「あ、与作ー! もう帰るの? じゃ一緒に帰ろー」
「………」
放課後、廊下で幼馴染の姿を見つけた美咲は、ブンブンと手を振ってその男に近づいた。
振り返ったその男、鷹見与作は扉にかけた手をぴたりと止める。
「あれ、職員室に用事?」
「………」
「いいよ、待ってるから」
「ヌぅ…」
微妙に挙動不審になりながら、与作は職員室の中へと入って行った。
5分後、乱暴に扉を開けて出てきた与作はダンボールを抱えていた。
「……何それ?」
「………」
美咲は与作の傍に寄って、その中をひょいと覗き込んだ。
その中には、キレイにラッピングされた四角い箱が詰め込まれていた。
しっかりと梱包されて何枚もの切手が貼られているものも幾つもあった。
「……チョコ?」
「………」
西中の鷹、と言えば中学生ながら地元では有名人である。
春になれば野球名門校へ進学して甲子園へ、そこからプロへ行くか大学野球へ進むか。
どちらにしろ野球選手としての将来を有望視されている。
試合の結果は地元新聞やニュースで大々的に報じられるし、
全国紙や専門雑誌でも時折『次代のスター』として特集記事に名前や写真を連ねる。
そのせいか、県外の野球好きの中にも鷹見与作のファンは多い。
目つきは悪いがそこそこのナリをしているので、ミーハーな女性ファンも少なくはない。
その凶暴さを知っているはずの同じ中学の女生徒ですら、こっそりと鷹見与作にファン心を抱いている者さえいる。
さすがに直接コンタクトを取ってくるツワモノはいないが、
こうして学校宛てに与作へのプレゼントを送ってくるファンは多く存在する。
誕生日の前後には、ダンボール2つ分のプレゼントが職員室に届いていた。
ほとんどがスポーツタオルやシャツなど野球関連のものだったので、
与作はそれは部の道具として部員たち全員で使用していた。
だが今日のこのダンボールの中身は、おそらくタオルなんかではないだろう。
何故なら今日は2月14日。
世に言う、バレンタインデーなのだ。
「……さすが西中の鷹、毎年毎年おモテになりますこと」
「……阿呆」
職員室の前で、ダンボールを抱えたまま立ち尽くす与作を見て、美咲は苦笑した。
「どうしてんの、ソレ」
「ジジィが食う。残りは老人会で配っとるんじゃろ」
「ふーん……与作は食べないん?」
「腹が減ったら、食うかもしれんな」
「あれ、チョコ嫌いだったっけ?」
「別に、そこまで食いたかないだけじゃ」
「……じゃ、いらないか」
ダンボールを抱えた与作の隣を並んで歩いていた美咲は、ごそごそと自分の鞄の中に手を突っ込んだ。
与作が横目でそれを見ている中、美咲は黒い包装紙でラッピングされた四角い箱を取り出した。
「今年は手作ってみたんだけどなー。それならおじーちゃんにあげよっかなーー」
「………オイ」
「ん?」
「食わせろ」
そう言うと、与作はパカっと口を開けた。
「……何それ」
「両手塞がっとるけー、食わせろ」
「……何それ」
ツバメの雛のように口を開けている与作を見て、美咲は思わずプッと噴出した。
「そこまで食いたくはないんじゃなかったっけ?」
「腹減った」
「あ、そ」
美咲は笑いながら、包装紙を開いて鞄に押し込むと、出てきた箱の蓋を開けた。
箱の中は9つに仕切られていて、一つ一つに茶色や白のトリュフがおさまっている。
その一つをつまんで、与作の口に放り込む。
与作は何度かもぐもぐと口を動かし一瞬固まり、それからごくりと飲み込んだ。
「次」
そう言ってまた口を開ける。
「まだ食べるの?帰ったらゴハンあるんでしょ?」
「腹減っとんじゃ」
「ふーん」
美咲は再びチョコをつまんで、与作の口に入れる。
与作は同じように飲み込んで、またすぐに口を開く。
肩をすくめた美咲は、それでも同じ作業を繰り返した。
最後の一つになって、美咲は呆れたように隣で口を開いて待ち構えている与作を見上げた。
「ねぇこれ最後よ。全部食べる気?」
「いいから食わせろ」
「……チョコ、嫌いじゃないん?」
美咲は最後の一つをつまんで、それをじっと見ながら呟いた。
「嫌いじゃねー。食う気がせんだけじゃ」
「じゃあ何で今食べてんの」
「……食いたかったけーじゃ。分かれ、そんくらい」
「………ふーん…」
美咲はチラッと目を上げて、フフっと笑うとダンボールを抱える与作の右腕にムリヤリしがみついた。
「うぉ!」
「じゃ、来年はこの倍作ってくるけど、食べたい?」
「……………おぉ」
誤魔化すような小さな小さな声で、与作が返事をした。
その答えに美咲はにっこりと笑って、最後のチョコ一つを与作の口に放り込んだ。
それから自分の指先についた溶けたチョコをペロリと舐めた。
思ったよりも、それはとても甘かった。
『甘すぎて、困る』
久しぶりに書いた鷹みさは難しかった。
当然手作りチョコの味は殺人的ですよ、彼女の場合。
2008/02/14 UP
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