「たつみー、はいコレ」
「あ?」

日曜だからと居間のソファでだらだらと転がっていた男鹿は、唐突に母から重箱の包みを差し出され首をかしげた。
淡いピンク色の布でぴっちりと包まれたそれは三段重ねの重箱で、体を起こしてから受け取るとそこそこの重さがあった。

「何だよコレ」
「お弁当」
「弁当? 今日は日曜だぞ」
「だーかーら、家族三人でお出かけしてらっしゃい」
「はぁ?」

男鹿の母は楽しげにニコニコと笑い、窓へと視線をやり眩しそうに目を細めた。
外は「春です!」と言わんばかりの晴天で、道行く人の姿も春らしい薄着になりつつある。
日曜だけあって、時折子供がはしゃぎながら駆けていく声も聞こえていた。

「公園の桜がね、今ちょうど満開らしいのよ」
「ふーん」
「だからヒルダちゃんとベルちゃんと、行ってらっしゃい」
「えーー、めんどくせー」
「桜?」

腰の重い男鹿の隣で、ベル坊を膝に置いてきちんと座っていたヒルダはきょとんと義母を見つめた。

「桜とは?」
「なにお前、桜知らねーの」
「魔界では聞いたことはないな」
「ほらほら、マカオの人はきっと見たことないのよ。連れてってあげなさい! いいわね!」

男鹿家の最高権力者である母はそう言い捨てて、家の仕事をするために二人に背を向けキッチンへと戻った。
ボリボリと頭を掻きながら男鹿は重箱をあぐらをかいた足の上に抱え、ちらりとヒルダに目をやった。

「……桜、見たいか?」
「どんなものか、興味はある」
「……しょうがねーな、行くか」

男鹿は重箱を片手に立ち上がり、欠伸と共に玄関へと向かう。
ヒルダはしばらくその背を見送っていたが、「早くしろ」と声が飛んできたのでベル坊を抱いて後を追った。



暖かい日差しの中で、男鹿は重箱をぶら下げヒルダはベル坊を抱いて、三人はのんびりと公園までの道を進んだ。
風も無く、気温も今日はかなり上がっているだろう。
さすがに夏場のようにTシャツ一枚というわけにはいかないが、ジャケットの類は全く必要ない。

「おー、ここってこんなに桜の木あったのか」

普段よりも随分と賑わっている公園に入ると、さすがの男鹿も驚いたように声を上げた。
桜の名所のような豪華さはないが、それでも十分な本数の桜がほぼ満開に近い。
木の下に立って見上げれば、視界が桜色に覆われるほどだ。
二人は人があまりいない木の下で立ち止まり、揃って見上げる。

「これが桜……?」

男鹿がちらりと隣を見ると、ベル坊を抱いたヒルダは呆然と桜を見上げていた。
その表情に男鹿は思わず目を丸くする。

ヒルダは心から驚いたように、目をキラキラさせて桜を見つめていた。
嬉しいのか感動したのか、頬をうっすらと桜のようなピンク色に染めて、微笑んでいる。

今日のヒルダは、いつものゴスロリの服ではない。
いつの間にやら姉らと買い物に行っていたらしく、普通の女が着るような服もいくつか持っているのだ。
合わせたわけではなく偶然に桜色のカーディガンを羽織り、いつもまとめている髪も下ろして、それは時折吹く穏やかな風になびいてさらさらと流れている。
金色の髪は日差しを浴びてキラキラと輝き、風に乗って柔らかい香りが男鹿の元へと届く。

ヒルダは胸元に抱いたベル坊に「これが桜ですよ、坊っちゃま」と優しく話しかけ、それからまた桜を見上げた。
だが視線を感じたのか、ふと首をかしげて男鹿へと顔を向ける。

「……たつみ? どうした」
「……何でもない」

見惚れていたなどと、言えるわけもない。

ただ、いつも髪をキッチリまとめてドS全開の目をしているヒルダが、柔らかく髪を下ろし普段滅多に見せない穏やかな表情をしているだけだ。

たったそれだけなのに、どうしてこんなにも目を奪われるのか。

男鹿は自分の感情を誤魔化すようにベル坊の頭をがしがしと撫でると、風に舞う花びらを器用にキャッチして「ほら」と素っ気なく言ってヒルダに差し出した。
ヒルダは「うむ」と笑って、ベル坊を抱き直して男鹿へと体を寄せる。

「坊っちゃま、桜の花びらです」
「アー」
「………」

ベル坊にあげたわけではなかったのだが、ここで重ねて「お前にだ」と言えるキャラでもないので男鹿は黙ってベル坊にそれを渡した。
小さくて柔らかいピンクの花びらを、ベル坊は不思議そうにまじまじと眺めて「ダー!」と雄叫びをあげる。

「珍しいな、気に入ったか」
「家の庭には桜の木は無いのか?」
「無ぇな」
「そうか……」

ヒルダは少し残念そうに答えて、だがまた満開の桜を見上げると嬉しそうに口元を緩める。

「美しいな、桜というものは」
「アウ!」
「あー、そうだな」

機嫌の良いベル坊は同意の声を上げ、ヒルダはそれが嬉しかったのかニコニコとこぼれるような笑みを見せる。
そんな二人の姿を見て、男鹿も気付かぬうちに笑顔になっていた。

「綺麗だ」

ざぁ、と風が吹き、舞う桜色の花びらが二人を包んだ。
ヒルダの頭の上に落ちた数枚を男鹿はつまんで、それもベル坊に渡した。

「貴様にもついているぞ、かがめ」

よほど桜が気に入ったのか、今日のヒルダはかなり機嫌が良い。
普段ならばこんなことはしないだろうに、男鹿をかがませるとその黒髪にひっかかっている花びらを取ってやると同じようにベル坊に渡す。
何枚もの桜をゲットしたベル坊も、相変わらず嬉しそうに笑っている。

春の桜の下で、そんな風に幸せそうに笑う姿は母子そのものだ。
男鹿は二人を見つめ、またヒルダの頭へと手をやるとよしよしと撫でた。

「まだ付いてるのか?」
「……いや」

ヒルダは不思議そうな顔をしているが、怒ったり手を振り払ったりはしない。
されるがままに、男鹿に頭を撫でられている。

「どうした、たつみ」
「別に、何となく」
「撫でるなら、坊っちゃまを撫でてさしあげろ」

冗談なのか本気なのか、ヒルダはにっこり笑ってそう言った。
男鹿はとりあえず言われたとおりベル坊を撫でる。
桜をゲットし男鹿に撫でられヒルダに抱かれ、ベル坊は満足げにはしゃいでいる。

「なぁヒルダ」
「何だ」
「今すげーキスしたいんですけど」

しれっと言ってはみたものの、男鹿はさすがに殴られるのを覚悟した。
屋外でしかも比較的人が少ないとはいえ、この場にいるのは自分たちだけではないのだ。
部屋ならまだしも、こんな場所では拳が飛んでくるか毒舌が出るか、はたまた両方か。

だが、変わらぬ笑顔で出されたヒルダの返事は、男鹿の予想とは正反対のものだった。

「いいぞ」
「……は?」
「まわりも似たような若い夫婦か、男女ばかりだ。誰も気にしはしないだろう」
「……まぁ、な」

男鹿はまわりを見渡し、ヒルダの言葉通りであることに納得する。

「それに」
「ん」
「桜が綺麗だからな」

ヒルダの答えに、男鹿はクックッと笑った。

「何だよ、酔ったってか」
「お互い様だろう」
「確かに」


桜の下でキスを交わす若い夫婦を、咎める者は誰もいなかった。


(了)




『桜舞う。』

某様の桜の下の男鹿ヒル絵に悶えすぎた結果、妄想。
ほんとマジ素晴らしい絵です。

2012/03/23 UP

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