銀色夏生  「雨は見ている 川は知ってる」  (角川文庫)



「夢をみた」

夢をみた
あたたかい小道
オレンジ色の花とこぼれ落ちる葉っぱ
私があなたと訪れた 遠いあの日の出来事だった

砂浜には たくさんの貝殻
ささやくような潮風
あなたの こんなこんなこういうところに 好感をもつという私の告白
私の こんなこんなこんなところに 好感をもつというあなたの告白
それだけの散歩
それだけで 倒れそうになるほどの幸福

あれ以来 あれほどの不思議な時間に出会わない

私たちは あの日あそこで いったいどこへ行ったのだろう

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「百合の夢」

僕が帰り着くと
君は眠りにつくところだった
僕が窓を開けて冷たい水を飲んでいたら
君は目をあけて僕の名を呼んだ

僕たちを巡る日々の暮らしの中で
小さなトラブルの数は最高潮に達し
もういつ終わってもいいくらい
ふたりは疲れきっていた

語り合うことはなにもなく
すれ違いそのものに安堵していたくらいだった
君が目をあけて
僕の名を呼んだあとに
今、夢をみたの、白い百合がでてきたの
とぼんやりした声で言った時
いつものとげとげした声でなく
やさしい声で言った時

やさしかった最初のころの君を思い出し
そんな君を愛していた頃の僕を思い出し
いつも笑っていた君を思い出し
いつのまにかこんなに笑わないふたりになってしまったことに気がついて
驚いた

ごめんね

それから僕は壁にもたれてしゃがみこみ
あふれる涙がかれるまで じっとそのまま動かなかった

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「輝く願いを叶えたら」

輝くひとつの願いを叶えたら
もうその輝きはあっというまに消えちゃうんだ
そして輝きは失せて 普通の感じ
あるいは不安の種にさえなる
どうして?

やがてまた次がやってくる
次の輝く願いが
それこそが望み
それこそが本当の自分の願いだったと思うような
真新しくピカピカ輝いてるやつ

でもそれも叶えたら
やっぱり消えてしまう
叶えなかったら
いつまでも光ってる
光りすぎると今度は僕がしぼんじゃう

願いは いろんなところに僕らを連れて行ってくれるけど
願いは いつだってすごく遠くで光ってて こっちを見てる

いつか願いを飛び越えたい
そしたらどんな気分だろう

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「私から見えたもの」

私から見えたのは
遠くにいるあなた

私から見えたのは
静かにほほえみかけるあなた

私から見えたのは
そのほほえみをうける恋人

私から見えたのは
その恋人の美しさとずるさ

私から見えたのは
裏切りと別離

私から見えたのは
あなたの苦悩

私はここで見ていただけ
ずっとずっと見ていただけ

好かれても嫌われてもいい
見ているだけはいや

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「うつくしい朝」

わたしは思います
いつかきっと
すばらしいことがおこると

それは
うつくしい朝でしょう
そして
静かな朝でしょう

思いもよらないことがおきて
わたしはしあわせになるでしょう

わたしは信じます
いつかきっと
すばらしいことがおこると

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「星々が見えますか」

私の言葉の中に何がみえますか

私はあなたの瞳の中に
荒れはてた野原をみた
その野原は荒れはてていたけど
その奥にあたたかい大地を感じた

何がみえますか
私の言葉の中に

さまよって
さまよって
長いこと捜し求めて
やっとあなたに出会ったから
そう簡単にはあきらめない
出会いの奇跡を信じたい

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「ひとり静か」

ひとみを閉じると
七色の花火が
音のない空で
はじける

夜空はこんなに
明るくて
私はいつでも
ひとりです

ひとみを閉じると
風に散った花が
水のない川を
ながれる

世界はこんなに
さわがしく
私はいつでも
ひとりです

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「さようならまでさようなら」

じゃあ
さようなら
今は
さようなら

これからのあなたの
さまざまな
さようならまで
さようなら

私は
最後の最後のところで
待っています
全部のあなたの
さようならがすむまで

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「私が」

私が
あなたのもとを
おとずれて
あいしていると
言いますね

私が魚の姿をしていたり
鳥の姿をしていても
それは
私ですから

ちゃんと
伝えにいきますね

あなたのまわりの
あなたに見える
いろんなものにみせかけて

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「夜のかさなり」

あえない
夜がかさなり
闇が濃くなれば
ますます
私は
あなたを
さがしやすくなる

あなただけが
ひかるから
闇の中で
ひかるから

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「充分な時間」

神様がくれたのは充分な時間
やることをやるためのちょうどいい時間
やりたくないことをやるにはありすぎる時間
やりたくないことをやるにはくるしい時間
やることをやるには楽しい時間

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「青い鳥」

紅茶に入れた角砂糖みたいに
ほろりとくずれる
幸せはもろいもの

もろくあてどなく
ほの甘く
記憶の中でだけいきいきと

たったひとりで幸せになれたら

草叢の引っかき傷
夢中だったから痛くなかった

たったひとりで
幸せになれたら

野の花の花束を窓辺に飾る
ガラス窓の向こうで
青い鳥が笑う

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「若草の砦」

いつか
たったのひとこと言った
あの約束が
最後の砦

もうずっと会っていないけど
まだずっと覚えてる

まだ約束を守ることができる

「約束したよね」って
まだ 言える

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「時の砂」

ざくっざくっとスコップで砂をほるような音がして
何かなと耳を澄ましたら
それは時計の針が動く音だった

黄金色の時が止まる
やさしいだけで

やさしいだけで 夢だったのね

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「別れると別れないのシーソー」

別れなくては
今すぐ
明日にでも
いや
今日にも

夢から目がさめたようだ
驚いた
いったい私は
なんてことを

ずいぶん長いこと
痛めつけてくれたわね

でももう
シーソーの上下は入れ替わった
これからは全部の考えが
反対に流れる
別れる方へと

ぎりぎりまで頑張った
もう いい

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「若葉の頃」

君と出会った若葉の頃
白い辛夷が咲いていた
追いかけて小さな手を
坂道でつかまえた
もし

もしも
過去のどこかでやりなおせるなら
僕は迷わずあの日を選ぶ
暗く遠く美しい
瞳をもった君になる
はるか昔の
あの日を選ぶ

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「包容力」

包みこむ力
受けとめ ゆるす力
すべてをゆるす力

あわてず落ち着いて
見守る力
そこにいる力

他人の欠点やあやまちを理解し許す
包容力というものが
なによりすごいものだと思う
なによりむずかしいものだと思う

どこまで受けいれられるかという力
そんな力がだんだんついて
どんなものをも
どこまでも
受けいれることができたらな

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「自由の予感」

灰色の空に
花びらが舞う
無重力の
色とりどり

別れの予感
それこそを
ずっと前から
感じてた

いったりきたり
ゆれる振り子のように
いつも迷っていたから
怖かったけど

未来を
ひとりで決められるということは
なんて自由で
なんてまぶしい

別れの予感
それは 自由の予感
別れの怖さ
それは 自由の怖さ

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「雨は見ている 川は知ってる」

雨は見ている
川は知ってる
いつか私が泣いたこと
いつかあなたが泣いたこと

雨は見ている
川は知ってる
あなたが私が
歩く道

ひとりになっても
ふたりでいても
そんなことはなんでもないと
どっちにしたって同じことだと
雨は見ている
川は知ってる
踊りながら
歌いながら

またふたたびの
別れと出会い
その先にある
なにもかも

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