徒。












玉座の前で膝をつく彼に、私は恋をしていたのだろうか。











 「王女がまた逃げ出したって話だぜ」

 「そうなのか? でもその割りにゃ捜索命令なんざ出てねぇぜ」

 「お前は新人だから知らねぇだろうけど、ウチの第二王女はお転婆の脱走娘で有名なんだ。
  王族の恥をわざわざ晒すような真似、いくらなんでもしねぇだろ」

 「へー、王も大変だな」




市内を見回っていた衛兵たちは、呑気な会話を交わしていた。
前方から駆けてきた少年が、そのうちの一人にどんとぶつかる。



 「おっと…危ねぇぞ坊や」

 「ごめんなさいっ」



少年はフードで深く顔を隠したままでペコリと頭を下げ、走り去って行った。



 「そういや王女ってお幾つなんだ?」

 「15,6って聞いたが…あぁ、ちょうど今のガキくらいの年恰好だろ」

 「ふーん」

 「特徴はオレンジ色の髪だとか」



衛兵は話の続きをしつつ、自分たちにぶつかった少年の後姿をぼんやりと見送っていた。



 「…ま、いくら何でも王女サマが街中にいちゃ、すぐに見つかんだろ」

 「だな」










ナミは裏路地に入り、ふーっと大きな溜息をついた。
頭のフードを外し、ブンブンと頭を振る。
美しいオレンジ色の髪が揺れた。



 「危ない危ない…よりにもよって衛兵にぶつかっちゃうなんて」



ポリポリと頭を掻きながら、ナミは通りを覗き込み衛兵の姿が無いことを確認してから出た。


王女として生まれ王女として育てられたナミは、王女に相応しい容貌と才を持っていた。
だが同時に、王女にしては少しありすぎるほどの好奇心を持っていた。

ナミの脱走癖は有名で、昔からちょこちょこと城外に出ては連れ戻されていた。
城の外に出て何か目的があるわけではない。
ただ、一人の人間として市民たちの中を歩き町の様子を肌で感じるのが好きだったのだ。
王の前では得意の話術で上手く切り抜けてきたが、この年頃になるとその目も厳しくなってくる。

世間を知らぬ女の一人歩きが安全だとはナミも思っていない。
現に今、巷ではある盗賊の話題で持ちきりになっている。


20人ほどで組んだその盗賊は、最近になってこの街に現れた。
だが暴徒のように市民を襲うことはなく、大抵は街に入ろうとする私欲に肥えた商人を襲っている。
殺しはせずに、だがあざやかにお宝は根こそぎ奪っていくその手口は見事とも言え、
新聞や号外に彼らの記事が載らない日はなかった。
一般市民らは彼らの『仕事』に大いに興味を抱き、悪徳商人たちは次の犠牲者になるのではと恐怖に慄いていた。

とは言え、一般人に被害が無くとも商人たちが襲われているのは事実であり、
国はこの盗賊たちに懸賞金を懸けて手配書を出した。
だが襲われた者の証言から彼らの似顔絵も公開されているというのに、
その盗賊団が捕まる気配は一向に無かった。


ナミも通りで拾った新聞で、彼らの頭の似顔絵を目にしていた。

緑色の髪をして、左耳には3連のピアス、そして長い3本の刀を操るという。
二重で切れ長のその目は眼光鋭く、いかにも盗賊という顔をしていた。

街の女たちの興味を引くためかもしれないが、その顔は端整とも言える顔に描かれていた。




そうは言っても、こんな街中で盗賊共に鉢合わせることなど無いだろう。
ナミはそう考えて、いつものように夜になるまで街をブラブラして頃合を見て城に戻るつもりだった。


ナミは歩きながら読んでいた新聞から頭を上げた。

目の前には、大きな酒樽を2つ重ねた男が立っていた。



 「あ」



気付いたときにはもう遅い。
酒樽のせいで前の見えない男に、ナミは思い切りぶつかってしまった。

酒樽に頭をぶつけ、さらに倒れた拍子に道に後頭部をぶつけ、
きわめつけに上から酒樽が降ってくるという悲劇に見舞われたナミは、
そのまま意識を失った。









気付いたときには、あたりはすっかり暗くなっていた。

ナミは痛む頭を押さえながら体を起こし、きょろきょろと周りと見渡した。
足元はゴツゴツした岩場で、どう考えてもさっき居たはずの大通りではない。
おそらくは、町外れの国境に近い山間だろうと思われた。

小さなテントの中に寝かされていたらしいナミは、人の声を聴いてこっそりとテントを捲り外の様子を覗き見た。



焚き火を囲むようにして、20人近い男たちが酒を片手に騒いでいた。
岩の上に座り込み肉を食らいながら、時折大声を上げて笑いあっている。


奥には一人だけ低い腰掛に座り、同じように騒いで笑っているのだが明らかに異なった雰囲気を出している男が居た。
それはナミもよく知っている、上に立つ者が纏う空気だった。


 (あれは……)


その姿を、ナミはつい最近見たような気がした。



ぼんやり考えていると、騒いでいた男のうちの一人がナミに気付いた。
やばい、と思う間もなく、すぐにその男は立ち上がり叫んだ。



 「ゾロのアニキ!! あの娘が起きましたぜ!!」



その声に、他の男たちも一斉に振り返ってナミを見た。
引っ込むことの出来なくなったナミは、そのまま顔だけをテントから覗かせて固まっていた。



 「歩けるか? ならこっちに出て来い」



奥に座っていた、ゾロと呼ばれた男がナミにそう声をかけた。


ナミは意を決して、テントから出た。
しんとした男たちの視線の間を歩きながら、ナミはその男の前に立った。

男は肘掛に片肘をつき、ナミをじっと見上げている。

緑色の頭、3連のピアス、切れ長の目……。

そこでようやく思い出した。


ロロノア・ゾロ。


例の、盗賊団の頭の名だ。


ナミは冷や汗をかきながらもそれを悟られぬよう、冷静な顔を演じた。



 「いい身なりしてるな」

 「……これは、……盗んだのよ」



街に出てくるときにはいつも被っていた薄汚れたマントが、いつのまにか脱がされていた。
そういえば全身からワインの匂いがしていると、今頃になって気付いた。
おそらくは酒にまみれたために誰かが脱がしたのだろう。
その下に着ていた服が脱がされなかったことだけでも幸運と取るべきだとナミは思った。

だが、着ていた服は控えめとはいえ高級な生地であることは隠せず、
ナミは自分が王族だと知られてはいけないと必死に考えを巡らせた。

脱走を繰り返して父親を困らせている身でも、さすがにこの展開はヤバイと感じていた。
自ら城の外に出た挙句に盗賊に捕まり身代金でも要求されてしまえば、まさに王族の恥だ。


ナミはぎゅっと拳を握り、冷たい目で盗賊の頭を見下ろした。



 「へぇ、街の女にしちゃやるねぇ」

 「……私、私も…、あなたたちと同じだもの」

 「あぁ?」



ゾロは片眉を上げた。
勢いのまま口を開いたナミは、半ばやけくそ気味に続けた。




 「私も盗賊よ」




それを聞いたゾロは目を丸くし、それから弾かれたように声を上げて笑った。
他の男たちも大笑いし、ナミは顔を赤くしながらなおも平静を演じようと必死だった。



 「あぁ、お仲間だったのか」

 「そ、そうよ」

 「まぁいい、とにかくおれの弟分がてめぇに酒樽ぶちまけたみたいでな、
  動かなくなっちまったんで仕方なくここに連れてきたんだ」

 「あら、そう」



ゾロは相変わらず片肘をついて頭を乗せ、ニヤニヤとナミを見上げていた。



 「仲間は?」

 「…私一人よ」

 「そうか、じゃあしばらくおれたちと居てもらおう」

 「な、何でよ!」

 「隠れ場所を知られちまったんでな。 少なくともこの街を出るまでは」

 「そんな!」

 「てめぇだって盗賊なら、おれたちと居た方が儲けは多いと思うぜ?」

 「……」



ナミはぐっと唇を噛み、不敵な笑みを浮かべるゾロを睨み付けた。



早くここから逃げなくてはいけない。
それが当然すべきことだ。
だが、逃げれば殺されてしまうかもしれない。
彼らは殺人を犯さずに盗みを働くと言われているが、だからと言って人を殺さないという保障は無いのだ。


いつもと同じ、ほんの一日の脱走のつもりだったのに。

後悔しても遅いが、だが今となってはどうしようもない。

こうなった以上、生きてここを出るためには彼らと居るしかなかった。




 「名前は?」

 「……ナミ、よ」

 「よろしくな、ナミ」





それからはナミの歓迎パーティーと称して、男たちはさらに酒を飲み盛り上がっていた。
ナミにも盃が渡され、男たちは次から次へと歓迎の言葉と共に酒を注いでいく。
昔から呑み慣れていたナミは酔う様子もなく、それがまた男たちには受けたらしくさらに注がれる。
途中で頬に妙な刺青をした、最初にナミが起きたことに気付いた男が酒を注ぎに来た。



 「すまねぇな、おれがぶつかっちまったんだ」

 「え? そ、そんな、私が前を見てなかったのよ、ごめんなさい」



素直にペコリと頭を下げた男に吃驚して、ナミはブンブンと両手を振った。



 「まぁ飲んでくれ!」

 「はぁ…」



男は既に出来上がっているのか、ドボドボとナミの盃に酒を注いでから去って行った。



 「……」



チビリとその酒を飲みながら、ナミは騒ぐ男たちを眺めていた。

こうして見ていると、彼らは普通の男たちだ。
祭や宴で騒ぐ一般市民たちと何ら変わらない。


だが彼らは盗賊であり、指名手配されている罪人なのだ。

ナミは盃を持つ手に力を込め、一気にそれをあおった。







すっかりと夜も更け、酔い潰れた男たちは何人かはそのまま岩の上に伸びていた。
意識のあるものはいくつか立てられているテントの中に消えていく。

ナミはどうしたらいいのか分からず、焚き火の前に座り込んでいた。
先程ナミが寝かされていたテントには、既に何人かの男がフラフラと入り込んで大きなイビキを立てていた。




 「ナミ」



消えかけている焚き火に木を突っこんでいると、声をかけられた。
振り返ると、ゾロが自分のテントの前に立っていた。

頭はどうやら比較的大きなテントを一人で使っているらしい。
その前で、ゾロはナミに手招きをしてみせた。



 「お前はこっちだ」



そう言って、テントの中に入った。

どくりと心臓が鳴る。
拳を握り、ナミは立ち上がった。


男だらけの盗賊の中に、女が入るのだ。
必然的に、それは頭の女ということになるのだろう。

ナミはまだ男を知らないが、結婚まで操を守るという考えがあるわけではなかった。
だが、そう易々と盗賊風情に抱かれるつもりもなかった。

どうにか逃げられないものか、と考えながらも、
ここで自分の身を守るには頭の女になることが最も安全だとも思われた。



なるようになれ、と覚悟を決めてナミはテントの中に入った。
淡い色を放つライトを傍らに、盗賊にしてはなかなか上質ななシーツが敷かれていた。
だがゾロはその上にはおらず、少し離れたところで毛布を被り、横になろうとしていた。

ナミが入り口あたりで立ち尽くしているのに気付いて、ゾロは顎でシーツを示した。



 「お前はそこで寝ろ」

 「……え?」



予想外の状況に、ナミは戸惑いの色を見せる。
ゾロはそれを無視して、毛布を腹にかけてごろんと寝転んだ。



 「新入りとはいえ女だ。 野郎どもと一緒に寝かせたら、さすがにあいつら何すっか分かんねぇぞ?
  中身はどうだか知らねぇが、てめぇ見た目は上物だからな」

 「……し、失礼ねっ」



かぁっと顔を赤くして、ナミはずんずんとシーツのところまで進んで横になった。
シーツを頭まで引っぱり上げて包まる。

妙な期待、というか考えをしていた自分が恥ずかしく拍子抜けして、
赤い顔のままナミは少しだけ頭をシーツから出した。

ゾロの方を見ると、頭の後ろで組んだ腕を枕にして目を閉じている。



 「……ありがとう」

 「…おぅよ」



小さく礼を言うと、同じくらい小さな、眠そうな声で返事が聞こえた。





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