翌日、体調の良くなったナミは午後になってから夕食の買い物に出かけた。


空は夕焼けで赤く染まり、学校帰りの学生たちが友人たちと黄色い声を上げて楽しそうに歩いている。
すれ違いながらナミは思わず彼女らを目で追い、苦笑した。


自分にもあんな頃があったな。
こんな風に思い出すなんて、私ももう年かしら。

でも死ぬには早いわよね。


などと人が聞けば笑えない冗談を心の中で呟きつつ、ふと気付いた。
ゾロの気配が背中から消えている。



 「ゾロ?」



小声で呟いて、立ち止まり振り返る。






ゾロはいた。
先程の女子高生ら3人が、横断歩道の手前で信号を待っている、その後ろに。



ゾロ?



ナミは首をかしげて、呼ぼうとした。


背後から、トラックが向かってくる音が耳に届く。
車道の信号は青。
トラックはスピードを緩めない。

歩道の信号が青に変わるのを待っている彼女たちの後ろに、ゾロはいる。
宙に浮いたままゆっくり腕を伸ばして、女子高生の一人の頭に触れる。

ゾロと出会って数日しか経っていないものの、あんなゾロの顔はナミは見たことがなかった。



命を奪うものの、目だった。





 「ゾロ!!!!」




ナミが大声で叫ぶ。
ピクリとゾロの腕は反応して、女子高生の頭から離れる。
女子高生らはその声に驚いて、不審な顔でナミの方を見る。
トラックは大きな音を立てて横断歩道の上を走りぬけ、去って行った。


ナミは無表情で足を速めて彼女らに近づき、すれ違いざまにゾロの腕を掴んでそのまま歩き去る。
背後で女子高生がヒソヒソ話しているのが聞こえたが、構っていられなかった。



自分にしか見えないゾロの腕を掴んだまま、ナミは一言も発さずに家へと戻った。












 「何しようとしてたの」



部屋に入るや否や、ナミはゾロに冷たい声で問うた。



 「………」

 「ゾロ」



ゾロはすとんと床に足を下ろして、ナミの前に立つ。
ナミはゾロの顔を睨み上げて、視線を逸らすのを許さなかった。




 「……他人の命を、お前に移す」

 「………さっきの子を、殺すつもりだったの」

 「あぁ」



ゾロはまっすぐに、何の罪悪感も無い顔でナミを見つめる。



 「………そんなことして生きのびて、私が喜ぶとでも思ったの?」

 「……」

 「ありがとうゾロ!って言うと思った!?」

 「おれは!!!」



急に声を荒げて、ゾロはナミを抱きしめた。



 「ゾロ」

 「……死んでほしくないんだ」

 「……あんたの仕事は、私の魂を回収することなんでしょ」



まるで叱られて泣いてしまった子供のように、ゾロはナミを抱きしめて髪に顔を埋めていた。
ナミは手の行き所に悩んだ挙句、そっとゾロの腕に添えた。



 「あぁ、そうだ」

 「なら」

 「それでも」



ゾロは抱きしめる腕に力を込める。



 「それでも、お前に生きてほしいんだ……」







死んだ魂がどうなるか、お前は知らないだろう?

天国がある思うのか?
輪廻転生があると思うのか?

哀れにも死神に選ばれてしまった無垢な魂は、もう二度と甦ることはない。

猫が蛙を弄ぶように、その魂は死神の玩具となり、そして喰われるのだ。




 「お前の魂がそうなるのは、いやだ」

 「ゾロ」

 「おれが喰わなくても、他のヤツがお前を喰う」

 「……」

 「ならいっそ」

 「待ってよゾロ」



ナミは身体をよじって、ゾロの胸から少し離れる。
顔を上げて、じっとゾロを見つめる。

ゾロは死神と名乗るにはあまりにも不似合いな、泣きそうな顔をしていた。



 「他人の命を移すって言ったけど、死神がそんなことしていいの?」

 「……」

 「答えて」




ゾロは答えまいとしていたが、ナミに睨まれて小さく呟いた。



 「……人間から人間への命の譲渡は、たとえ上級の死神でもしない」

 「どうして」

 「寿命を動かすことは、禁じられてる。 おれたちは寿命の終わった魂だけ喰えるんだ」

 「もし破ったら?」

 「……その代償は、自分の命」

 「自分って、死神の?」

 「あぁ」




ぱんっと乾いた音が響く。

ナミはゾロの頬を叩き、キッと睨み上げる。




 「私を生かすために、自分が死ぬつもりだったの?」

 「……」

 「…死神が死んだら、どうなるの」

 「どうもならない。 存在が消えるだけ」

 「……私が、死神に食べられるみたいに?」

 「あぁ」



ナミはもう一度ゾロの頬を叩いた。

今度は諌めるように、軽く。




 「ねぇゾロ」

 「……」



なおも身体を抱きしめて離さないゾロを見上げて、ナミは優しく笑った。



 「私ね、結構今幸せよ」

 「……」



そう呟いて、ナミはゾロの胸に顔を寄せる。
ゾロもそれに応えて、また強く抱く。







 「死ぬのはもちろんイヤだけどどうしようもないし、それにそのおかげで…ゾロに逢えた」




 「私の寿命が1ヶ月で、ゾロが死神で、だから逢えた」




 「ゾロに逢えて、すごく楽しかったよ」




 「だから、お願い」




 「他の死神じゃなくて、ゾロが食べてね」






















一人の男が、上空から人間の住む街を見下ろしていた。

両の手を合わせて、その中にそっと宝物のように光の玉を包んでいる。



人間の女に恋をした哀れな死神は、いつまでもそれを喰えないでいた。




もうナミの身体は無い。
『入れ物』は無くなってしまった。


両手に包んだナミの魂を、ゾロはじっと見下ろした。

淡い、オレンジ色の光を発する魂。
柔らかく暖かく、苦しいほどに愛しいその光。


自分の命と引き換えに寿命を延ばすことは、『入れ物』が無い今はもうできない。
だが、喰うことなどできはしない。


どうすればいい?




ゾロの頭の中に、一人の男が浮かぶ。

自分たちの間で大王と呼ばれるあの男なら、どうすればいいか答えをくれるだろう。



ゾロにとって今最も大切なのは、ナミの魂。

それを守るためならばプライドも、自分の命さえも、
捨てることを惜しいとは思わなかった。






バサリとコウモリのような羽を広げた男は、
両手に包んだ光を一筋も逃がさないというように抱えて、さらに空高く飛んで行き、消えた。





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『余命残り少ないナミ、命を回収しに来る死神ゾロ』
回収の義務と、惚れた女に生きのびて欲しいという感情の間で葛藤するゾロ。
最後はハッピーエンドで。
ってリクだったんですが。
……これ、ハッピーエンド?
少なくとも胸張って『ハッピー!』とは言えないよね……スマン!!

死神のイメージは、やっぱりデスノのリュークとかそのへんで。

10/10にリクくれたゆきサン、シリアス展開だけどお許しを!!

2006/12/03 UP


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