鷹見の通学はいつもランニングを兼ねていた。
誰よりも早く学校に行って、一人で朝練をして、それから授業を受ける。

普段はそうなのだが、この日鷹見は練習の途中で忘れ物に気付いた。
今日の英語の授業で提出するはずだった課題を、机の上に置いたままで出てきたのを思い出したのだ。


帽子を取って額の汗を拭いながら、舌打ちをする。
校舎の時計を見上げると、始業時間まではまだ大分時間がある。
朝練を途中で終わらせるのは気に食わないが、
未提出の罰で居残りやら追加課題やら出されるのは面倒だった。


鷹見は最後の一球を投げてから、後片付けを始めた。









通学とは逆向きにランニングする鷹見の姿を、早めに登校する生徒たちが不思議そうに見てくる。
だが鷹見は一向に構わず、手ぶらのままで自宅までの道のりを走っていた。


途中、幼馴染の家の前を通り過ぎようとすると、玄関から急に出てきた人影とぶつかりそうになった。



 「きゃ」

 「っすま…」



声の主は幼馴染・美咲の母だった。
どうにかぶつからずに足を止めることのできた鷹見は、そう言って軽く頭を下げた。

美咲の母にはいつも世話になっている。
祖父との2人暮らしの鷹見の家に、いわゆる『家庭の味』という差し入れをしてくれる。
試合があると美咲と一緒に応援に来て差し入れもしてくれる、鷹見にとっては彼女は母代わりと言ってもよかった。



 「あら与作くん、ちょうどよかった」

 「ヌ?」



美咲の母は、学校とは逆方向に走っていた鷹見の姿には何の質問もせず、
にこにこと笑って持っていたお弁当袋を持ち上げた。



 「これ、あの子に渡しといてくれない?」

 「美咲に?」

 「忘れてっちゃったのよ」

 「ヌぅ…」



鷹見はとりあえずその可愛らしい袋に入った弁当を受け取った。
額から汗がつぅと流れてきたので、片腕でそれを拭う。



 「あらあら、汗だくねぇ」



美咲の母は笑いながら、エプロンの裾を持ち上げた。
鷹見の頬に手を寄せて頭を屈ませ、エプロンで汗を拭ってやる。



 「ごめんねぇ、今タオル持ってなくて」

 「ヌ…」



エプロンでごしごしと汗を拭かれるのを、鷹見は大人しく受けていた。
それから体を起こし、片手にぶら下げた弁当をちらりと見下ろす。



 「寄り弁になってもいいからね、忘れてった子が悪いんだから」

 「っス」




ランニング頑張ってー!と美咲の母の声援を背中に受けながら、
与作は弁当を持ったまま自宅へと走り始めた。









 「美咲!」



乱暴に教室の扉を開けて言うと、教室中の目が鷹見に向けられた。



 「与作?」



机に座って友達と話していた美咲は、幼馴染の姿に気付いて立ち上げリ扉へと向かった。
前に立つと、鷹見は「ほれ」と言いながら弁当を突き出した。

何となく静かになったクラスメートの目が注がれるが、2人は全く気にしていなかった。



 「弁当、忘れたじゃろ」

 「え? うそ」

 「………」



突き出されたままの弁当袋を受け取り、美咲はうっすら顔を赤らめる。



 「お母さんったら、与作に頼んだの? え、てか何で与作?練習は?」

 「……色々あったんじゃ」



説明が面倒くさくて、鷹見はそう返事をした。
美咲は首をかしげたが、それ以上聞いても答えてはくれないだろうと知っていたので聞かなかった。



 「ありがと、ごめんね」

 「おぅ」



美咲はそう言って笑い鷹見も少しだけ笑って、くるりと向きを変え自分の教室へと戻って行った。





自分の席に戻ると、遠くから見ていた友人たちがニヤニヤと笑っていた。
何よ、と言いながら美咲は弁当を鞄の中に入れて、自分の椅子に座る。



 「優しいカレシねー、見かけによらず」

 「見かけによらずって何よ。 てかカレシと違う!」

 「『美咲』だってー」

 「違うってば!!!!




からかうように笑ったままの友人に、美咲は顔を赤くして抗議する。
だが友人たちはそれも慣れた様子で受け流し、ちらりと鷹見の消えた扉に目をやった。



 「でもさ、いくら『西中の鷹』とは言え、ああいうのが娘のカレシになったら親は心配するんじゃない?」

 「カレシじゃないってば! …でもお母さん、与作のこと気に入ってんのよ」

 「へーーー」



鷹見の試合のたびに応援に熱が入る母の姿を思い出して、美咲は苦笑した。



 「与作くんは優しくてイイコで素敵な子ね、だって」

 「……優しくてイイコ……」

 「…何よその顔」



この世の終わりを見たような友人の顔を見て、美咲はムッとする。



 「言っとくけど与作は皆が思ってるほど乱暴モノじゃないんだからね!」

 「はいはい」

 「ちょっとー」



むぅ、と頬を膨らませる美咲の顔を見て、友人はフフンと笑った。



 「ダンナのこと悪く言ってゴメンってば」

 「………ダンナ違う!!!」

 「だって親公認じゃん」

 「違ーーーう!!!!」




真っ赤になった美咲の叫び声が、朝の教室に響き渡った。




『どうか無意識でありますように』

美咲母は完全なる捏造です。
いるのかいないのかも分からない…(笑)。
合うタイトルが無かった。


2007/08/27 UP

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