「ヒルダ、行くぞ」

本日の授業を終え、帰り支度をしているヒルダに男鹿はそう声をかける。

「何だよ、どっか行くのか」

古市も同様に帰り支度をしながら、男鹿に尋ねた。
『帰る』ではなく『行く』と言うからには、下校途中でどこかに寄るのだろうと推測はできるが、どうせ予定もない古市は行き先次第では無理矢理ついて行くつもりだった。
面倒事に巻き込まれるのはご免だが、二人が下校デートのごとくイイ感じになるのを黙って見守るつもりもない。

男鹿と古市は昔からの腐れ縁というか慣習というか、登下校を一緒にするのは当たり前のようになっていた。
置いて行ったり先に行ったりしたからと言って喧嘩になるわけでもないが、なんとなく一人でいるのは落ち着かない。
男鹿はどうかは知らないが、少なくとも古市にとってはそうだった。
いわゆる「親友」という括りになることも、若干気恥かしいが不本意ではない。
だが、それと男鹿の恋路とは別だ。
自分を差し置いて美人とイチャイチャするなんざ許さない、というのが本音である。

ひがみ上等。
キモいと言われてもオレだって金髪巨乳女子と一緒に帰りたい!!

…という叫びがどうやら口に出ていたらしく、ヒルダの冷たい視線を全身に浴びた古市は思わず目をそらした。

「……で、どこ行くんだ?」
「スーパー」
「なんだ、ただのおつかいかよ」

期待はずれの表情で鞄を手に持ちヒルダの支度を共に待つ古市に、男鹿はさらりと返事をする。

「親父ども、今日からいねーんだ」
「……は?」
「何か懸賞で旅行券が当たったとかで、夫婦で行きやがった。だから晩飯をな」
「………」

古市はしれっと答える男鹿を、口をあんぐりと開けて見つめた。

ヒルダは侍女悪魔として、男鹿の傍、正確にはベル坊の傍にいる。
同時に男鹿家には男鹿の嫁として居候する形になっているのだ。
その方が都合がいいからだ、と最初の頃はヒルダ自身が嫌そうに語っていたのだが、最近では嫌そうどころか嫁として男鹿家の面々と接するのが楽しそうにも見える。
少なくとも古市にはそう見えた。
男鹿のほうも、乗っ取られたなんてほざいていたくせにいつの間にかヒルダを家族の一員と認めているし、まんざらでもない様子である。

古市は自分でも気付かぬうちに恨みがましい目で男鹿を睨むように見つめていたらしく、「なにガン飛ばしてんだてめー」といかにも不良な反応をされてしまったが、無視した。

まわりから夫婦だと思われているこの二人は、本当は夫婦ではないはずなのに、いつの間にか本当の夫婦みたいになってきている。
古市もそれには気付いており、二人の間に何かあったのだろうが怖くて聞けない。
ものすごく興味はあるが、本人たちの口から聞いたら認めざるを得なくなってしまう。

真実はさておき、そんな家族公認夫婦を置いて男鹿の両親は旅行に出かけたというのだ。
公認だからこそ置いていけるわけだが、「やりたい放題じゃねーか」という高校生男子としては正常な叫びは古市は僅かな理性で胸の内に仕舞い込んだ。
男鹿のことだからその事実に気付いていない可能性も無くは無いので、あえて教えてやる必要はない。

それに、二人きりではないはずだ。

「み、美咲さんは?」
「姉貴もサークルの旅行とか何とか。まぁこっちは今日から一泊だけどな」

つまり、完全に男鹿とヒルダの二人きりということである。
ベル坊の存在はこの際置いておくとして。

「かわいい息子と孫を置いて遊びに行きやがったから、せめて金置いてけっつったら奮発してくれたんだよ。それ残さず使って好きなモン食ってやろーと思ってな」

男鹿はヘラヘラ笑いながらそう言った。
この年で旅行に置いていかれるのが寂しいはずもなく、男鹿からすれば静かにのんびり出来て嬉しいくらいだろう。
道理で今日は朝から機嫌がよかったはずだ、と古市は納得した。
だがスルーするわけにはいかない。
これは邪魔せねばなるまい、と固く決意する。

「じゃあファミレスとかでイイんじゃねーの。せっかく金あるんなら」
「別にファミレスメニューが食いたいわけじゃねーし」
「行くぞ、男鹿」

その間にヒルダは支度を終えたらしく、鞄を持つと二人を置いてさっさと教室から出て行った。
男鹿らもそのあとに続き、いつものように帰宅の途につく。
だがいつもの道ではなく、この日は商店街へと向かっていた。

「コロッケと、何だ?」
「何でもいい」
「それが一番困るな。ふむ……では、店のお勧めを見て決めるか」
「おー」

何だよその会話、と二人の隣で古市はもやもやとしていた。
ちらりと横目で男鹿の顔をうかがうが、いつも通りの表情だ。
ヒルダの方も変わらぬクールさで、別に妙な空気を醸し出しているわけでもない。
だがそのいつも通りさが逆に「夫婦」っぷりを強調しているようで、もやもやするのだ。

「……なぁ男鹿、お前好きなモノ食うっつったよな?」
「あぁ」
「……ふーん。あっそ」

つまり好きなものとヒルダの作るものがイコールになるということだ。
しれっと何言ってやがんだコイツは、と思ったが古市はこれも口には出さなかった。
下手に追及すると殴られそうだし、これもまた本人が無自覚ならば気付かせた挙句またもやもやするハメになってはたまらない。

だがふと、視線を男鹿を超えてヒルダに向けると、僅かではあったが微笑んでいた。
聡明な侍女悪魔は、おそらくは男鹿の発言に含まれる事実に気付いたのだろう。
気付いて、そうやって嬉しそうに笑っているのだ。

「……なんだかなー」

古市は自分の状況と、今のこの二人の状況を比較してげんなりとする。
なんでオレにはでかいオッサンしか近寄らないんだと口に出しそうになったが、出したが最後、おそらくヤツは現れる。
キョロキョロと周りを警戒して、だが今日は大丈夫そうだとホッと安堵する。

「……あ、男鹿」

見渡した視線の先にいつもコロッケを買い食いする店が入ってきて、古市は男鹿の肩をポンポンと叩いた。

「今日は買わねーの?」
「あー、どーすっかな」

男鹿はいつもの店に目をやって、それからちらりとヒルダを見る。

「構わんぞ、ひとつくらい。すぐ夕食というわけでもないしな」
「じゃ食うか。おばちゃーん、いつもの二つー」

そうして男鹿と古市は普段の下校時と同じくコロッケをそれぞれ買うと、店の前に置いてある椅子に腰かける。
ヒルダは買わなかったが、同じように男鹿の隣に座りベル坊を受け取ると、自分の膝の上に乗せた。

男鹿はまず自分の分のコロッケにがぶりと半分くらいかぶりつき、それからベル坊用に買ったコロッケを一口サイズにちぎった。
揚げたてではなく冷ましてもらったものを買っているから火傷の心配はないが、念のためにとフーと息を吹きかけて、それから「ほらよ」と言ってベル坊の口に放り込んでやる。
ベル坊はお気に入りのそのコロッケを嬉しそうにもぐもぐと食べ、すぐに次をよこせと催促している。

「坊っちゃま、そんなに美味しいのですか?」
「まぁ、毎日の定番だもんな」
「ヒルダさん、食ったことないんですか?」
「あぁ」
「じゃあオレの一口あげますよー」

体を倒して男鹿越しにヒルダを覗き込んだ古市は、にこにこと笑って自分のコロッケを差し出した。
キモ市と呼ばれても構わない、あわよくば間接キス!というとりあえずお約束を狙うものだった。
だがその目論見は男鹿の一言であっけなくブチ壊される。

「ほら」

男鹿はベル坊に食わせてやるように一口サイズにちぎった自分の分のコロッケを、ヒルダの口元に運んだ。
ヒルダは何の迷いもなく、小さく口を開く。
それからその差し出されたコロッケと、男鹿の指先も一緒にして口の中にいれた。

「……ふむ、なかなかの味だな」
「だろ?」

男鹿は何故か自分の手柄のように得意げに笑って、それからヒルダの唇が触れた指をペロリと舐めた。
コロッケをちぎっているために油や具が付いているからで、それ以上の意図は感じられない、それくらいに自然な動作だった。

古市は無言で一連の流れを見守って、空しく差し出したままだった自分のコロッケをひっこめるとかぶりついた。

「貴様はこういう味が好みなのか」
「まぁ嫌いじゃねーよ。旨いしな」
「そうか……ならばこの味を目指してみるか」

ヒルダは一口食べたコロッケの味を思いかえすように、神妙な顔つきで考え込んでいる。
その手は無意識にベル坊の頭を撫でており、また男鹿に一口サイズのコロッケを差し出されるとこれもまた無意識に口を開いてぱくりと食べる。

コロッケを挟んでいた紙をくしゃりと丸めて紙袋に放り込んだ男鹿は、ヒルダからベル坊を受け取ると自分の頭に乗せて立ち上がった。
古市も食べ終わったので、同じく包み紙を丸めて立ち上がり、当然のように手渡されてしまった男鹿のゴミと一緒に近くのゴミ箱に放り込む。

「別にこの味じゃなくていいよ」
「だが……」
「お前の味でいいって」
「……そうか」

ヒルダは優しく笑うと、立ち上がり男鹿の隣に並んでまた歩き出す。

やってらんねーーー!!!!と叫びたい古市だったがどうにかこらえ、二人の後に続いた。
こうなったら家まで押し掛けて晩飯一緒に食ってやるヒルダさんの手料理食ってやる、と再び恨めしそうに男鹿を睨むが、男鹿はまったく相手にしていない。

「風呂どうする、メシの前に入るか? 他がいねーから一回で済むけど」
「うむ……だが風呂の後で作り始めたのではやはり遅くなってしまうからな……後にしよう」
「お前長風呂だもんな」
「貴様が早いのだ。坊っちゃまがまだ温まっていないというのに、いつもいつも……」
「てめーに合わせてるとのぼせるっつーの」
「文句を言うな」

スルーすべきか突っ込むべきか、古市はフルフルと体を怒りで震わせながらこらえていた。
何それどういう意味お前ら一緒に風呂入る気!? てか今までも一緒に入ってたんかい!?
だがこの疑問を口にしたところで、この二人は平然とそれを認めるだけだろう。
そしてヘコむのは自分なのだ。

やってらんねーーーー!!!!と今度こそ叫びかけた時、唐突に視界が白くなった。
まさか…と思って一歩後ずさり、目線をゆっくりとあげていく。
そこには毎度毎度現れては自分を巻き込み挙句の果てに自宅でも一緒という状態になっている、見慣れた大男の姿があった。

「貴之」
「………」
「お義母さま方から伝言です。今夜は所用でお出かけなさるとのこと、夕食は私と適当に…ということですので、このアランドロン、手作りさせていただきました……ぱか…」
「………うぎゃああああああああ!!!!!!」
「入浴も一緒なら一回で済みますな、貴之……?」
「ちくしょうなんでおれはこっちなんだああああああああ!!!!!」

古市の悲痛な叫びはアランドロンにのみ込まれ、男鹿とヒルダが気付いて振り返ったときには既にそこには誰もいなかった。

「古市?」
「先に帰ったのだろう」
「そーか」

大して気にもせず、二人は歩き始める。

「ま、今日はメシ食って風呂入ってのんびりしよーぜ」
「そうだな」
「ダーブッ!」

悪夢のような夜を過ごすであろう古市とは対照的に、三人は至極幸せそうに笑いあった。


(了)




『これがいわゆる格差社会。』

高校生バカップル男鹿ヒルを書こうとしたらこうなった。
あれ……。
あとアラ古を目指しました(笑)。

2012/03/21 UP

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