銀色夏生 「春の野原 満天の星の下」 (角川文庫)
なんとなくふたりは
もうダメかなぁと
こころが
思いはじめた夏だった
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「ちいさな嫉妬」
ちょっとした言葉の中に含まれた
うらみつらみが うれしかった
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あの時あなたは 私とふたりきりのときにしか見せない
やさしく憂いにみちた微笑みをうかべてた
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「ひとりゆく風の道」
息もできないほど
苦しい嵐が待っていた
外からはみえない心の嵐
雨が痛く 胸を打つ
乗り越えて ひとりゆく
ひとりゆく風の道
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わたしたちはまるでお互いを知りすぎた
まったく知らない同士のようで
希望を生かしつづけておく
重みに耐えかねてよろめいた
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「春の祈り」
目をつぶるとかなしい気もちがやってくる
だから目をあけて
次つぎといろんなことをして
気もちをやってこさせないようにした
そんなことがいくつもあって
もうだいぶんつかれていた
冬はさむくこごえていたから
つめたい風をさけるために
いつもうつむいて歩いた
ぼんやりとしていたら
いつのまにか 風がつめたくなっていて
よい香りもしていた
うす緑の新芽があざやかだった
やわらかく 空気がほどけていくようで
ひさしぶりに目をつぶってみた
どんなにかたくつぶっても
いつものあのかなしい気もちが
いつまでもやってこなかった
あまりにもやってこなかったので
不思議に思って目をあけた
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空白の空のページを
希望という文字で埋める
ささやかな風の流れは
両頬を分けて通る
歩きつつ
まわりをみわたし
野の花に微笑んだけど
そこは
色が薄いばかりに
よりいっそうさびしげだった
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人生の危機というものは
大げさな事件としてやってくるのではなく
むしろこんなふうに
日常のありふれた決断のひとつから
その姿をあらわしはじめるのかもしれない
回避できてよかったと
あとからしみじみ思えるような
その時はまさかそれほどのものを
秘めていたとは思えないような
なにげないひとひらは
絶え間なく ふりつづいている
だけど、人生の危機というものは本当に存在するのだろうか
ことばだけのものかもしれない
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いろんなことを考えはじめると心細くなり気弱になって眠れなくなり、
まるで川の流れにくるくると翻弄されてる一枚の落ち葉のように、
自分を思ってしまうから、
わたしは大きな山だと思おう
岩のようにかたく強く重くしっかりとした山
大地にしっかりとすそ野をひろげ ゆらがずゆうゆうとすわっている山
遠くまでみわたせて 近くもみえて
落ち着いて落ち着いて 深呼吸もできる
やわらかくなだらかな稜線をもつ緑深い山
自分を大きな山だと思って 眠りにつこう
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「鈴の野原」
風の鳴る野原に
面影をかすめとられて
泣くほどのこともなく
さまよえる夢もなくて
ようようと 穂をゆらしゆく
さいはての湖に
住むという精霊の
気配のみ 空だのみ
想像に身をやつす
いかばかりかの罪でしょう
これくらいの気散じは
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秋の日に私たちが落としたものは
枯れ葉と足音
秋の日に私たちが見落したものは何だったか
あの秋の日にふたりとも落としたものは
淡いため息
あの秋の日に私だけが見落したものは
何だったか
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「花酔い」
違う事実をあてはめて
違う気持ちにすりかえて
幾度となく
思いの淵をさまよった
あてどなくさまようたびに
正しさの矢は 強くひらめく
逃げていたことを
認めます
花のように酔って
花のようにさめる
夜明けに散らばるものはない
目の前は ひらかれていく窓ばかり
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「一刹那の桟橋」
ここはとても風が強く寒いところ。
ピュウと風が吹き、別れのテープも吹き飛ぶところ。
新しい住所も電話番号を書いた紙も、
運命の風が吹き飛ばすところ。
しがみついて抱き合っていた恋人たちも、
ちぎれた服を宙にふり、離ればなれに飛ばされるところ。
ささやきも約束も、うその言葉も伝言も、
はるかかなたへ飛ばされるところ。
かつてあった形跡も、あとかたもなく消え去って、
山の向こうへ千切れとび、
もう二度と帰らないところ。
ここは、忘却という湖の吹きだまり。
人々が望みながらも、
けして手にいれることのできない、
一刹那の桟橋
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すこし前の、
後悔ばかり
していた自分を超えよう。
何かが正しく
何かがまちがっていたなんて。
どちらかが正しく
もう片方がまちがっていたなんて。
事実があって、感情があるだけだ。
その感情を支えるのが今ならば、
何かを忘れ去るのでなく、
何かが私にくっついても、
許せるような強い自分に、
今はなりたい。
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いつどこがどんなふうにかは わからないけど
すべては変わっていくだろう
希望は明日へすいよせられる
変化という包容力
さっぱりとしたいさぎよさの
毎日が始まる
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