偶。





 「よぉ」

 「お、ゾロ来たか。久しぶりだなー!」




照明を落とした薄暗い店内に顔を覗かせると、あらかじめ時間を連絡していたからか、
オーナーであり友人であるウソップが既に待ち構えていた。



 「仕事がようやく落ち着いたんでな」

 「おー、撮り終わったか! とりあえずいつもの部屋へどーぞー」

 「サンキュ」






このレストランは広間に並べられたテーブルとは別に、広めの個室がいくつかある。
どれも予約が必要だが、そのうちのひとつはゾロが決まって使う部屋だった。

入り口からすぐのところを少し曲がったところにあるため、その部屋は店内の客には見えない。
おかげでゾロは、いつも誰にも気付かれることもなく静かに食事ができた。


いつものようにその部屋に素早く入って、ジャケットと帽子を取って椅子に腰掛ける。
ふーっと息を吐いて、かけていたサングラスを外した。

外に出るたびに帽子やサングラスを使い始めたのはいつからだったか。
少なくともテレビやスクリーンに登場するようになってからは、必需品になってしまった。
おそらくは、顔を隠さなくてもそこまで騒がれることはないだろう。
だが、撮影現場やスタジオでのファンの異様な盛り上がりを見ていると、
ついつい他の一般人への迷惑を考えて、軽い変装をしてしまう。

ゾロは首をコキコキと鳴らして、店員が運んできた水を一気に飲み干すと、
ちょうどそのタイミングでウソップが入ってきた。




 「昨日のワイドショー、見たぜー」

 「昨日?」

 「ベストジーニストとか何とか」

 「あー…、アレか」



ウソップはゾロのグラスに水を注ぎ足して、正面の椅子に座った。
ゾロはそのグラスにまた口をつけて一口飲み、テーブルに戻す。




 「人気絶頂ってヤツか?」

 「さぁ、どうだか」

 「こないだの映画も、海外の映画祭か何かに出品だってな」

 「らしいな」

 「らしいって……主演俳優が他人事かよ!」

 「そのへんは興味無ぇからなー」



ゾロの返事を聞いてウソップは苦笑する。

今や押しも押されぬスターとなったロロノア・ゾロ。
ドラマに映画にCM…、いまやテレビや雑誌でこの男の姿を見ないときは無い。
目の前で大あくびをかましている人物とソレが同一とはとても思えず、ウソップはまた笑う。



 「何だよ、人の顔見て笑うな」

 「いやいや…気にすんな!」



ゾロとウソップは数年前に知り合った。
仕事の関係でこのレストランを利用したゾロは、
どうやら気に入ったのか、その後もプライベートで一人で来るようになった。
2度目にゾロが来たときに、ウソップは気を利かせてこの個室にゾロを案内した。
そこで二言三言話したのがきっかけで、以来ゾロの相手をするのはウソップの仕事になっていた。



演じる役柄のせいなのか、ゾロが持たれる印象は大体が『クール』であった。
無愛想とは言わないがインタビューや記者会見でもあまり笑顔は見せないし、バラエティ番組にも出ない。
ある意味ワイドショー泣かせな芸能人だが、それはそれで一般人にはウケたらしい。

2本目の出演映画で武士を演じた際に見せた殺陣の見事さで、
さらにゾロの評価は上がり同時に女性ファンも急増した。
その整った容姿ももちろんだが演技力にも定評があり、海外メディアにも登場し始めている。

現在、最も注目されている俳優である。

だがテレビで見て受ける印象とは違い、ゾロは意外と人懐こかった。
普通に冗談も言うし、よく笑うし、よく喋る。
芸能人もこのレストランをよく利用するが、、ここまで親しくなったのはウソップにとってはゾロが初めてだった。
元々、気も合ったのだろう。
ゾロが来たときは、ウソップは仕事を忘れてついついゾロと話し込んでしまう。
ウソップ自身が話好きだから、というのもあるが。

仕事が立て込んでなければ、少なくとも月に1,2度はゾロはここに足を運んだ。
コックとも親しくなったため、ゾロオリジナルのメニューなんかも存在したりする。
ゾロにとっては、この店は唯一気兼ねせず、静かな時間を楽しめる空間なのだ。




 「お、メニュー変わったのか」

 「あぁ!それ、サンジの新作だぜ。いっとくか?」

 「そうだな、じゃあコレ」

 「あとのお勧めはだなー…」



ゾロが見ていたメニューの端をちょっと掴んで、ウソップもそれを覗き込む。
と同時に、背後でドアが軽くノックされる。
2人がドアに目をやると、従業員の一人が申し訳無さそうに顔を覗かせた。



 「何だ、どうした?」

 「オーナー、ちょっと……」

 「…? 悪ぃ、もう行くな」

 「あぁ、メニューは適当に頼んどいてくれ」

 「了解」



ウソップはそう言って立ち上がり、従業員の男に声をかけた。
男は困った顔をして小声で話す。
それを聞いたウソップの顔が曇り、慌てて出て行った。



 「………?」



何となく気になったゾロは、そのままこっそりと後を追って部屋から出て行った。
普段ならわざわざ人前に出るような真似はしないのだが、このときは何故だかそうしてしまった。

壁に体を寄せて顔を覗かせると、店の入り口あたりにウソップの姿があった。
その正面に、女の客が一人。




 「本当に、申し訳ございません!」



ウソップはそう言って頭を下げている。
その前に立っている女は、眉を下げて残念そうな顔を見せる。



 「席開いてないの?」

 「えぇ…本当にこの度はこちらの手違いで…」

 「ダブルブッキングはこの際どうでもイイのよ。
  連れは来れなくなっちゃったんだから結局私一人なんだけど…、それでも無い?」

 「申し訳ありませんが、時間的にも今はちょうど満席で…」



そう言って、2人は店内に目をやる。
ゾロも同じようにさらに顔を覗かせて中を見渡した。

『La mer bleue』 ――雑誌やテレビでも幾度となく紹介される、超人気のレストラン。
テーブル席でも予約を取らなければならないときも少なくは無く、それに加えて今日は週末である。
席は全て埋まっており、当分空く様子も無い。


女は本当に残念そうに溜息をついた。
それを耳にしてゾロはまた女を見る。


身長はそれなりにあり、ぱっと見の見栄えが良い。
クリーム色に小さな華が散らばったワンピースのラインからも容易に分かるが、
そこらのモデルよりも遥かに良いスタイルをしている。


いや、スタイルだけではなく…。
人目を引く鮮やかなオレンジ色の髪に、大きな目。
小さな鼻と、ピンク系の口紅をつけたふっくらとした唇。
それを少し突き出して、また溜息をつきながら少し俯く。
薄暗い照明の下、長い睫毛が頬に影を落としている。

はっと気付いて、思わず見惚れていた自分にゾロは苦笑した。
女優やらモデルやらアイドルやら、美女と称される女と一緒に仕事など腐るほどしているというのに。
素人の女に、見惚れるなど。


ゾロはボリボリと顎のあたりを掻いて、小声でウソップの名を呼んだ。
気付いたウソップは一瞬眉を寄せたが、しつこく呼ぶと女に何か告げてからゾロの所まで小走りで来た。



 「何だよ、今ちょっと…」

 「おれと一緒でよけりゃ、相席でもいいぜ」

 「……何言ってんだよ、一般人と一緒なんて――」

 「あの客なら騒ぎそうにねぇだろ、常識ありそうだ」

 「…うーん……」

 「言ってこいよ」

 「……まぁ、お前がイイんなら…」



しばらく悩んでいたウソップだが、ゾロに急かされて結局女に声をかけに戻った。


ゾロは個室内の席に戻り、グラスの水をまた一口飲む。



 「……何やってんだ、おれ」



ボツリと呟くと、控えめなノックと共にドアがゆっくりと開いた。




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1ページに収めるには長かったので前後編に。


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