何故だか解らないが、ものすごく気持ちがよかった。

布団の中で男鹿はそんなことを思っていた。
まだ眠りから覚めてはいないが、ぼんやり何かを考えられるくらいには意識が浮上し始めている。
目覚める前のこういううとうととした時間が一番気持ちがいい。
だがここで二度寝でもしようものなら学校には遅刻だし、母親からいちいち起こされる羽目になる。
姉が起きてまだ家にいれば、問答無用で蹴り起こされるだろう。

起きねーとなぁ……

そうは思いつつやはり目は開かない。
いつも以上に心地よい眠りで、男鹿は何でだろうなと回らない頭で考えた。

ごろんと少し寝がえりをうつと、隣でいつものように眠っているベル坊にぶつかった。
赤ん坊の体温は高くて気持ちが良い。
だがそれはいつものことで、心地よい睡眠の理由として昨夜はそれ以上の何かがあったのだ。

なんかこう……柔らかいクッションに抱きつくような……

男鹿が「んー」と唸りながら昨夜のことを思い出そうとしたとき、誰かに名前を呼ばれた気がして思考は中断された。

「………さん」

誰かが自分を呼んでいる、ような気がする。
だがいまだ半分寝ている頭ではよく聞き取れない。

「……み、さん。たつみさん」

何度か呼ばれて、ようやくヒルダの声だと解った。
ヒルダが自分の名前を呼んでいるのだ。
返事をしなければ殴られる、と思った男鹿だが、眠気が勝って声が出ない。

……何でヒルダの声がするんだ?

いつも姉の部屋で寝ているヒルダが、朝のこの時間に男鹿の部屋にいることはない。
ましてやわざわざ男鹿を起こしにやって来るなんてことはありえない。
ベル坊を起こしに来ることは時折あるが、それでも時間的にまだ早い。
その違和感に男鹿は徐々に意識をはっきりさせていった。

ヒルダ……そうだ、昨日ヒルダは……

昨夜の出来事を、男鹿はだんだんと思い出していった。
ヒルダが目を覚まして、そしたら記憶失ってて、それから――?
ものすごく重大で大問題なことを思い出しそうになったところで、ふと顔にさらりとしたものが触れた。

さらさらと頬に流れてくるそれが髪だと気付いたら、今度は額に柔らかいものが触れた。
それに加え自分の体からは決してしないであろう良い香りがして、さすがにこの段階で男鹿はがっちりと覚醒した。

「!!!???」

カッと目を見開き、ものすごい勢いで起き上がる。
周囲を見渡すと、驚いた顔のヒルダがベッドの横に膝をついていた。

「………おはようございます、たつみさん」
「………お、おはよう……」

にっこり笑うヒルダに、男鹿はとりあえず律儀に挨拶を返す。
妙な汗をかきつつじっとその顔を見つめると、ヒルダは不思議そうに首をかしげた。

「朝ごはん、出来ましたよ?」
「………お前さ、昨日の夜……いや、てゆーか今……何した……?」

男鹿の言葉に、ヒルダは少しの間を置いてポッと頬を赤らめ両手でそれを隠す。

「は、はやく着替えて下りてきてくださいねっ!」

ヒルダは赤い顔のまま、逃げるように部屋を出てパタパタと階段を駆け下りていった。
男鹿は無言で、というか何も言うことができずに、その後ろ姿を見送った。
開け放たれたままのドアから、「ヒルダちゃん顔真っ赤よー? たつみになにされたのー?」という母親のからかうような声が聞こえてくる。

いや、されたのはこっちだろ!!

男鹿は思わずそう叫びそうになったが、やめた。
思い出しつつある自分の記憶が確かなら、その反論は受け入れられるはずがないのだ。

「うわーーー………」

ベッドの上であぐらをかいて、男鹿は頭を抱える。
それからじっと自分の両手を見下ろした。

完全に目の覚めた今、昨夜のことははっきりと思い出した。
ヒルダが自分たちは夫婦だと信じ込んで、何故だか一緒に寝ることになって、それからベル坊を挟んで眠って……。

男鹿は再び唸りながら頭を抱えて布団の上に倒れ込んだ。

この手がこの腕がこの頭が、昨夜のヒルダの感触をしっかりと覚えている。
状況が状況とはいえ、記憶が無い女に何やらかしてんだ、と珍しく自己嫌悪に陥り、だが心地良かったのは事実でありその感触を当分忘れられそうにないことも事実だ。
そして流されたわけでもなく、自分の意思で抱きしめたということもまた事実だ。

ヒルダの記憶が戻って、もしその間の出来事を覚えていたら確実に殺られる。
どんな言い訳をしようとも、とりあえずは殴られるだろう。

忘れてほしいような、忘れてほしくないような。



微妙な感情を抱きつつも、男鹿は自分は決して忘れないだろうなと自覚していた。


(了)




『きみのぬくもり。』

再び、バブ139と140の間を妄想。
そりゃもちろん夜は一緒に寝るでしょう?
そうでしょう?
違うの?
違わないでしょ?

2012/02/08 UP

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