「鷹見くーん、休憩しよーよーーーー」
「まだ早い!」
「じゃあちょっと寄り道しない?」
しんどさを紛らわすために、太朗はそんな案を出してみる。
鷹見は少し迷った後、仕方ないという風に無言の同意をした。
気分を変えて、ほんの少しだけコースを逸れる。
学盟館へと向かう道。
あんな事故が無く、もし鷹見くんが生きていたら、
もしかしたら今オレが走ってるコースを彼も走っていたのかもしれない。
太朗はぼんやりそんなことを考えながら、
後ろのほうで『もっとスピード出せ』だの『歩幅が狭い』だの文句を垂れる鷹見をこっそりと睨む。
幽霊のくせに、口うるさい。
少しは野球以外の話をしてくれてもいいのに。
殴られるのが目に見えるので、その言葉は口に出さなかった。
「琴吹くーーーん!」
ふと自分の名を呼ぶ女子の声がして、太朗は足の速度を緩める。
道を挟んだ反対側で、学盟館のジャージを着た女子生徒がぶんぶんと手を振っていた。
「あれ、美咲ちゃんじゃんか」
誰にでもなくそう呟いた太朗は、とりあえず手を振り返す。
鷹見は何も言わなかった。
車が来ないのを確認して、美咲は道を渡り2人の傍まで駆けてきた。
人懐こい笑顔を見せて、おはようと挨拶をする。
「みさ…秋津さん、部活?」
「うん、今日はもう帰るんだけどね。 琴吹くんは? 自主練?」
「うんまぁ、ランニング」
「休憩しない? ジュース奢るよ?」
「いやいいよ、自分で買うから!」
傍にあった自販機を指差して、美咲が小銭を出そうとしたので太朗は慌てて止めた。
それぞれジュースを片手に、自販機横のベンチに座る。
太朗はチラリと視線を後ろに送り、無言の鷹見がベンチの背に反対向きに腰掛けるのを見た。
「2月なのにあったかいよねー」
「だねー」
「バレンタインの時期って感じじゃなかったもんねー。琴吹くんはファンのコからいっぱい貰ったでしょ?」
「へっ!? 貰えるわけないよ!!」
「えー?」
美咲は笑いながら太朗の顔を覗き込み、顔を赤くした太朗はジュースを持っていない手を必死に振った。
「バレンタインも誕生日も、オレ別に何も貰ってないよーー」
「誕生日? 近いの?」
「うん、18日」
「あれ、過ぎちゃったんだー。でもまぁおめでと!」
「あ、ありがとう…」
女子から、しかも『カワイイ』部類に入る女子から誕生日おめでとうなどと言われて、
太朗は思わずかーーっと顔を赤くした。
それからはっと気付いて背後の気配を伺うが、殺気は感じられない。
ほっと息をついて、持っていた缶ジュースを飲み干した。
「野球部エースなら、他校の女子でファンとか結構いると思うけどなー」
「いやエースとかじゃないからオレ」
「与作もねー、あんな目つきと性格なのにねー、結構ファンがいて」
太朗の話を聞いているのかいないのか、美咲はクスクスと笑いながら一人で喋っている。
話を遮ってまで『エース』を否定するのも気がひけたので、太朗はそのまま聞いていた。
「県外の女子からね、わざわざ学校にプレゼントとか届いたり」
「へぇ〜」
ニヤニヤと笑って後ろを盗み見ると、聞こえないフリでもしているのか鷹見の背中は微動だにしていなかった。
この場から去ろうとはしない。
太朗と美咲の間で、後ろ向きに座ったままだ。
「秋津さんもあげたん?」
「ん? うん、そりゃ幼馴染ですからねー」
「へぇ〜」
また後ろを見る。
無視される。
確実に聞こえているのに、無反応。
その態度に、太朗はこっそりと笑った。
「やっぱり野球関連のものばっかりになっちゃってねー、タオルとかTシャツとか」
「へー」
「奮発してグローブ選んだこともあったけど」
思い出したのか、美咲は目を細めて笑う。
それに釣られて太郎も微笑み、何気ない言葉が口をついて出た。
「今年は?」
「え」
「…あ」
一瞬美咲の動きが止まった。
しまった、と思ったがどうしようもできなかった。
自分の傍に鷹見があまりに自然に居るものだから、
彼女にはもうこの男の姿は見えないのだということを忘れていた。
鷹見与作は、死んでいるのだ。
もう、1年も前に。
彼女はもう鷹見与作に誕生日の贈り物をすることはできないし、
鷹見与作も彼女から贈り物を受け取ることはできない。
「ご、ごめん」
「ううん…、去年はね、お墓の前に置いてきたんだ」
「………」
「今年も…多分そうする、かな」
ふふっと美咲は健気に笑う。
太朗はその顔を見つめて、ボソリと呟いた。
「……オレに」
「え?」
太朗は自身でも何を言い出そうとしているのか、よく分からなかった。
だが、言わなければと思ったのだ。
「オレに、頂戴」
「……え?」
「オレがその…鷹見くんの代わりに使うから、だからおれに」
何故か必死な表情の太朗に気圧されて、美咲は戸惑いながらも笑顔を見せた。
「いいけど…、でも誕生日18日だったんだよね? 過ぎちゃってるけどイイ?」
「そうじゃなくて、鷹見くんの」
「…おいチビ…」
太朗のその言葉を聞いて、後ろの鷹見が振り返り口を開いた。
もちろん美咲にその声は届かないし、届いている太朗はそれを無視した。
「鷹見くんの誕生日に――」
そう言って、太郎ははっと気付く。
目の前の美咲は、目を見張って無言でいた。
「ご、ごめん! よく考えたら図々しいっつーか不謹慎っつーか…!」
慌ててブンブンと両手を振り、誤魔化すように太朗はハハハと笑う。
「……使って、くれる?」
「え」
「与作の誕生日プレゼント、使ってくれる?」
今度は太朗が目を見張り、固まる。
「……う、うん! おれでよければ! あ、でも…」
「でも?」
「鷹見くん、怒らないかな〜〜と…」
何も考えず言い出してしまったので、太朗は口元を引きつらせてチラリと視線を後ろにやる。
美咲もつられて目線を動かすが、ベンチの背の上にあるものを見ることはできない。
少し首をかしげて、視線を戻した美咲は微笑んだ。
「大丈夫だよ、怒らない」
「かなぁ…」
「何かさ、琴吹くんといると――」
美咲は背にもたれて、首を反らし空を見上げた。
先程よりも大分落ちた太陽が、空を藍色から朱色のグラデーションに染め始めている。
その太陽を見つめながら、美咲はふっと笑った。
太朗はそんな美咲の横顔を見つめた。
鷹見も見ているのだろうというのを、気配で感じていた。
「与作も近くにいる気がする」
「…え」
「何でだろな、不思議。 縁ってヤツかなー?」
「か、かな…」
「もしかしてアイツ、琴吹くんに憑いてんのかもね!なーんて!」
「はは…」
冗談めかした美咲の言葉に、太朗はヒクリと頬を引きつらせ曖昧に笑って返した。
本当にとり憑かれてます、なんて口に出せるわけはなかった。
手を振る美咲を見送って、太朗は片手をヒラヒラさせたままチラリと斜め上を見上げた。
美咲が消えた方向を、いまだ鷹見はじっと見つめていた。
「……ごめん、鷹見くん」
「………何が」
目を合わせずに太郎が呟くと、同じく顔を向けずに鷹見が返事をする。
2人は同じ方向を見つめ、歩道に立ったままで会話をする。
「勝手にあんなこと決めちゃってさ」
「………」
「でも、美咲ちゃんのプレゼント、使いたいっしょ? 墓泥棒するわけにはいかんしねー」
太朗は言い訳するようにそう言って、鷹見を見る。
鷹見は一瞬だけ目を合わせ、すぐにまた正面を向いた。
「……妙な気ぃ遣いやがって、ムーミンのくせに」
「あ、ひでぇ! せっかくの心遣いを!」
ぶーーと頬を膨らませた太朗を無視して、鷹見はバサリと羽を広げ前に出た。
羽根が数枚舞って、一瞬だけ太朗の視界が遮られる。
だがすぐにそれは開け、その先で鷹見がニヤリと笑っているのが見えた。
「太朗」
「…なに?」
鷹見の背中の夕日が眩しくて、太朗は思わず目を細めた。
黒いシルエットから、声がする。
「ありがとう」
「………え」
一瞬聞き違いかと思って、太朗は目を見張って聞き返した。
「お前がおってよかった」
「………何か、便利な人間見つけたとか思ってんじゃないの?」
太朗はニヤリと笑ったままの鷹見を見つめて、
それから恥ずかしさを誤魔化すように茶化した返事をした。
「お前がおらんかったら、ワシはもう野球もできんかった」
「………」
鷹見はふっと笑って、肩越しに振り返り道の先を見る。
「あいつの笑顔も、見れんかったかもしれん」
「………」
再び太朗と目を合わせて、鷹見はもう一度言った。
「ありがとう」
今度ははっきり耳に届いて、太朗は言葉に詰まる。
この男の頭には、野球のことだけ。
そしてほんの少し、あのかわいい幼馴染のこと。
オレに会えてよかったとは、言ってくれないの?
胸の奥で、ほんの一瞬だけそんなことを考えて、太朗は少し苦しくなった。
鷹見はまた大きく羽根を羽ばたかせ、向きを変えて家への道を進み始めた。
その背中を見つめながら、太朗はクスリと笑う。
まぁいいや。
鷹見くんは嬉しそうだった。
あの鷹見くんが、オレにありがとうと言った。
それだけで、自分の誕生日プレゼントには充分かもしれない。
「ちょっと待ってよ鷹見くん! 羽があるからってズルイよ!」
「お前がトロイんじゃ」
太朗はその背中を追って駆け出し、隣に並んだ。
今年の誕生日は、彼はきっと今のように、
自分の隣で笑ってくれるだろう。
『愛しきゴースト』
うーん、どうもタイトル合ってないね!(爽やかに)
たろちんバースデー話なのに、まるで鷹見バースデー!
2月末くらいのお話だと思ってください。
太朗→鷹見風味?
鷹見の命日はいつだろう?
卒業式前だから…3月頭くらいだとは思うんだが。
2007/03/01 UP
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