泣いている。
いつの間にか背中に生えていた羽を動かし、部屋の窓の外に浮かぶ。
閉じたカーテンの向こうから、小さな音が聞こえてくる。
声を押し殺している、それでもこの耳に届く嗚咽。
一瞬躊躇し、それから思い切って窓ガラスを通り抜けた。
中には幼馴染の姿。
ベッドの横に座り込み、シーツに顔を押し当てて肩を震わせている。
両の手はそのシーツを握り締め、必死に何かに耐えているようだった。
『美咲』
口には出さずに名前を呼んでみたが、当然届くはずもない。
好きだったのか、と聞かれれば、
分からない、と答えるだろう。
物心ついた頃から傍に居て、それが当たり前になっていた。
野球ができればそれで良かったし、コイツはただそれを見ていた。
台風のときも大雪のときも、コイツは文句を言いながら練習についてきて、ただ見ていた。
それを迷惑だとは思わなかった。
コイツが後ろで見ていることが、自分にとっては当然のことになっていた。
甲子園のマウンドで投げるときも、コイツが見ているはずだった。
「美咲」
口に出してみたが、反応はない。
あのチビ以外にはやはり聞こえないようだ。
足音など当然立てず、ゆっくり近づいて見下ろす。
触れようとして伸ばした手は、あっけなくその体を通り抜けた。
何の感触も得られなかった手のひらをじっと見て、拳を握る。
あの約束を覚えているか?
甲子園に行くと約束した。
覚えているか?
お前はもう泣かないと約束した。
今日、この手でボールを投げた。
たとえ自分の体でなくとも、皮膚に吸い付くあの感触は同じだった。
何も変わらない。
甲子園に行くぞ、美咲。
だから泣くな。
泣くことなど、何もない。
どうすればこの言葉が届くのか。
その涙を止める術など、今の自分は持っていなかった。
『あなたを泣かせたくなかった』
まんまやんけ!(笑)
次こそほのぼのを…。
鷹見が死んだあとの話だと、この2人はどうしても切なくなってしまう。
2007/03/27 UP
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