匿。










 『あの、ロロノアくん――ゾロくん、いらっしゃいますか…?』

 「今は部活に行ってますけど」

 『あ、あっ、そっか! ごめんなさい!!失礼します!!』




そう言ってブツリと切れた受話器を握り締めて、首をかしげた。

若い、女子高生らしき声だった。
名前も伝言も何も残さず、よっぽど緊張していたのか少し上ずった声で、
最後は一人で慌てたように電話を切ってしまった。



おそらくはゾロと同じ学校の人間だろう。
クラスの友達か、それとも……彼女か。



だとしたら何も聞いてないわよ、と一人で少しムカついていると、
今度は玄関のチャイムが鳴った。




 「はーい」



慌てて思考を打ち切って扉を開けると、そこにはゾロと同じ高校のセーラー服を着た女子生徒が立っていた。


真っ赤な顔で俯き、ガチガチに握り締めたその両手で紙袋をぶら下げている。

扉から出てきた気配に気付いた少女は、ガバリと顔を上げ私と目が合うとパニックになったのか、
あの、その、とどもりながら汗を流している。



 「……ゾロの友達?」



何だかその様子が可愛くて、思わず笑顔になってしまった。
それに安心したのか、少女は少し緊張を解いて、一度深呼吸をした。



 「あの、私同じクラスのリカって言います。……ゾロくんいますか?」

 「ゾロはまだ部活で学校に居ると思うけど……あぁでも、もうすぐ帰るかな?」

 「あ、そうですか……」



あからさまにしょんぼりと肩を落とした少女は、小さな溜息をついた。
その様子から、彼女の目的は容易に想像できる。


この日は11月11日。
ゾロの誕生日だ。




 「……よければ、私から渡しとくけど? やっぱり自分で渡す?」



紙袋を目で示しながらそう言うと、少女は驚いたように顔を赤くして、紙袋を少し持ち上げた。
だがすぐにそれを下ろして、ブンブンと首を振る。



 「またいつか、自分で渡します。ありがとうございました!」



爽やかな笑顔を残して、少女は帰って行った。

その背中をしばらく見送ってから、静かに玄関の戸を閉める。
背中で扉に寄りかかりながら、ぼんやりと天井を見上げた。





電話が2件。
直々にプレゼントらしきものを持ってきたのが、今ので3人目。

ただのクラスメートに、いくらなんでもそこまではしないだろう。
彼女たちは、ゾロが好きなのだ。

自宅を訪れたり電話をしたりする以上に、
学校で直接もしくは間接的にプレゼントを渡す少女の数は、この様子ではもっといるだろう。


どうやら私の義弟は、モテるらしい。



何故だか胸のあたりにモヤモヤを感じつつ、相変わらず天井を見上げたまま小さく溜息をついた。
同時に、背中の扉が急に引かれる。




 「きゃ!」

 「……何やってんの」



慌てて体勢を立て直し、どうにか尻餅をつくのは免れた。
顔を上げると、さかさまのゾロが呆れた顔で私を覗き込んでいる。



 「…急に開けないでよ」

 「自分ちなのにチャイム鳴らせって?」



むぅと頬を膨らませる私の横を、ゾロは苦笑しながら通り過ぎた。
最近さらに身長が伸びて、その横顔を見ようと思えば顎を上げなければならなくなった。
私の視線をいぶかしむように片眉を上げたゾロは、学生服の背中に竹刀を背負ったままポイポイとスニーカーを履き捨てる。



 「何?」

 「……別に。……明日も部活?」

 「うん」

 「日曜なのに?」

 「大会近いからなー」



腹減ったー、と呟きながら礼儀正しく靴を隅っこに揃えなおしたゾロは、
首をコキコキと鳴らしてキッチンへ向かった。
私もその後に続いてリビングに入り、ソファにぼすんと腰を下ろす。
隣には、ゾロの学ランが放り投げられている。



 「皺になるわよ」

 「いいよ別に」

 「もう。 それにあんまり食べちゃダメよ! 今夜はパーティーなんだから」

 「余裕」



ゾロを叱りながら、とりあえず学ランの皺を伸ばしてソファの背にかけておいた。
部屋に戻るときにはちゃんと持っていくだろう。

ソファの上でクッションを抱きかかえつつ、ゾロが冷蔵庫の中を覗く姿を眺めていた。
ゾロはシャツの上のボタンを外しながら、何か無ぇかなと独り言を言っている。
残り1枚になった食パンを発見したらしく、嬉しそうにそれを取り出して直接かぶりついた。
パンを咥えたまま、片手で牛乳パックを出して扉を閉める。



 「ゾロってさ」

 「うー?」



モグモグとパンを口いっぱいに頬張ったゾロは、私の呟きに反応して篭った声で返事をした。





 「モテるのね」

 「…………………。 知らねぇよ、そんなの」



無言で口の中のパンを咀嚼し飲み込んだあと、ゾロはそう言った。






そういえば、大学の友人にゾロの写真を見せたことがある。
私の母親とゾロの父親の再婚で義理の姉弟になってから、
友人たちはその義弟がどんな人物なのかに興味津々で、写真を見せろとしつこくせがまれたのだ。

剣道の試合会場での写真を見せると、彼女たちはきゃーきゃーと騒いでいた。


確かに、自慢の義弟。
高校は有数の進学校だし、剣道だって全国クラスだ。
先程の電話や訪問が証明するように、顔だっていい。

写真を見せて皆が褒めてくれたときは、本当に嬉しかった。

自慢の、本当に自慢の義弟。


…でも、他の人にチヤホヤされるのは何だか悔しい。

ゾロは『私の』義弟なのに。





はっと気付くと、ゾロが私の前に座り込んで顔を覗き込んでいた。
その至近距離にびっくりして、思わず少しソファから飛び上がる。



 「な、なにっ!?」

 「いや、何か眉間に皺寄せて考え込んでたから」

 「……別に、大したことじゃないわ」

 「…ふーん?」



何となく気恥ずかしくて顔を背けながらそう言うと、ゾロは肩をすくめて立ち上がった。
手にしていた牛乳パックに直接口をつけて傾け、ゴクゴクと喉を鳴らす。

上下に動く喉仏をぼんやりと見上げつつ、思わず聞いてしまった。



 「ゾロって彼女とかいないの?」

 「………あ?」



しまった、と思ったが聞いてしまったものは仕方ない。
それに、何故だか分からないけどものすごく気になるのだ。

義姉、として。


ゾロはむせかけていたが、どうにか牛乳を噴出すのは抑えられたらしく、
口元を拭いながら複雑な顔で見下ろしてきた。



 「学校に、好きな子とか」

 「…………いない」

 「ふーん」




内心ほっとしている自分に気付いて、心の中で首をかしげる。


変なの。






 「ナミ、それ取って」



牛乳を飲み干したゾロはそれをシンクに置いて、戻ってきて私に手を突き出す。
視線の先を追うと、先程の学ランに辿り着く。



 「はい」



片手でそれを取って差し出すと、それを掴んだゾロがふと動きを止める。



 「何? どっか汚れた?」

 「おれは」

 「え?」



お互いが学ランを掴んだまま、一瞬の沈黙が流れる。



だがすぐに、ゾロがまっすぐに私の目を見ながら口を開いた。





 「おれはナミが居ればいい」

 「……………」





言葉も出ず、固まってしまった。
私の手が学ランから離れ、バサリと床についたそれをソロは掴み直す。



 「…って友達に言ったら、シスコンって言われた」

 「…………そりゃ、確かにそうね」



ゾロが笑ったので、私も何とか笑うことができた。
だが脳内では、先程のゾロの言葉がグルグルと回っていた。




 「おれはシスコンらしいから、当分彼女とかできねぇよ」

 「ふーん……」



ゾロはそう言い残して、自分の部屋へと上がって行った。






階段を上るゾロの足音を聞きながら、再びソファに深く座り込む。
抱え込んだクッションに顔を埋め、はーーっと長い息を吐いた。


ほっとしている自分がいる。

一体何に?

ゾロに彼女が居ないこと?

ゾロが、私が居ればいいと言ってくれたこと?




血の繋がらない、大事な義弟。

まるで小さな頃から一緒に過ごしてきたかのような、仲のいい姉弟。


夏のある日に何だか勢いで押し倒されて以来、どうも私の方が何かおかしくなってしまった。

だがゾロは何事もなかったかのようにあれ以降も接してきたし、同じような行動を起こすこともなかった。
だから私もあのことを忘れようと、話題にもしなかったし(内心とは裏腹でも)態度に出さなかった。

それなのに、今みたいな事を平気で言ってくる。



ゾロが何を考えているのか。

そして私はどうしたいのか。



真面目に考えないと、いけない気がする。




『【義。】の続き、今度はゾロがモテてヤキモキするナミ』
義姉弟ゾロナミ、再びです。
このバージョンのゾロはかわいくしようと頑張ってますmariko。
凶悪面ではなくかわいい顔です。
おかげでモテモテです。

10/10にリクくれたひらりんさん、ナミさんヤキモキしてるかしら…?

2006/11/29 UP

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