走劇、あれから一年…映画のようなエンディングを迎えることはなかった…。映画も大ヒット、今年に入り拠点を国内に戻しても人気女優に休みは無い。新作映画にドラマ、CMに至っては20本と今年のCM女王の称号は間違いなく彼女に与えられるだろうが、その忙しさが恋人との逢瀬の時間を削ったことがどうやら破局の原因らしい……。

ナミはざっと目を通し、それから唇を突き出してゾロに新聞を押し付けた。



 「何なのよこれ!」

 「だから、知らねぇって」



ゾロは苦笑しながらそれを脇に放ると、立ち上がってキッチンのテーブルからビニール袋を取ってきて再びナミの隣に腰を下ろす。
中からプリンを取り出し、コンビニで貰ったスプーンと一緒にナミに渡した。
機嫌を損ねた人気女優は、無言でそれを受け取り蓋を開け、ぱくぱくと豪快に口に運ぶ。
半分くらいを勢いで食べたあと、落ち着いたのかふぅと息を吐きソファの背にもたれて、また一口食べた。



 「この新聞、いつもよね」

 「懲りねぇよな」



ナミに何の恨みがあるのか知らないが、この新聞の記者はいつも攻撃的だった。
映画の宣伝の記事はほんの少ししか載せないくせに、悪い噂や醜聞は一面に持ってくる。
ナミの名前を出せば内容はどうあれそれなりに部数は伸びるのだが、その内容のせいでファンからは叩かれていて、
発売のその日にはネットの掲示板でいつも散々に書かれている。
ナミに限らず他の俳優やタレントにも似たような扱いをしていて、大抵の業界人からも嫌われているのが、
どうやら本人はスタイルを変えるつもりは無いらしい。

この日の記事もすでに破局の段階で大デマなのだが、その原因として挙げている内容も散々なものだった。
ナミが若手イケメンアイドルと二股をかけているとか、
密かな妊娠・中絶の結果で溝が生じたとか、
相手の男…つまりゾロがニートのヤク中でナミのヒモだとか、
とにかくせっかくの恋人と過ごす休日の朝の爽やか気分を一気に吹き飛ばすには十分な文章だった。



 「相変わらずムカつくわこのアーロンって記者」

 「ほっとけよ、どうせデマってそのうち分かるんだ」

 「でもどうしてロビンから連絡無かったのかしら…」



こういう記事が載るという情報は大抵事務所に届くものなのだが、マネージャーからナミへの連絡はなかった。
ナミは立ち上がり、寝室に戻ると枕元のテーブルに置いていた携帯を拾い上げた。
画面を見て「あー」と声を漏らし、ゾロの隣に戻って座ると肩をすくめる。



 「電源、切れてた」



えへ、と誤魔化すように笑うナミの頭を、ゾロは受け取っていたプリンで小突いた。
携帯の電源を入れると、待ってましたとばかりにタイミングよく着信メロディが流れる。



 「ロビン? ごめん、電源切ってた」

 『もう、ナミったら。 貴女、今朝のスポーツ新聞は見た? 例の記者の』

 「見たわよー、本当最悪よねココ」

 『どうする?』



電話の向こうからの問いかけに、ナミはちらりとゾロを見た。
ゾロは先程のプリンを食べていて、あと数口しか残っていないことに気付いて慌てて奪い取った。



 「ロビンがどうするかって」

 「どうするって、何かする必要あんのか?」



ゾロの声が聞こえたのか、ロビンが間に入ってくる。



 『挙式まで秘密にするって言ってたでしょ、貴方たち。でもこんな記事でケチがつくのはどうかと思うし…コメント、出す?』

 「んーー、元々バレるのは承知の『極秘』だったんだけど…破局報道は予想外だったわね」

 「おれは放っといても構わねぇけど」

 「でも、この男にスクープ取らせた一瞬でも思わせたくない」

 「なるほどな」

 『入籍後の会見でも開く? どうせ明後日の舞台挨拶で質問が来ると思うけど…』



携帯を間に挟んで耳を寄せ合った二人は、無言で視線を交わす。



 「約束が…あるのよねー」

 「あぁ…」

 『約束?』

 「そ」







「この日、人気女優の新たな人生の始まりの瞬間に、本誌が密着した。先日某紙において破局と報道された彼女だが、とんだ間違いであったようだ。」

『いってきます』と笑顔を残して、 人気の無い深夜、二人は婚姻届を持ち、手を繋いで建物の中へと入って行った。 『別の誰かと勘違いされたんじゃないかしら? あの記者の方と面識もないし、インタビューを受けたこともないから。想像で書いたのなら別だけどね(笑)』 破局報道に対して尋ねると、気分を害した様子もなく、『夫』に寄り添ったナミ(29)はご機嫌な表情でそう答えてくれた。(中略) 身内とごく親しい友人のみで挙げるという式に、本誌は特別招待を許された。極秘の日程は今ここで明かすことは出来ないが、式の翌日には白いドレスを身に纏った大女優の人生で最も美しい姿を読者にお届け出来るだろう」

「インタビューの最後に彼女に尋ねてみた。幸せですか、と。隣り合って座りしっかりとお互いの手を握り締めた二人の満面の笑みが、全てを物語っている」

「取材:ネフェルタリ・ビビ」





2009/11/21 UP

『【予。】の続き』

拍手で出てきた女優ナミとリーマンゾロです。
リクは『人前でいちゃつき→パパラッチ→結婚会見』だったんですが、
何か微妙に…どころか全く違ってしまいましたねすいません許して。
あと私、週刊誌とかスポーツ新聞読まないからよく分かってません…細かいトコは気にしないで…。

にぃこさん、これで勘弁を!!

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