「お前そんな水着いつ買ったんだよ」
「沖縄に行くと言ったら、お義姉さまが店に連れていってくださった」
「ふーん」

男鹿はヒルダの正面に立ち、じろじろとその水着姿を眺めた。
上から下まで目を走らせ、図々しいその視線は他の男であれば確実に仕込み刀で刺し殺されるところである。
だがヒルダは男鹿の不躾な視線は逃げもせず受け止め、むしろ逆に胸を張った。

「文句でもあるのか」
「いや別に」
「似合わないとでも言いたいのか貴様」
「そーは言ってねーだろ」
「じゃあ何だ」
「……露出多すぎじゃね?」

ヒルダはそう言われて自分の姿を見下ろす。
白の水着は首の部分は紐だが、背中は普通にホックで留めるようになっている。
ビキニなので当然腹の部分に布地は無いが、水着としてはごく一般的な形である。

「だが店で見たときは大抵がこの形だったぞ」
「いやそうかもしんねーけど、一応修学旅行で他の野郎とかいるんだしよ」
「それがどうした」
「だーかーら、オレらだけで来てるんならソレでもいいけど」
「……つまり、他の男に見せたくないというアレか」
「………」

フンとヒルダが得意げに笑うので、男鹿はピシリと額に血管を浮かばせる。
ずばり言い当てられた居心地の悪さから逃げたくなったが、ここで逃げるわけにはいかない。

「せめてパーカーとか持ってきてねーのかよ。無いならオレのシャツとか」
「暑苦しい」
「……たまには素直に人の言うこと聞けよ」
「意味が解らないことを聞いてやるつもりはない」

胸の前で両腕を組み、ヒルダはぷいっと横を向いた。
先程の言葉を男鹿が肯定しなかったことでどうやら不機嫌になったらしく、頑なに拒絶している。
あの場合の無言は肯定だろーが、と男鹿はため息をつくが、それよりもまず目の前の状況をどうにかしなければならない。
水着のおかげで迫力二割増しのヒルダの胸が、自身の腕に押し上げられてさらにすごいことになっているのだ。
それはもう、溢れんばかりの。

あぁもうそんなちっせー水着じゃバーンっていっちまうぞ、バーンって。

傍からみればいつも通り無反応な男鹿に見えるが、その心中ではハラハラと大慌てだった。
いつもは黒い服ばかり着ているし手袋だブーツだと比較的肌を隠しているヒルダだが、こうして太陽の下に素肌をさらしているとその白さに思わず目を細めてしまう。
まわりにいるのは同じ学校の連中だけとは限らず、別の学校の修学旅行生や地元の野郎どもなど、そんなヒルダに下心丸出しの視線を送る男たちは後を絶たない。
この容姿では当然と言えば当然だが、男鹿からすれば腹立たしくて仕方ない。

人の嫁のカラダ勝手に見てんじゃねーよ!!!

心配を通り越してイライラが優位に立った男鹿は、ずいとヒルダの首の後ろあたりに手を伸ばす。

「……何だ」
「こんなほっそい紐、ほどけたらどうすんだよ」
「案ずるな、きちんと結んで―――」

男鹿は紐の頼りなさを訴えるために結び目のところを少し引っ張る、そのつもりだった。
決して、解くつもりなどなかった。
だがどこで何をどう間違えたのか、ヒルダの豊かな胸を支えていた細い紐は男鹿の指によってぱらりと解かれた。

「!!!!!!!」

支えを失った薄い布地から解放されたそれは、一気に男鹿の眼前に露わになった。
男鹿はそれを目にした瞬間、たとえばこういう競技があるならば世界で金メダル取れる、というようなスピードでヒルダを抱きしめた。
まさかの出来事にヒルダは自分で自分の胸を隠すことも忘れ、抱きしめられたまま固まっている。
紐の解けた水着は背中のホックだけでヒルダの体にひっかかり、だが男鹿との間でつぶされ形を変えた胸はどうにか人前にさらされることは避けられている。

ぎゅうとヒルダを抱きしめ、横からも見えないようにさらに腕の中に抱え込むようにした男鹿は、長い息を吐いた。

「……こういうことになるから、何か着ろっつってんだ」
「……これはどう考えても貴様のせいだろう。さっさと結べ」
「動くなよ、見えるから」
「それはこっちのセリフだ」

ヒルダは男鹿の腰に手をまわし、しがみつくように身を寄せる。
男鹿は二人の間に隙間ができないようにごそごそと動きながら、器用に腕だけを動かして紐をひっぱりあげると、
ヒルダの首の後ろにまわして結んだ。
普通は蝶々結びをするものだが、これでもかというほど何度も固く結んでやった。
その間にも二人はぴったりと密着している。

「ほら、出来た」

男鹿から体を離したヒルダは首に手をやって、結び目がゴツゴツと出来ているのを確認して不満の声を漏らす。

「……貴様どれだけ結んだんだ。脱ぐとき大変ではないか」
「おれが解いてやるんだから別に問題ねーだろ」
「それならいいが、破くなよ」
「気を付ける。でもとりあえずコレは着ろ」

そう言って男鹿は自分が羽織っていた半袖のシャツを脱ぐと、バサリとヒルダの頭にかけた。

「……貴様も随分と面倒な男だな」
「うるせー」

文句を言いながらも、ヒルダは素直にそのシャツに袖を通した。
それを確認して、男鹿はヒルダの手を取るとぐいと引っ張って歩き出す。

「どこへ行く、たつみ」
「部屋」
「もう戻るのか?」
「いろいろ限界です」



「皆さんアレどう思いますか! けしからんですよね!!」
「だから何でアンタはここにいんのよ、モブ市」

ずんずんとホテルの部屋へと戻っていく男鹿とヒルダ(とベル坊)を、古市は寧々の隣で何度も「けしからん!」と叫んで見送った。


(了)




『いろいろ限界です。』

修学旅行先にて。
水着ヒルダさんを妄想。

2012/04/09 UP

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