「こんなにキレイのに、散っちゃうなんて勿体ないよね」
桜の木が並ぶ土手を歩きながら、美咲は少し前を歩く与作に話しかけた。
「ふーん」
与作はちらりと桜を見上げただけで、素っ気無い返事をした。
頬を膨らませた美咲は、その背中に不満の声を投げかける。
「綺麗だなーとか、儚いなーとか思わない?」
「興味無い」
「つまんないの」
美咲はふいっと顔を背け、足を少し緩めた。
視界いっぱいに広がるピンク色。
小さな花は短い命を謳歌するように、はじけんばかりに咲き誇っている。
その儚さからは想像もできないほど強く大きく広がった枝に、
ほんの少し手を伸ばせば触れることができそうだった。
そう思って美咲が腕を挙げた瞬間、ざぁと強い風が吹いた。
「あ」
乱れた髪に視界を遮られ、伸ばした手はそのままで片手で髪をかきあげると、
美咲の目に飛び込んできたのは舞い散る桜色の雪だった。
美しく、気高く、そうして儚く散っていく桜。
散ると知っているから、美しいのか。
美しいからこそ、儚く消えてしまうのか。
消えてなくなると分かっているから、愛するのか。
今年も桜は、私を置いて散ってしまう。
「何しとんのじゃお前」
はっと気付くと、大分距離の開いた与作が立ち止まり不審気に振り返っていた。
風は既におさまり、桜の雪も消えている。
美咲はその場に立ち尽くしたまま、ぼんやりと与作を見つめた。
「美咲?」
与作はさらに眉間に皺を寄せ、名を呼んだ。
置いてくぞ、と声をかけても美咲は何の反応もしなかった。
「与作」
「…どうした」
ようやく美咲は口を開いた。
どことなく頼りなさげなその声色に、与作は思わず真面目に返事をした。
「手、繋ごう」
「…………あ?」
与作はガクリと肩を落として、裏返った声を出した。
立ち止まったままで美咲は片手を突き出す。
「手」
「……幼稚園のガキじゃあるまいし」
「いいじゃん、誰も見てないんだから」
「………」
呆れた与作は無視して歩き出そうとした。
だが、美咲の必死な声に再び立ち止まる。
「与作!」
「…………あーーもう…」
ガリガリと頭をかいて、与作は美咲の正面まで大股でズンズンと戻った。
そのまま乱暴に美咲の手を取って、引っぱるように歩き出す。
「もうちょっとゆっくり」
「……注文の多い……」
そうは言いながらも与作は速度を緩め、美咲の歩幅に合わせた。
2人で手を繋いで、桜の木の下を歩く。
「ねぇ、受験、与作は学盟館の推薦だよねきっと?」
「おぅ」
「私も第一志望、ソコにする」
「勝手にせぇ」
「そしたら来年の春も、またこうやって一緒に歩けるよね」
「……おぅ」
「春じゃなくても、桜が散っても、一緒だよね?」
「お前がサクラチルにならんかったらな」
「もう!」
たとえ一瞬で散ってしまっても、桜の花は来年も、再来年もその次の年も、美しくその花を咲かすのだろう。
きっとずっと、2人でそれを見ていける。
訳もなく唐突に浮かんだ不安を打ち消すように、美咲は強く与作の手を握った。
『桜道、君と一緒に』
ほのぼのなんだかシリアスなんだか。
2人はピカピカの中学3年生です。
そして私は今年も桜を見ることなく桜の季節が終わりそうです…。
2007/04/12 UP
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