「付き合ってください」
「……えーと、ごめんなさい」
「…彼氏とか、おるん?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど」
「じゃあいいじゃん! 試しに少しだけ…」
美咲が顔を赤くして、どこか慌てたように両手をはためかせる。
男の方も必死で食い下がるがふと美咲の肩越しに、自分たちへ向けて視線が送られていることに気付いた。
鷹。
人殺しと称されるその視線が、まっすぐに自分を睨みつけている。
校舎の壁に隠れているような、堂々と仁王立ちしているような、
どちらとも取れる立ち居地で、射殺すような視線を送りつけてくる。
「………っっ!!!」
男は真っ青になって、思わず一歩後ずさる。
それに気付いた美咲は、あの…と首をかしげる。
男ははっと気付いて美咲に目を戻し、だがそれでも視界の端ではしっかりと『鷹』の姿を捉え続けていた。
「あの、その…」
「…? とにかく、ごめんなさい」
美咲の声も、男に届いているのかは既に怪しい。
彼の目には、人殺しの顔をした男がじりじりと近づいてくる、
そんな恐怖映画のワンシーンが刻み付けられている真っ最中だったからだ。
「わっ、わかりましたーー!!」
そう言い残して、男はクルリと背を向け一目散に走り去った。
残された美咲は呆然とそれを見送って、なんだか釈然としないまま首をかしげた。
まぁいいかと呟いてくるりと向きを変え、校門へ向かって歩き出す。
「あれ、与作?」
校門あたりに幼馴染の姿を見つけた美咲は、笑顔になって駆け寄った。
声に気付いた与作は、ズボンのポケットに両手をつっこんで校門に寄りかかったまま美咲に目を向ける。
「どしたの? 練習は?」
「…テスト前じゃけぇ、部活禁止じゃ」
「あ、そっか」
「家帰って、ランニングする」
「ふーん。 …で、ここで何してんの?」
「………」
美咲が不思議そうな顔で尋ねると、与作はふいっと視線を逸らす。
体を移動させて覗き込んでも、器用に顔を動かして目を合わさなかった。
「………もしかして、私を待っててくれたのかな鷹見くーん?」
「……別に、何となくじゃ…」
部活の後も、一人残って練習をする。
それが終わっても、ボール磨きやグランド整備など、与作の帰る頃はいつも真っ暗だった。
美咲と同じ時間帯に帰宅することなど、ほとんどない。
だがテスト週間に残って練習などしていては、教師から説教されてしまう。
さすがの与作も真面目に帰るらしい。
テストで悪い成績を取れば、結局野球をする時間が減ってしまうのだから。
「何でもいいよ、一緒に帰ろ! 久しぶりじゃない!」
「……」
美咲は笑って、与作の隣に立ちその右腕を取って引っぱる。
与作は抵抗もせず、そのまま歩き出した。
「そんなに野球ばっかりしてるくせに、テストの成績いいって不思議よね」
「お前が授業をちゃんと聞いとらんのじゃろ」
「聞いてますー」
美咲はむぅと頬を膨らませる。
ちらりとその顔を横目で見た与作は、軽く笑った。
「そーだ、図書室残って勉強しよっかな」
「……暗くなるぞ」
「そしたらさ、与作と一緒に帰れるよねー?」
「……」
自分的にはかなり良いアイデアだったのに、与作の浮かない顔を見て美咲は眉間に皺を寄せた。
ぐいぐいと与作の右腕を引っぱって抗議する。
「暗い夜道を女の子一人で帰らせる気!? そんなだから人殺しとか言われんだよ?」
「それとは関係ないじゃろーが」
「とにかく、よろしくねっ」
「……そういうんは、付き合った男にしてもらえ」
与作の呟きに、美咲は足を止めた。
無言の美咲に気付いて、与作も足を止めて振り返り「オイ」と声をかける。
「……何言ってんの」
「……」
「彼氏なんていないって、知ってんでしょ! バカじゃない!」
「バ、バカって何じゃ!」
「バカはバカよ、バカ!」
「ヌぅ…」
急に不機嫌オーラを出し始めた美咲は、足を速めて歩き出し与作を置き去りにした。
その背中を見て妙な唸り声を出した与作も、とりあえず追いついて隣に並ぶ。
「……何を怒っとんのじゃお前」
「…それが分かんないからバカって言ってんの」
「………」
分かっていても。
気付いていても。
それを互いが口に出さない。
この2人の関係が進むのは、まだもう少し先になりそうだった。
『咲かない蕾、言わない私』
「鷹見」とするか「与作」とするか、いまだ手探り。
美咲とのときは「与作」かな。
2006/12/10 UP
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