禍。








軍内部から起こったクーデター。


現行政府と反政府軍は、民衆を顧みない争いを相変わらず繰り返している。

罪無き小さな子供が命を落とし、残されたものは武器を手に取る。
変わらない現実。


この国の内紛は、いまだ終わらない。







ジャーナリストとして初めてこの国へ取材に赴いたのは、4年前だった。
まだまだ駆け出しの記者だった私は、前線での取材はさせてもらえず、
軍病院で負傷した政府軍の兵士に取材をすることしかできなかった。



あれから4年。


子供が意味無く犠牲になるこの戦争の責任を私に問うた少年は、19になっているはずだ。



















政府軍への同行取材を許可された私は、先週からこの作戦本部のテントにいる。

指揮官は場にそぐわない笑顔で私を歓迎してくれた。
戦争中というわりには、基地は落ち着いていた。



 「女性には少々過ごしにくい状況ではありますが・・・」

 「民衆よりはマシでしょう」



私の嫌味に、指揮官は若干口元を引きつらせたが、笑顔は崩さなかった。







兵士への取材は、思いのほか自由に許可されていた。
ただし、取材するのは自由だが、結果は知らない、という意味で。

実のある取材内容になるかは保証されていないし、
何より私の身の安全も、ここでは誰も保障はしてくれない。




携帯型のレコーダーのチェックをしてから、私のために急遽与えられた小さなテントから出て行く。

日が落ち、あたりはだんだんと暗くなり始めている。


密林の間に一時的に作られた前線基地。
基地から数10m先には、目には見えない境界線がある。
反政府軍の侵入に備えた、地雷群。
ずっと先まで辿っていくと、そこには農地も含まれる。
だが既に民はそこにはいない。
地雷の埋まる畑を耕す術など、当然あるわけが無い。
戦争に巻き込まれ、住む家や仕事、命さえも奪われる。
彼らは今どこにいるのか。



数日後に、政府軍による反政府軍基地への空爆が行われる。
それに合わせて、この前線部隊が地雷群を越えて進軍し歩兵による攻勢をかける。

それまでの間、基地内は一時的な静けさを保っていた。







今のうちに兵士から話を聞こうと、私は周りを見渡した。

そこで、一人の兵士を見つけた。


4年前の記憶が甦る。





 『あんたたち大人が、おれにそれを聞くのか?』



 『何故おれは生き残って、何故おれは戦わなきゃいけないんだ?』




 『なんのために、誰のために!?』





彼の問いに、私は何も答えることができなかった。
今もそれに答えることができるとは思えない。

だが、私は彼から話が聞きたかった。



ゆっくりと近づいて、声をかける。








4年前に会ったときは、ベッドから立ち上がることはできなかったが、
それでも分かる、自分よりははるかに小さな体だった。
だが今目の前にいるその少年は、既に男になっていた。
自分よりも一回り以上大きくなった体には、若干の少年らしさを残しているもののしっかりと鍛えられ、
あの頃は無気力ながらも子供の顔だったそれは、戦地に生きる兵士のものになっていた。

鋭く、人を射殺してしまいそうな目。

4年前から今まで、いやそれ以上前から、
彼はその目で戦争を見てきたのだ。




ゾロという名のその兵士のテントに入れてもらう。
中にはもう一人、金髪の兵士がいた。
彼は私が取材中なのを知っていたらしくにっこりと笑って、握手を交わした。




 「・・・・あんた、何でこんなトコにいんだ」

 「取材中なの」

 「懲りねぇヤツだな」



ゾロは私を覚えていた。
だがそれでも親しげにしてくれる様子はなく、素っ気無くどさりと床に腰を下ろした。



 「病院で取材するのとは訳が違う。ここは戦場だぞ」

 「知ってるわ、だから来たのよ。今度の作戦にも同行させてもらうから」

 「・・・・・」



私も適当なところに座り、レコーダーを取り出し電池の確認をする。



 「話を聞かせてもらいたいんだけど・・・いいかしら?」

 「どうぞ」



ゾロと金髪の兵士に尋ねると、ゾロは何も答えなかったが、
金髪の兵士は微笑んで承諾してくれた。

私も笑い返して、ボタンを押そうとした。





 「あんた、人殺したことあるか」

 「え?」



手が止まる。
ゾロは私をまっすぐに見つめながら、同じ質問をもう一度した。



 「・・・・ないわ」

 「銃を撃ったことは、ナイフで人間の肉をえぐったことは」

 「・・・・ない、わ」





次の瞬間、私の頭には銃が突きつけられていた。

全く動きが見えず、訓練を受けた兵士の顔でゾロは私の命をいつでも奪える状況にいた。





 「おいゾロ!? 何のつもりだ!」

 「・・・・・・」

 「あんたは4年前から何も変わってないな」



金髪の兵士が声を荒げるが、ゾロは銃を離さない。
冷たい銃口を額に感じながら、私はゾロから目を逸らすことができなかった。





 「人を殺したことも、銃を撃ったこともない人間に、戦争の何がわかる?
  取材だって? こんな風に銃を突きつけられて殺される覚悟を、あんたはして来たのか?」

 「・・・・・・私、は」



声を張ったつもりだったが、かすれた音しか出なかった。




 「何だ」

 「私の持つ武器は・・・、言葉だもの」

 「・・・・・」

 「私はこの目で見て、それを文字にする。それが私の立場だから・・・
  こんなことされたからって・・・帰らないわよ」




震える手を誤魔化すように、ぎゅっと拳を握った。






 「ゾロ、いい加減にしろよ!」

 「・・・・」



金髪の兵士が、ゾロの肩を掴む。
私としばらく無言で睨み合った後、ゾロは静かに銃を下ろした。


勝手にしろ、と呟いてゾロはテントから出て行った。






少ししてから私はようやく大きく息を吐き、脱力する。
背中をじっとりと汗が伝っていく。



 「すいません、えぇと、ナミさん・・・大丈夫?」

 「いえ・・・平気です・・・・」



急に震え始めた体を抱いて、金髪の兵士に顔を向ける。
兵士は酒の入った携帯用の瓶を私に差し出したが、
彼らに支給されたものらしいそれを貰うわけにはいかず、断った。



 「気ぃ立ってんですよ、今。 一昨日あいつの部隊が・・・奇襲で全滅しちまったもんだから」

 「全滅? ゾロは・・・・」

 「あいつは今回の作戦会議でここに来る途中で、部隊から離れてたから。だからこそ自分を責めてる」

 「・・・・・」




金髪の兵士は酒瓶をリュックに放り込んで、息を吐いた。



 「貴女はあいつと知り合いなんですか?」

 「えぇ、前に少し・・・」

 「さっきのこと、許してやってください。あいつなりに貴女のことを心配してるんですよ・・・」

 「・・・・」











ゾロを追ってテントから出ると、基地から少し離れたところで見つけた。
木によりかかって座っている。
真っ暗な中、転びそうになりながらもゾロに近づいた。





 「・・・さっきは悪かった」



気配で察したのか、ゾロは私を振り返ることなく口を開いた。




 「あんたの国は、国民を護ってくれるか?」

 「え? そうね・・・護ってくれてると思うわ・・・」

 「この国はそうじゃない」



呟くようにそう言って、ゾロは空を見上げた。
私は静かにゾロの隣に腰を下ろす。



 「護るべき民を、政府軍がその手で殺すんだ。
  おれの家族は反政府に殺された。だからおれはこっちにいる。
  でもやってることは、結局どっちも一緒なんだよ」




それからゾロは口を噤んだ。
ゾロと同じように、上を見上げる。

木々の間から、星が見える。

そこだけを切り取ってみると、ここが戦場であることを忘れそうだった。

それでも、時折遠くからどぉん、と音が聞こえる。
哀れな獣が地雷を踏んだのだろう。

今この瞬間にも、どこかで戦火の炎が燃え、ひとつまたひとつと命が消えていく。



肌を刺すような冷たい現実に戻された気がして、私は目を下ろした。






 「あんたはこの4年、何をしてた」

 「・・・え?」

 「おれは今年19だ」

 「えぇ、そうね・・・」

 「もう子供じゃない」



ゾロも顔を下ろし、自分の両手を広げてじっと見つめる。
私もつられてその手を見つめた。





 「人の命を奪い、無意味な血を流させるだけの戦争を起こす側に・・・もういるんだ」



ゾロは、まるでその手に血がこびりついているのを誤魔化すかのように、ぎゅっと硬く握った。

それから静かに立ち上がり、私を見下ろす。





 「あのとき、あんたにキツイこと言って悪かった。 おれにあんたを責める資格は、もう無い。
  結局おれも、戦うしか能のない無責任な大人になっちまったからな」




そう言って、ゾロはクルリと向きを変えてテントの方へ戻っていく。
その背中を見ながら、私は思わず立ち上がった。




 「・・・・・っ!」




気付いたら、その背中に抱きついていた。






 「・・・・・何だ・・・」

 「・・・あ、ご、ごめんなさい」





ゾロが怪訝そうな顔で振り向き、慌てて離れた。



泣いているような気がしたのだ。


だが、振り返った男は、泣いてなどいなかった。

冷めた兵士の目。



でもあの一瞬、彼は確かに泣いていた。

兵士となったその時から、決して泣くことはないのだろうけど。


戦争は人をおかしくする。
火薬の匂い、血の色、叫び声。
ゲリラ戦を主にするゾロの部隊なら、なおさらだろう。

‘泣く’という人間の行為を、どこかに忘れてしまう。

麻痺した感覚のままで、彼は今日までを生きてきたのだ。





自分が戦う理由を問うた彼。


戦争に理由なんて、存在しない。
存在してはならない。

それでも争うことを止められない、哀れな人間。

いつか終わると、ただ信じることしかできない。




泣く事のできない彼の代わりに、私は一人でひっそりと涙を流した。




2006/07/29 UP

『【戦争】の続きで成長したゾロがナミと又戦場で出会う』
6/11にリクくれた安南さん、これでいかがでしょう・・・。
イタイ話がお好き、ということで(笑)。
ゾロもナミもお互いの名前を全く呼んでませんが、ゾロナミっつーかまぁゾロとナミということで。

SSにできなかったから拍手行きになったネタでしたが、続きリクが来てしまいました。
必死だよ、私もう(笑)。
相変わらずの不謹慎ですが、広い心で読んでください。

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