慈。









メリー号最強航海士の涙の、翌日。


彼女は幸せそうに笑っていた。













2人がキスしているのを見てしまったのは、本当に偶然だった。


夕食の下ごしらえをしていたサンジはナミの声を聴いて、
じゃがいもの皮をむく手を休めずにキッチンのドアから外を覗いた。

女部屋から出てきたナミは、甲板で寝転がっている剣士の傍へと近づいていく。



あぁナミさん、いくら寝てるとは言えそんなエロ魔獣に不用意に近づいちゃいけないよ



そう声をかけようとしたが、ゾロの傍にしゃがみこんでいるナミの顔を見て動きを止めた。

何か考えるようにゾロの顔を覗き込んだナミは、時折口元を緩めている。
それはおそらくは本人も自覚しないほどのかすかなもので。

小さな違和感と胸の痛みを感じつつも、やはりその光景は気に食わなかったので包丁とじゃがいもをシンクに置くと、
サンジはエプロンで手を拭きながらキッチンから一歩出た。





その瞬間に、ナミはゾロに引き寄せられていた。
顔を真っ赤にして怒鳴るナミに構わず、ゾロは目を瞑ったままでその体を離そうとしない。



すぐに飛び降りて、あのエロ剣士を蹴り飛ばさねぇと



そう思ったのに、体が硬直して動かなかった。

そうこうしているうちに、ゾロはナミにキスをした。
ぴたりと動きを止めたナミは、しばらくしてようやくゾロを殴り飛ばして倉庫へと逃げるように駆けて行った。
残されたゾロは殴られてもなお目を覚ますことはなく、そのまま眠り続けた。







サンジは他人の足のように固まるそれをどうにか動かし、ゆっくりと一歩下がった。
誰も居ないキッチンの中で、シンクにもたれるとずるずるとしゃがみこむ。



自分は気付いていたはずだった。
あの男が、自分と同じ女に想いを寄せていることに。

だが実際はどうあれ勝つ自信はあったし、少なくとも今は同じラインに並んでいると思っていた。



気付かなければよかった。

剣士が隠していた、己でも気付いていないであろう気持ちに。



見なければよかった。

あんな場面も。

剣士を見つめる、彼女の微笑んだあの顔も。



















 「ナミさんの機嫌、直ったな」

 「……おかげさまで」

 「ふん」



深夜のキッチンで、見張りを終えたゾロに酒とツマミを出しながらサンジはニヤリと笑った。



 「良かったなぁ、想いが通じて?」

 「……どういう意味だよ」



ゾロは眉を寄せて、酒をあおりながらそう呟いた。
洗った手の水気を切りタオルで拭きながら、サンジは変わらずニヤニヤと笑う。



 「だってお前、ずっとナミさんのこと好きだったんだもんなぁ?」

 「……………あぁ?」



ゾロは額に血管を浮かべ、サンジを睨みつける。
だがサンジにはその顔は全く怖ろしくは見えず、むしろ恥ずかしさを誤魔化そうとする可愛らしいものにすら見えた。

意味深な笑みを浮かべるサンジを睨みながら、ゾロは再び酒をあおる。



 「おれって朝早いだろ?」

 「………」

 「お前らがまだ寝てて、朝イチでおれが起きたとき……お前よく言ってんぜ」

 「……何を」

 「『ナミ』って」



ふふんと笑ってサンジがそう言うと、ゾロは瓶から口を離し動きを止めた。



 「………言ってねぇ」

 「ほーー、絶対か? 言ってる可能性ゼロだって誓えるか?」

 「…………」

 「自覚、あんだろ?」



そう言ったサンジは、自分の目を疑った。

逸らされた剣士の顔が、みるみるうちに真っ赤になっていく。
サンジは思わず笑うのをやめ、目を丸くしてゾロを見つめた。





 「………ナミに言ったら殺すぞ!!!」



ゾロは目を逸らしたまま叫ぶと、握り締めていた酒瓶を割れる勢いで乱暴にテーブルに置いた。



 「ごちそうさま!!」



そう吐き捨てて、ズカズカと足音を鳴らしてゾロはキッチンから出て行く。









足音が遠ざかり消えると、サンジは一人声を上げて笑った。
笑いながら目尻に浮かんだ涙を拭い、煙草を取り出して口に咥える。
火をつけると床にしゃがみこんで、昨日と同じようにシンクにもたれた。



 「あーーー面白ぇ、あんな顔も出来んのかよアイツ…」



誰もいないキッチンで、サンジはそう口に出してまたクックッと笑う。
それからはーーっと息を吐いて、深く煙草を吸うと長い煙を吐き出した。


途端にキッチンは静まり返り、もしかして、全部夢だったんじゃないかとサンジは思った。

昨日のキスも、先程の男の態度も。


今朝の彼女の笑顔も。




 「………アホらし」



煙草を噛んで、ガリガリと頭を掻く。



彼女をあんな風に泣かすことも、
あんな風に笑わすことも、

あの男にしか出来ないのだ。


あのとき止めることも出来た。
だが、しなかった。
出来なかった。


気付いてしまったなら、あとはもう認めるしかないのだろう。

彼女も、あいつも

おれも。



そうすることで、彼女が世界一の笑顔を見せてくれるのなら、おれは――――。








いつの間にか噛み締めていた煙草を指に挟んで、また深く吸って吐き出す。

白く霞む視界からふと視線を横にズラすと、遠慮がちにドアの横から覗いている見慣れた鼻があった。




 「……夜食はテーブルの上」



顔は動かさずにそう言うと、ウソップは明るい声で「悪ぃな」と言いながらキッチンへと入ってきた。
テーブルの上の隅に用意されていた夜食の入ったバスケットとコーヒーのポットを取ると、向きを変えそのままドアへと向かう。
サンジはその間、立ち上がることも声をかけることもなく、ただ静かに煙草の煙を吐き出していた。

ドアから一歩出たウソップは、だがそこで足を止めくるりとサンジに向き直る。



 「………何だよ長っ鼻、それじゃ足りねぇか」

 「サンジ」

 「おぅ」

 「お前ってさ、いい男だけどバカだよな」



ウソップはそう言って、両手にバスケットとポットを持ったままへっへと笑った。



 「……それは褒めてんのか貶してんのかそれとも蹴り飛ばされてぇのか、どれだ」

 「褒めてるつもりなんだが」

 「……ばーか」



ウソップが眉を寄せたので、サンジはクックッと笑った。
立てた膝に腕を乗せて伸ばし、俯いて肩を揺らす。
それを見てウソップも軽く笑い、ドアの外に顔を向けると暗い甲板をぼんやりと見下ろした。



 「……ナミ、笑ってたよな」

 「……あぁ」

 「あの笑顔なら、大抵の男は惚れるぜ」

 「当然だ」



サンジが間髪入れず断言したのでウソップはその金色の髪を見下ろしながら苦笑し、
じゃあなとポットを持った手を軽く上げてキッチンから出ようとする。





 「おいウソップ」

 「あ?」



サンジに呼び止められ、ウソップは顔だけをまたキッチンの中に戻した。



 「あとで酒持ってくから、付き合え」

 「……了解。 つまみも頼むぜ、一流コック」

 「当然」



下げたままの顔は上げずに、サンジは煙草を持った手を軽く持ち上げてそう答えた。












おれの心を苦しいほどに締め付けるのは君の笑顔で、

泣いてしまいそうになるのは君の笑顔で、


だけどこんなに愛しい気持ちにさせてくれるのも、全部君の笑顔なんだよ。





2008/01/20 UP

『ナミに対してツンデレゾロ、【錯。】の続き風味』

しまった、【続き】に重きを置いてしまった。
ど、どこがツンデレ?(笑)
しかもサンジ主役に…………。
えへ!

めろんさん、何か違うけど誤魔化されてやってください……!!(土下座)

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