滴。









波も静かで風も穏やか。
周りに敵船の気配も無し。


そんな平和な日の午後。


3階甲板のメインマストに寄りかかったナミの姿を、ウソップは流れるように手を動かしスケッチしていた。




 「描けたー?」

 「あと少し……よし、完成だ! うーん、色もつけてみてぇなー」

 「色塗り終わったらその絵、くれる?」

 「おう、いいぜ」



ナミは立ち上がり、うーんと伸びをする。
ウソップもスケッチブックを床に置いて立ち上がり、絵の具一式を取りに行くため階段を降りようとする。
そのスケッチブックを覗き込むように見下ろしながら、ナミはウソップの背中に声をかけた。



 「じゃあ私はもういい?」

 「あぁ、ありがとな!! またモデル頼むぜ」

 「キレイに描いてくれるんならね」

 「天才アーティストウソップ様の手にかかりゃ、絶世の美女だ」

 「どういう意味よそれ」

 「道具取りに行ってきます!!!!!」



ギロリと睨まれて、ウソップは飛ぶように階段の下に消えた。
一言多いのよ、と苦笑しながらナミは風呂に入るため測量室へと向かった。



天気も良く、外にいるのは気持ちが良かった。
だがやはり絵のモデルをするとなるとさすがに少しばかり緊張したし、
あまり動いてはいけないのかなという妙なぎこちなさがあって、ほんの少しだがからだが汗ばんでいた。

気候が急変する気配も無いし、今の見張りはロビンだから何かあればすぐに知らせてくれる。
ナミはそう思いながら、安心してあの大きな風呂を堪能するため階段を上って行った。




階段を上りきり、鏡の前に立って髪をまとめていたゴムを外す。
手で軽く梳かして、シャツを脱ぐために裾に手をかけた。

そうしてようやく、風呂場に先客がいることに気付く。

閉じた扉の奥から、シャワーの音が響いてくる。
もし中にいるのがロビンならば一緒に入っても構わない。
何と言っても、大浴場なのだ。
だがロビンは今は見張り番だ。

となると、残るのは男連中しかいない。
こんな時間に風呂に入るのはただ一人。
ヒマさえあればトレーニングか昼寝で、
汗ばっかりかいているのに、もしくは汗をかくからか、恐らくはこの船で2番目のお風呂好き。

脱衣所の床にポンポンと脱ぎ捨てられたその人物の残骸を見つけて、ナミは小さく溜息をついた。
黒いズボンに白いシャツ、ついでに緑の腹巻。
予想、的中。




 「ゾローー、まだ時間かかるーー?」



扉に近づいてそう叫ぶと、ぴたりとシャワーの音が止まった。



 「終わっ――」



言葉を続ける前に、唐突に扉が開いて湯気に視界を遮られた。




 「終わった」




自身の体からもほかほかと湯気を出しながら、ゾロはそう言い放ってナミの横を通り過ぎた。
ナミは固まったまま、大浴場の中を見つめたままで立ち尽くしていたが、
ゾロはそれに全く構わず、服の横に置いていたバスタオルを拾い上げ軽く全身を拭くとそれを腰に巻いた。
それから鏡の横のカゴから小さいタオルを取って、ガシガシと髪を拭く。

ナミはゆっくりと振り返って、ゾロを見た。

気付いたゾロはナミに向き直り、髪を拭いていたタオルを首にかける。



 「何だ、次お前入るのか?」



その質問に答えず、ナミはただじっとゾロを見つめた。


キレイだな、とぼんやり思った。

厚い胸板に、見事に割れた腹筋。
無駄な部分など少しも無く、必要な筋肉が必要な場所にしっかりとついている。
胸には無数の小さな傷と、大きく斜めに走る刀傷。
その男の命を奪いかけた傷なのに、それさえも芸術的に美しく見えた。




 「………スケベ女」



視線を察したゾロは、ニヤリと笑いながらそう言った。
ナミはほんの少し頬を染め、誤魔化すように肩をすくめる。



 「…ウソップが、次はあんたをモデルに絵を描きたいって言ってたから」

 「あぁ? モデル?」

 「男の絵なんか描いて楽しいのかと思ったけど、確かにあんたの体キレイだもんね。
  何となくウソップの気持ち分かったわ」

 「……絵のモデルねぇ…あいつも物好きだな」



顔をしかめたゾロはナミに背を向けると、湯気のこもった脱衣所の窓を開けた。
火照った体に心地良い風が入ってきて、ゾロの顔が無意識に柔らかくなる。


胸とは対照的に、傷ひとつ無い背中がナミの目に飛び込んでくる。

首筋を伝ってきた水滴が背中の筋肉に沿ってつつ…と流れ、腰に巻いたタオルに吸い込まれていく。
思わずナミは腕を伸ばして、その道をすぅっと指で辿った。

さすがのゾロも一瞬身を硬くし、首だけで振り返るとじろりとナミを睨んだ。



 「何してんだお前」

 「ん、キレーーな背中だなと思って」

 「…背中の傷は剣士の恥だからな」



ゾロはそれだけ言って、ナミの指を振り払うでもなく、頭から顎へと伝ってきた水滴をタオルで拭った。



 「そう言われると、傷をつけたくなるわ」



言いながら、ナミはそのキレイな背中にカリッと爪を立てた。



 「痛ぇ」



普段の戦闘で負う傷に比べればこんなものは痛くも痒くもないだろうが、
ゾロはナミから背中を隠すように向き直った。
鏡に自分の背中を映してみると、爪を立てられたらしい部分だけがうっすらと赤くなっている。
さすがに血までは出てないが、なるほど女の爪は凶器だとゾロは鏡を見ながら思った。



 「背中に爪跡だなんて、色っぽいじゃない」



ゾロと同じように鏡の中の背中を覗き込みながら、ナミはクスクスと笑った。
楽しそうなその姿に、ゾロは諦めたようなため息をつく。



 「色っぽいことした後ならいいけどよ…実際は風呂場で痴女に襲われて出来た傷だからな」

 「誰が痴女よ、誰が」



ナミは眉を寄せて、後ろからゾロの頭を小突いた。
大袈裟に「いて」とゾロが呻いたので、もう一度殴ってやった。





 「……じゃあ、色っぽいことでもしてみる?」



首をかしげて、まるで小さな子供が友達を誘いに来たかのように軽く言うと、ゾロはゆっくりとナミへと顔を向けた。



 「……意味分かってんのか、ソレ」

 「分かってるわよ、だってお風呂がこんなに広いんだから」

 「そんなのが理由かよ」

 「ふふ」





背中の傷は剣士の恥と謳う男が、こんなにも易々と無防備な背中を見せる。
小さな傷を作ることさえ許してしまう。

仲間としてのその信頼が嬉しくて、同時に物足りなくもある。


出来うるなら、この男の背中に傷を作る唯一の人間になりたいと


密かに思っていることは、悔しいから一生言わないでおこうと思う。



獲物を見つけた獣のように、男の目がギラリと光るのを見た。


さぁこの野性をどう手懐けてやろうかと、ナミは一人ほくそ笑む。






手懐けるどころか、骨まで食われてしまうと知るのだけれど。






2008/02/11 UP

『【濡。】の逆で、風呂上りのゾロ』

どうも始まりと終わりのキレが悪いなぁ…。
まとまりもない。
そんな一人反省会をしつつ。
この2人はまだデキてない設定でお願いします。

リクしてくださった匿名の方、こんなん出来ました…。

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