醒。







 「じゃあま、お疲れ様ってことで」

 「はーい」



ナミは自宅の四角いテーブルを挟んで座り込み、友人と缶ビールをコンと合わせた。
それから2人でぐいと一気に半分以上煽り、ふーっと息を吐く。


年齢は違うものの、同じ職場で働くノジコとナミは親友だった。
仕事が終わって、2人は時々こうして互いの家に酒を持ち込み、家飲みをする。
若い娘が2人揃って情けない、と声が聞こえてきそうだったが、2人は気にしていなかった。
もちろん普通のレストランで食事をしたりお酒を飲んだりもするし、年頃の女らしく合コンにも行ってみたりする。
だがこうして気の合う2人で、家でのんびり飲むのがやはり一番楽しかったりするのだ。


適当に作ったつまみを口に放り込みつつ、ナミはまた一口ビールを飲む。
隣り合って同じように缶ビールを傾けている友人ノジコは、ふいにテレビのリモコンを手にした。
電源を入れ、何の気なしにチャンネルを変えていく。



 「なにノジコ、見たいのあるの?」

 「んー、別に。 何かあるかなと思ってさ」



次々と変わっていくテレビ画面を、ナミもぼんやりと眺めた。

一瞬目に止まった映像を見て、ナミは「あ」と声を出した。
それに気付いたノジコは、ナミが反応したチャンネルに画面を戻した。



 「何?」

 「ゾロ」

 「あぁ、CMか」

 「うん」



テレビ画面には、超人気俳優のロロノア・ゾロが映っていた。
セリフは無く、静かな画面で氷の入った酒を傾けている。

ナミはテーブルに肘を付き、手に顎を乗せてそのCMが終わるまでじっと見ていた。
ノジコもそれに釣られてテレビ画面を見つめ、終わって次のCMになるとナミに笑顔を寄越した。



 「やっぱかっこいいよねぇ、ロロノア・ゾロ」

 「そうね」

 「あれ、ナミってこういうの興味無いんじゃなかった?」

 「無いけど、ちょっとね」



ゾロのCMが終わった途端、テレビから興味を失ったかのようなナミを見てノジコは肩をすくめた。
それから上半身をずいとナミに近づけ、2人きりだというのに声を潜めた。



 「ロロノア・ゾロってさー、ホモって噂あるけどあんたどう思う?」

 「…女に興味が無いとは思わないけど」

 「えー、でも全然そういう系の話聞かないじゃない?」

 「そうだけど」

 「クールでストイックで、女に興味ありませんって感じ。 そこが人気なんだろうけどね」

 「………」



一人納得したかのように話すノジコを、ナミは無言で見返した。
私をナンパしてきたんだからホモじゃないわよ、と教えようかどうか迷った。





あのレストランで出逢って以来、ロロノア・ゾロからは時折メールや電話が来ていた。
どうやら一般人と芸能人では生活サイクルが違うらしく、電話は滅多に通じないが、
それでも彼はこまめにメールを送ってくるし、ナミから送れば必ず返事を寄越してくる。



 (クールでストイック、ね……)



ゾロとはあの日以降顔を合わしてはいないが、それでもメールのやりとりをしているうちに、
ナミにとってはゾロは『芸能人』という壁の向こうの人間ではなくなっていた。
同じ温度を持った同じ人間。
だからテレビや雑誌でゾロの姿を見かけると、どうにも違和感を感じてしまう。

だがそのメディアのおかげでゾロと会っているような錯覚も感じて、
電話とメールだけというやりとりにもナミは満足できていた。

向こうがどう思っているかは知らないが。

少なくとも今は。





 「あ、そーだナミ。 明日は7時だったよね? 7時半?」

 「7時。 今度はドタキャンしないでよ?」



ノジコはナミから離れて座りなおし、リモコンをテーブルに置いて尋ねた。
頷きながら、ナミはからかい半分でじろりと親友を睨む。



 「大丈夫だって。 あの人もこないだ帰ってきたばっかだし、当分は海の向こうよ」

 「そうなの?」

 「それに親友の誕生日にドタキャンなんて!」

 「信用してるわ」



人気レストランでのナミとの食事の約束を、
ノジコは海外から急遽帰国した恋人に会うためにドタキャンした。
そんな前科を持っているノジコが胸を張って言ったので、ナミはクスクスと笑いながら缶ビールを飲み干した。
新しい缶をノジコに渡され、どうしようか迷って結局受け取った。
たかがもう1本飲んだ程度で明日に残るような弱い肝臓ではないとナミは自負していた。



 「前のとき、結局ナミ一人で食べて帰ったの?」

 「え? んー」

 「ごめんねー。 今回は絶対行くからさ!!」

 「はいはい」














携帯が鳴ったとき、ナミはノジコと『La mer bleue』での食事を楽しんでいる真っ最中だった。


もちろんマナーにしていたので、ブブブという音を耳にしてナミはバッグから携帯を取り出した。
ディスプレイに表示された名前を見て、思わず「あ」と声を出した。



 「どうしたの? 電話でしょ?」

 「うん」

 「…出ないの?」



ノジコに不思議そうに見られながら、ナミは少し戸惑ってから通話ボタンを押した。





 『ナミ?』

 「……うん」




画面に表示された名前は、『ロロノア・ゾロ』


このレストランで出会った超人気俳優で、
何故か2人きりで食事をして、問われて連絡先を教えた男。



 『今どこだ?』

 「どこって…La mer bleueで食事中」

 『…一人か?』

 「残念でした。 今回は例の友達とよ」

 『そうか、なら今から行く』

 「え?」




そのまま電話は切れた。


動かない友人を心配したノジコに名前を呼ばれるまで、ツーツーという音を聞きながらナミは固まっていた。




今から?
ここに来る?

ゾロの言葉を思い返しながら、ナミは首をかしげた。

そんな簡単に時間が作れるほど暇な人間とは思えない。
現に今までだってゾロとは最初の出会い以来一度も会うことはできなかったのだ。

それなのに、今からナミのいるこの場所に来るという。


たまたま時間が出来ただけかもしれない。
ただ偶然鉢合わせたというだけで、元々今夜はここで食事をするつもりだったのかもしれない。

だが。


ナミはドクリと心臓が早まるのを感じた。

今日は7月3日。
自分の誕生日のこの日、ナミはゾロと初めて出会った場所に居た。
そしてゾロもやってくる。

単なる偶然かもしれないことでも、ナミはそれを嬉しいと思っている自分に気付いた。



芸能人なんかに興味は無かった。
昔から、友人たちがアイドルに黄色い声を上げている頃も、ナミは顔色一つ変えない少女だった。
今でもそれは同じで、テレビや雑誌で人気を博す男性俳優たちを『かっこいい』とは思うことすらも稀だった。

そんなナミでもその存在を知っていて、『いい男だな』とちらりと思ったことのあるのがロロノア・ゾロだった。


有名人には興味は無い。
芸能人と付き合いたいなど思わない。

好きになるなんて、ありえない。


それなのに、何故?

何故こんなに嬉しいんだろう。

何故こんなに、緊張するんだろう。



今までのメールや電話の中で、こんな気持ちになることはなかった。
むしろ冷静に、偶然の縁で出会ったただの友人として思っていたのに。

実際に逢えるとなると、そんな冷静さは吹っ飛んでしまった。








デザートスプーンを持ったまま再び固まってしまったナミの顔を、ノジコは心配そうに覗き込む。

誕生日に合わせて、超人気レストランで運良く個室も予約出来たというのに、
肝心のナミがどうにもおかしくなってしまった。
先程の電話の後からこの調子なので、ノジコは一体誰からだったのか尋ねようとした。

だが扉の向こうでオーナーの声と、もう一人違う男の声が聞こえてきて、
ウェイターだろうか、とノジコは思って扉を見た。
同じようにその声が聞こえたらしいナミはガバリと扉を振り返った。



 「ナミ?」




ノジコがそう声をかけると同時に、扉は開いた。














 「……本当に来るなんて」

 「行くっつったろ」



ゾロはサングラスを外して、ナミの椅子の隣に立った。
オーナー・ウソップは、静かに礼をして出て行く。



隣に立ったまま、ゾロは無言でナミを見下ろしていた。
ナミもナミで、まっすぐ見つめ返して何も言わなかった。

その様子を、今度はノジコが固まって見つめていた。



 「…………ちょ、ちょっとナミ……」

 「……あ」



ようやく声を振り絞ったノジコに気付いて、ナミははっと我に帰った。
それからゾロとノジコの顔を代わる代わる見ながら、笑顔を見せた。



 「えーと、…ロロノア・ゾロさんです」

 「いやいや知ってます」



思わずノジコは即答して、改めて『ロロノア・ゾロです』と言った男をまじまじと見つめた。



 「こちら、親友のノジコ」

 「どうも」



丁寧にペコリと頭を下げたゾロに会釈を返して、ノジコは続けてナミを見つめる。



 「ノジコ? 大丈夫?」

 「全然大丈夫…ってそうじゃなくて!」

 「なに?」

 「なにってあんた、ロロノア・ゾロと付き合ってんの!?」



思わずいつもどおり呼び捨てにしていることに気付かず、
ノジコはビシリとゾロに指を突きつけながらナミに向かって声を張って尋ねた。

ナミは珍しくかぁっと顔を赤くした。
見ている側が照れてしまうほどに。



 「……別に、付き合っては……」

 「付き合ってる」



ナミの答えと被って、ゾロも答えた。
ナミは目を丸くし、同じように目を丸くしたノジコは次の瞬間には声を上げて笑った。

さらに顔を真っ赤にしたナミは、じろりとゾロを睨む。
だがゾロは素知らぬ顔でその睨みを避けた。




 「じゃあ、私帰るわ」

 「え? 何で?」

 「デザートも食べたし、お邪魔しちゃ悪いしさ?」

 「そんな」



止めようとするナミを無視して、ノジコはバッグを持って立ち上がる。
ゾロと目を合わせると、口の端を上げて笑って見せた。



 「ナミをよろしく」

 「あぁ」

 「ここ、まだ居るでしょ?」

 「どちらでも。 あぁ、支払いはおれがやるから」

 「そう? じゃよろしく! それじゃね、ナミ! 電話して!!」



ノジコは笑顔でそう言い残して、さっさと部屋から出て行った。





 「………」

 「……座るぞ?」

 「…どうぞ」



ゾロはノジコが座っていた席に腰を下ろした。
ナミもガタガタと椅子に座りなおし、正面に座る男をちらりと見た。




 「……今日はえらく大人しいな」

 「…別に、いつもこんなよ」

 「そうか?」

 「昨日のお酒が残ってるのかも」

 「2日続けて飲んでんのかよ」



ナミはふいっと顔を逸らし、横目でゾロを見る。
ゾロは「もらうぞ」と言って、ナミの飲みかけのワインに手を伸ばしてそれを飲み干した。




 「……今まで会おうとか全然無かったのに、どうして急に?」

 「……誕生日だろ?」




ゾロの答えを聞いて、ナミは今日何度目か目を丸くして固まった。




 「…何で知ってんの? 教えてないよね?」

 「メルアド」

 「え?」

 「nami_orange0703じゃ、そりゃ誕生日だって想像つくだろ」

 「………」




単純な答えだったが、ナミはそれが嬉しかった。

メールアドレスの些細な数字に気を留めてくれた。
そして誕生日に、わざわざ逢いに来てくれた。

ゾロの顔を見つめながら、ナミは胸がじわじわと熱くなるのを感じた。





 「ねぇゾロ」

 「何だ」

 「私、あなたのこと好きかも」

 「………」



今度はゾロが目を丸くし、それから苦笑した。



 「遅っ」

 「だって、今気付いたんだもの」

 「こっちが電話とメールだけで、どれだけ不満だったか分かってるか?」

 「私は毎日あなたの顔見れてたわよ?」




ふふっと笑うと、肩をすくめたゾロも笑顔を返してくれた。





芸能人を好きになるなんてありえない。
芸能人と付き合うなんてありえない。

有名人なんか、興味もない。


だけど、ロロノア・ゾロなら別だわ。



明日親友になんて説明しようか考えながら、ナミは自分の想いをしっかりと胸に刻み直した。





2007/07/12 UP

『【偶。】の続き、誕生日サプライズ付きでナミ目線』
何かナミさんのキャラが固まってないなぁ(笑)。
いやいや、恋心を自覚しちゃったら乙女(?)になるんだよ……多分。
しかもこれ、ナミ目線じゃないよなぁ。
あれぇ……。

はみかんさん、何かイマイチだけど許せ!(逃)

生誕'07/NOVEL/海賊TOP

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