「話がある」

ヒルダにそう切り出されたときは、最悪の想像をした。
つまり、魔界に帰るとかそういう類のものだ。
だから何も考えず「ダメだ」と思わず口にしてしまった。

「……何が」
「帰るな」
「………何を勘違いしているのかは知らんが、帰る予定はない」
「………ならいい、うん。よし来い」

気付かぬうちに固く握っていた拳を開いて、ふぅと息を吐く。
だが目の前に立つヒルダはやけに神妙な顔つきで、帰る以外にどんな真面目な話があるんだと少し不安になった。

人類滅亡のお知らせ?
そんなことはオレがさせない。
大魔王がなんか怒ってるとか?
知るかそんなもん。
……子供が出来た、とか?
むしろめでたいことじゃねーか。

なかなか話の続きが始まらないのでそわそわしていると、ヒルダはそっとオレの手を握った。
やけに弱々しくて、それはいつものヒルダからは想像もできないほど頼りないもので、どれだけ深刻な話をするつもりなのかと心臓が早鐘を打ち始める。

「貴様には……早く言わねば、と……思っていた」

ヒルダはそう言って、オレの手を握ったままゆっくりと自分の顔へと近づけた。
少し俯いているから、いつも左目を隠している前髪がさらりと流れる。
指先が柔らかい頬に触れ、金色の髪に触れる。
促され指でゆっくりとそれを掬うと、ヒルダは同時に顔を上げた。

まっすぐな強い目が、こちらを見つめてくる。
少し緑がかったヒルダの金色の瞳は、当然日本人のものとは全く違っている。
金色の髪に金色の瞳、迫力がないはずがない。
外国人の知り合いがいるわけでも彼らを間近でまじまじと見たことがあるわけでもないので何ともいえないが、アメリカとかそのへんの国の人間でもこんな迫力は無いんじゃないかと思う。
それは、こいつが悪魔である故だろう。

そして今、オレの目の前には、普段見えない左の瞳を露わにしたヒルダがいる。
両の目にまっすぐ見つめられ、逸らすことができなかった。
むしろそこに引き寄せられていくようで、瞬きすることも惜しかった。



ヒルダの左目は、燃えるような赤色をしていた。



「……昔から、気味が悪いと言われてな」

ヒルダは少し目を伏せて、淡々と言葉を紡ぐ。

「両親の色ではない。どうしてこんな風になったのかは解らんが、印象の良いものではないのだろう」

手をひっこめることも忘れその瞳に見入っていたが、ヒルダはそれをどうやら別の意味に解釈したようだった。
自嘲気味に少しだけ笑って、また視線を落とす。

「人間界でも、同じようだな」

ヒルダは再びオレの手に自分の手を重ね、離そうとした。
まるで、自分に触れないほうがいい、と言わんばかりに。

「私自身も、この目は―――」
「思うかよ」

遮るように、言った。
離すどころか、その手でヒルダの頬を包む。
オレの反応にヒルダは驚いたようで、金色と赤色の瞳を大きく見開いた。

「誰が思うかよ、そんな事」

気味が悪いなんて、誰が思う。
思う人間がいたとしたらそれはきっと、ただの嫉妬だ。
だってこんなもの、オレにだって解る。



綺麗だ。



本物は見たことないが、きっと宝石ってのはこんな感じなのだろう。
真っ赤なのに透き通っていて、惹きつけられて逃れられない。

自分が情緒豊かではないことは自覚しているし、目の前にあるものをうまく言葉で表現できるほどの語彙力も持ってない。
それでも伝えたかった。
でなければヒルダはずっと思い続けるだろう。
自分のその目を、気味が悪いものなんだと。

だが言葉が見つからない。
だからそれは早々に諦めた。

頬に手を添えたまま、顔を近づけてヒルダの左の瞼に唇を落とす。
乱暴にすれば壊れてしまいそうだったので、いつも以上に優しくした。
ヒルダは訳が解らないのか、相変わらずきょとんと目を丸くしている。

「たつみ?」
「お前、バカなんじゃねーの」
「……何だと?」
「魔王付きの侍女悪魔のくせして、自分のことも解んねーのかよ」
「……何が言いたい」

もう一度左瞼にキスをする。
今度は長めにすると、ヒルダは何も言わずに目を閉じたまま受け入れたので、ついでに口にもした。

「めちゃくちゃ綺麗じゃねーか」

言葉が見つからないので結局思ったままを口にした。
でもヒルダが嬉しそうに笑ったからまぁいいやと思い、宝石みたいな赤い瞳を見つめてからもう一度キスをした。


目を瞑るとあの赤が見えなくなってしまうから、ちょっと勿体ねーなと思った。


(了)



『たからもの。』

またまた某様の漫画に妄想爆発して生まれたもの。
ヒルダさんがオッドアイ設定なのです。

2012/05/12 UP

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