種。








人間の手の届かぬ深い森の中を、血を流し息を荒げて駆ける影がある。


影は神だった。





欲を覚えた人間は、神の住む森を奪うため、その神を殺そうとした。

神は人間を愛していた。
村を愛していた。

だが村人は気付かない。

自分たちの暮らす村が森が土が水が、その神によって守られていたことに。




神を否定した村がその後どうなったのか、もはや神の知るところではなくなった。






神はただ走っていた。

傷ついた己の体を休める場所を探して。


それでもなお神は、人間を愛していた。













その15年前、ある村に橙の髪を持つ女児が生まれていた。

予言の元に生まれたその子は、村を守る存在となるべく育てられた。

この子はこの村を統べる巫女となる。
この子はこの村に繁栄をもたらすだろう。

そして同時に・・・・。



















橙の髪を風に揺らして、少女は森を駆けていた。
萌黄色の木綿の着物を着て、少女は一人森で過ごす。

少女はこの村で崇められている、巫女だった。
村人は少女を敬い、同年代の少女たちも彼女に失礼のないように、と躾けられる。

少女―― ナミは、それがたまらなく嫌だった。
巫女として生まれた自分を否定するわけではない。
だが、同じ年の少女たちが野原で楽しげに遊ぶのを見るたびに、
その輪に入ることのできない自分の立場を憎んだ。

だからナミは、こっそりと巫女の衣装を脱ぎ捨て少女たちと同じ木綿の着物を着て、
こうして一人で森の中を歩くのだ。


人の声の届かない、深い森。

聞こえるのは風の声、木々の声、そして森に生きる生き物たちの声。


友達と呼べる存在のいなかったナミにとって、そこは楽しくにぎやかな場所だった。









いつものように、ナミは森の中を奥へ奥へと入っていく。
不思議と迷うことはなかった。
天性の方向感覚か、それとも森がナミを出口へと案内しているのか。
どんなにデタラメに走っても、ナミは必ず村へと帰ることができた。



昨日までの森と違う。


この日ナミはそう感じて、奥へと進んで行った。
森がざわめいている。
自分の背丈近くある草木をかきわけて、ナミはその原因を見つけた。






そこには、一頭の大きな獣がいた。


思わずナミは立ち止まる。

こんなに大きな獣に、この森で会ったことはない。
ナミぐらいの人間なら、頭から丸呑みにできそうだった。

一瞬警戒したが、すぐにそれを解いた。
その獣が怪我していることに気付いたのだ。


横たわったその腹は、血で赤く染まっている。
随分前に傷ついたのか、白い体毛が赤く固まり傷口にこびりついている。

獣は転がったままナミをチラリと見たが、すぐに苦しそうに目を閉じてゆっくり胸を上下させる。





 「・・・怪我してるの?」

 「・・・・・・」

 「いたい?」



もちろん獣は返事をしない。
ナミは周りをキョロキョロと見渡し、はたと目を留めて目的の草を見つけた。
傷薬の原料になる草だった。
それを千切り取り、手で揉み解す。

ゆっくりと獣に近づき、その傍に座り込む。
獣は威嚇するでもなく、透き通った目でじっとナミを見つめた。



 「大丈夫だから・・・じっとしててね」



そう言ってナミは、おずおずと傷口にその草を塗りつけた。
一瞬獣は呻き声をあげて体をねじったが、すぐに大人しくなった。



 「いい子ね」



ふふっと笑ったナミはその獣の腹に薬を塗りこみ、着物や帯、蔦をかき集めてどうにか傷口を覆った。





 「もう大丈夫よ・・・また明日、来るからね」




それが、最初の出会い。





2006/08/27 UP

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