ホテルのドアを開けると、古市は我先にと部屋の中に入った。

「おー! なかなかの部屋!!」

荷物を床に放り出し、古市は大きな窓へと駆け寄った。
ホテルのすぐ前が海になっており、この部屋からもそれを眺めることができる。
時期が時期だけにさすがに泳いでいる水着美人はいないが、それでも古市のテンションは十分に上がっていた。

「よし、んじゃこの椅子オレのーー」

窓側にはテーブルと椅子のセットがあり、そのうちの一つに古市はダイブするように座り込む。
小学生のような言動を横目で見つつ、荷物を鏡台の前に置いたヒルダも窓の傍に近寄ると「ふむ」と呟いて口元を緩めた。

「坊っちゃまの排尿期を思い出すな」
「いやそれ言わないでくださいヒルダさん……ここは沖縄! 問題なし!!」

ベル坊の盛大なおもらしを思い出して古市は口元をひきつらせるが、どうにかテンションを旅先のものへと再び引き上げる。
その間にロビーでのごたごたに巻き込まれ少し遅れていた男鹿は、ベル坊をいつものように背中にひっつけて大きな欠伸をしながら部屋の中に入ってきた。
荷物は古市と同じように床に放り投げ、きょろきょろと中を見渡すと「結構広いな―」と言いながらヒルダの隣に立ち窓から海を眺める。

「ベル坊の小便来てんじゃねーの」
「だからゆーなって!!」
「それにしても、飛行機というものは疲れるな」

ヒルダは二人のやりとりを無視して、古市の向かいの椅子に静かに腰を下ろした。
それから両手を上げてにっこり微笑むと、「坊っちゃま、ヒルダの膝へどうぞ」とベル坊へ声をかける。
男鹿はベル坊を渡し、それからじろりと椅子に座る二人を睨んだ。

「オレの椅子は」
「貴様は床で良いだろう」
「イヤダ」
「ならば仕方ない。キモ市そこをどけ」
「なんで!?」

沖縄に来てもやはり虐げられる古市は必死に抗議するが、男鹿は面倒くさいと言わんばかりにまた欠伸をして、それから腰をかがめると椅子に座るヒルダをひょいと抱えあげた。
いわゆる「お姫様だっこ」の格好である。
本能的にベル坊を落とさないようしっかり抱いたヒルダは、目を丸くして固まっている。
男鹿はそのまま椅子に座り、抱きあげたヒルダを自分の足の上に下ろした。

「あー、ねみぃ。時差ボケだなこれ」
「………」

ヒルダは肘掛部分に足を乗せて投げ出すような格好のまま、無言で男鹿を見上げる。
遺憾だ、と言わんばかりのその視線を男鹿は気にすることもなく、ゴシゴシと目元をこすったあとヒルダを自分の上に乗せたまま両手両足をダラリと投げ出して目を閉じた。

「つーか男鹿お前何やってんだよ!!」

ヒルダを膝抱っこするという羨ましすぎる状況に古市がきゃんきゃんと噛みつくが、男鹿は返事すらせずに目を閉じたまま動かない。
しばらく睨んでいたヒルダもやがて力を抜いて、ベル坊を優しく抱いたまま男鹿の胸によりかかるようにもたれた。

「……座り心地の悪い椅子だ」
「いつも乗っかってるくせによく言うぜ」
「死にたいようだな貴様」

ギラリとヒルダの眼光が鋭く光るが、男鹿は目を閉じているのでそれには気付かない。

「ヒルダっさーん!! オレの膝の方がきっと座り心地いいですよーーー」

満面の笑みの古市が両腕を広げて待っているが、ヒルダは全く興味のない視線を送るのみだった。

「オレ寝るから、メシんとき起こして」
「夕食はどこで食べるのだ?」
「知らね」
「会場が用意してあるみたいっすよ、今日は。男鹿置いて行きましょうヒルダさん」

修学旅行のしおりである二つ折りの紙を見ながら、へこたれない古市は男鹿の代わりにヒルダに答えた。
それを聞いて、男鹿の胸にもたれベル坊の頭を撫でているヒルダは「ふむ」と呟く。

「ラクなものだな、修学旅行とやらは。皆で行った温泉旅行のようなものか」
「そーそー、オヤスミーー」
「てゆーか男鹿!! いい加減ヒルダさんおろせ!! 代われ!!」
「くかーーー」
「早い!!!!!」

いつの間にか男鹿の片手は、ヒルダの腰のあたりに添えられている。
ヒルダは完全に男鹿に体を預けているので、背中を支えなくても倒れることない。
男鹿は既に夢の中なのでその手は無意識のものだろうが、そんなところに無意識に手をやれること自体がまわりから見れば羨ましいやら腹立たしいやらで、古市はギリギリと奥歯を噛みしめる。

「あーもー解ったよ! オレが床に座りますからヒルダさんとベル坊はこっち座ってください」
「構わん」
「へ?」

中途半端に腰を浮かせた古市は、ヒルダの返事に首をかしげる。

「夕食前に起こせ、古市」
「へ?」


そうして古市が見たものは、男鹿に抱かれて気持ち良さそうにスヤスヤと眠るヒルダの姿であった。


(了)




『標準時間の時差はありません。』

またもや修学旅行ネタ。
ホテルでのお話。

2012/04/08 UP

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