牽。
「…………ナーーミさーーーーん、こんなとこで何寄り道してるんですかねーーー」
「あ、サンジくん」
金曜の夕方。
駅前のカフェでスーツ姿の金髪の男は口元を引きつらせていた。
目線の先には、店に入ってテーブルについたばかりの一組の高校生カップル。
緑髪の精悍な顔立ちの少年と、キレイなオレンジ色の髪をした美少女だった。
ナミと呼ばれた少女は、金髪の男の表情とは対照的に明るい笑顔を見せる。
「サンジくんも来てたんだねー」
「高校生が学校帰りにこんなトコ寄っていいのか?」
「お兄さん、いつの時代っスかそれ」
金髪の男、サンジがじろじろと少年を睨みつけながら言うと、
メニューを広げていた少年は大人の迫力に負けない目つきでボソリとそう返した。
本人にそんなつもりは無いのかもしれないが、その目つきの悪さからどうにも小馬鹿にされた気がして、
サンジは額に血管を浮かばせつつさらに顔を引きつらせる。
「ゾロ、私コレね。 ちょっとトイレ行ってくるから」
「あぁ」
ナミはメニューの一箇所を指差しゾロと呼んだ少年にそう告げると、立ち上がってトイレへと向かった。
空気を見て近寄ってきた店員にゾロは注文を告げて、メニューを閉じる。
その間にもサンジはゾロを睨み続けていた。
最初は気付かぬフリをしていたゾロだったが、あまりにじろじろと睨まれるので溜息をついてサンジの方へと顔を向けた。
「……何か用スか」
「随分と仲が宜しいようで……」
「そりゃ、付き合ってますから」
しれっとそう答えたゾロは、サンジの正面に座っている女へちらりと目をやった。
肩の下まで伸ばした茶色の髪は上品なパーマがかかっていて、顔立ちもいわゆる美人の類だった。
薄く淡いピンクのスーツを少しの乱れもなく着こなして、誰がどう見ても『イイ女』だと判断するだろう。
「お兄さんこそ、楽しそうで?」
「あぁ?」
とりあえずサンジはゾロの発言の全てがムカつくらしく、ガラの悪い声をあげてそう返事をした。
座っていた女性は状況が分からないようで、ゾロとサンジの顔を代わる代わる見ているが、
もちろんゾロがその疑問にわざわざ答えてやることはなく、ふいっとサンジの剣呑な視線から顔を背け、
まるでサンジなどそこには居ないとでも言うように腕を組んで椅子にもたれた。
「お前……おれを無視するたぁいい度胸だな」
「ねぇサンジ、何なの?」
とうとう女性がそう尋ねたが、相変わらずゾロばかり睨みつけているサンジはそれに答える余裕は無かった。
「サンジ」
「大体おれはお前との付き合いを許可した覚えはねぇぞ」
「ちょっとサンジ、さっきの女の子誰なの?このコは?」
「こんなトコに2人で来ていいと言った覚えもねぇ!」
「ねぇ、サンジ―――」
「聞いてんのかコラ」
「サンジ!!!!」
怒りの混じった怒鳴り声を聞いて、サンジはようやく自分の正面に目を戻した。
しまったと冷や汗をかいて、女性の表情を見て顔を徐々に青くする。
「………よーく分かったわ、あんたはあたしよりこのコとお話してる方が楽しいって訳ね」
「あの、違うんだよサユリさん! さっきのは妹で、コイツは…アレだ…その…」
「ゆっくり楽しんでちょうだい、さよなら」
女性はにっこりと微笑んで立ち上げリ、ツカツカとヒールを鳴らして店から出て行った。
サンジは追うことも忘れてその後姿を呆然と見送る。
「…………」
一部始終を横目で見ていたゾロは笑いをこらえていたが、サンジにキッと睨まれて再び素知らぬ顔で椅子に座りなおした。
時折ゾロに恨めしげな視線を送りながらも、サンジは長い溜息を吐いて頭を抱える。
ゾロがチラリとそちらを見るたびに目聡くそれに気付いて、殺意の篭った視線を返す、
というのを何度か繰り返した頃、ナミがトイレから戻ってきた。
「あれ、サンジくん女の人どこ行ったの?」
「…………」
「聞いてやるな」
ナミがきょとんとした顔で無人の椅子を見ながら尋ねると、
サンジはさらに頭を抱えてテーブルに落ち込み、ゾロはメニューで顔を隠すようにして再び笑いをこらえる。
「でもサンジくんいるならラッキー! 支払いよろしくね!」
「………」
返事をしない落ち込んだ兄に構わず、ナミはちょうど運ばれてきたドリンクを受け取って、
テーブルに置かれた伝票をサンジの方にささっと移動させた。
サンジはちらりとそれを見たが、妹のそんなちゃっかりとした行動には慣れているのでそのままにしておいた。
しばらくサンジはテーブルに肘をついて頭を抱えた体勢のままだったが、
ナミは気にするでもなくゾロと楽しげに会話をしている。
腕の隙間からサンジは横目でその様子を伺う。
おそらくは学校でも毎日顔を合わせているだろうに、恋人であるゾロとの放課後デートに頬を染めて、
本当に楽しそうに笑顔を見せている。
共働きの両親の元で、自分が妹を育てたと言っても過言ではないと思っているサンジは、
妹のあんな顔は初めて見るなとふと思った。
それはいわゆる『恋する乙女』のものであった。
我が子の親離れを寂しがるかのような思いを感じつつ、今度はゾロの方へと目を移す。
初めて会ったときの印象通り基本寡黙な少年は、だがそれでもナミの言葉にはきちんと相槌を打ち、それから時々笑顔を見せる。
(何だよコイツ)
初々しい高校生カップルを一緒に視界に捕らえて、サンジは心の中で呟いた。
(おんなじ顔しやがって)
昔の自分にも有ったほろ苦い感情を思い出しつつ、サンジはよしっと気合を入れて2枚の伝票とカバンを掴んで立ち上がった。
「あれ、サンジくん帰るの?」
「あぁ、お前も遅くなるんじゃないぞ?」
「はーい」
サンジはそう言ってナミに微笑み、相変わらずにゾロを一睨みしてからレジへと向かう。
精算を終え、サイフをポケットにねじ込んだサンジは2人の方を振り返り、軽く手招きをする。
気付いたナミが呼ばれたのかと立ち上がろうとしたが、
『おいゾロ!!』と叫んだのを聞いて2人で目を見合し、仕方なくゾロはのんびりと立ち上がってサンジの方へと向かった。
「てめ、年長者に呼ばれたら急いで来やがれ」
「何スか?」
平然としたゾロの態度に再び顔を引きつらせたサンジは、大人の理性でどうにか自制し、
内緒話をするかのようにゾロへと体を寄せた。
「分かってると思うが、まっすぐ帰れよ」
「………はいはい」
「おれは今から用事がある」
「…さっきの人の所っスか」
「………まぁ、そうだ」
口元を引きつらせつつもサンジは小さな声で肯定した。
ゾロはその答えに無言でふと視線をズラす。
「……てめ、今チャンスとか思ったろ…」
「いえ、別に」
ゾロはさらりとそう答えて、話は終わったとばかりにサンジに背を向けて席へと戻ろうとする。
2人の会話は当然聞こえていないナミは、戻ってくるゾロへと笑顔を向けている。
妹の笑顔とゾロの後姿を見ながら、サンジはわなわなと体を震わせて叫んだ。
「不純異性交遊禁止ーーーーー!!!!!」
店員や他の客がぎょっとする中、ゾロは背を向けたまま肩を震わせて笑いをこらえ、ナミは驚いて顔を真っ赤にした。
「な、サ、サンジくん何叫んでんの!?」
ナミは兄の唐突な恥ずかしい言動に他人のフリをすべく顔を俯かせ、
椅子に戻ったゾロは腹を抱えて必死に噴出さぬよう耐えていた。
サンジは未練たらしくゾロを睨みつけたまま、鼻息荒く店から出て行った。
「もう、サンジくんたら突然何なのアレ! 人前であんな…冗談にも程があるわよまったく!」
赤い顔のままナミが恥ずかしそうに怒っている向かいで、
ゾロはようやく笑いをおさめて、テーブルのコーヒーをすすった。
「お前の兄さん、面白ぇよな」
「……本当、いつの間に仲良くなったの2人とも? そんなに顔合わせたことないよね?」
「さぁな」
首をかしげるナミに笑顔を返しながら、意外と仲良くやれそうだとゾロはこっそり呟いた。
07/11/17 UP
『【巴。】の続き、ゾロナミラブラブ、仲良く(?)いがみ合うゾロとサンジ』
サンジくん、大人気ない…(笑)。
とりあえず高校生になりましたよ、ゾロとナミ。
サンジくんのお相手はワンピキャラじゃないので「そんな風貌のヤツおったか?」と悩まなくていいですよ(笑)。
ななさん、ゾロナミラブラブ度が足りないけど許せ!
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