「あーー、なんかあちーなー」

夏の日曜日、だらけきった男鹿は少しでも涼を取ろうと床に寝そべっていた。
ハーフパンツの上に、ボタンを留めずにシャツを羽織り、時々ごろごろと転がりながら今度は「だりー」とつぶやく。
いつものように傍にいるベル坊も、男鹿を真似てゴロゴロ転がり「ダー」とか「ダブー」とか喋っている。

「クソニートが」

そう声をかけられて寝そべったまま顎を上げると、ヒルダがゴミに向けるような眼で見下ろしていた。
男鹿はボリボリと腹を掻きながら、「何だよ」と反論した。
ヒルダに暴言を吐かれるのは出会った瞬間からのことなので今更改めろなどとは言わないが、今日は日曜日でここは男鹿の家で、他にしなければいけない仕事や用があるわけでもなく、別に文句を言われる筋合いは無い。

「黒か」

ボソリとつぶやくと、次の瞬間には顔面にヒルダの足がめりこんだ。
スカートの中が見えるような位置に立つそっちが悪いのに、と心の中で文句を言いつつ、男鹿はベル坊を抱き上げるヒルダをぼんやり見つめた。

「ゴロゴロゴロゴロと、バカの一つ覚えのように……」
「うるせーな」
「少しは坊っちゃまの将来のためになるような事をしたらどうだ」
「ためって、たとえば何だよ」
「町を潰すとか」
「さらりと物騒なことゆーな」

決してヒルダは冗談を言っているわけではないのだが、初夏の暑さにバテている男鹿は無視することにして床に放ってあった漫画雑誌に手を伸ばした。

「じゃあ読書でもするとしますか」
「なるほど。漫画を読むことを読書というのか、貴様は。さすがはドブ男だ」
「あーもーうるせーーー」
「アーー!」
「……坊っちゃま?」

うんざりとした表情で、仰向けの格好の男鹿はパラパラとページをめくる。
相変わらず蔑む目でそれを見下ろすヒルダの胸に抱かれたベル坊は、床へと手を伸ばしながらじたばたと暴れ始めた。
男鹿はそれに気付くと、本を閉じてニヤニヤ笑いながらヒルダの方へと指を突き付ける。

「ほーらほらほら、ベル坊もあちーんだよだりーんだよ。床は冷たくて気持ちいーよなーベル坊?」
「そうなんですか、坊っちゃま?」
「ダー!!!」

目を輝かせてそう叫ばれてしまい、ヒルダは仕方なく床におろしてやった。
ペタペタと男鹿の顔のあたりまで這って行き、ベル坊は再びゴロンと転がる。

「ダブー」と気持ち良さげに男鹿の隣に定位置を見つけたベル坊を見下ろしながら、ヒルダは「そんなに気持ち良いのですか、坊っちゃま……」と首をかしげる。

「ダ!!」
「お前も寝ればーぁ?」

古市から借りた、というか古市から奪った漫画を読みながら、男鹿は何の気なしにそう言った。

ヒルダは「侍女悪魔」というだけあって、一応は礼儀正しいしマナーやなんかにも五月蠅い。
こんな風に床にゴロゴロと寝転ぶなんてことは、「はしたない」と言ってやらないだろう。
男鹿はそう思っていた。
だからあえて「寝れば?」などと声をかけたのだが、そのヒルダが素直にごろんと男鹿の頭側に転がったものだから、持っていた漫画をバサリと自分の顔面に落としてしまった。

「……何やってんのお前」
「寝ている」
「いやそりゃ解るけど」

思い切り首をそらして男鹿は自分の頭上のヒルダを見ようとするが、二人とも寝ているからその表情は全く見えない。
だが返事の声色は怒っているようではなかったので、まぁいいかとまた本を持ち上げて「読書」を再開した。

ヒルダはじっと寝転んで天井を見上げながら、「ふむ」と声を漏らす。

「確かに適度な冷たさだ」
「だろ?」
「アウー!」

ヒルダも仲間入りしたことが嬉しいのか、ベル坊は笑いながら二人の間をゴロゴロと転がる。
男鹿の顔にぶつかるとその口をぐいと引っ張り、ヒルダの顔にぶつかるとすりすりと頬を寄せる。

「おいベル坊くん、その態度の違いは何だね」
「フッ……、妬くでない」
「誰が誰にやいてんだよコラ」

表情の見えぬヒルダを睨みながら、男鹿はぐいぐいと口を引っ張るベル坊を引き剥がした。
その間に、いつの間にか自分の本を用意していたヒルダはさっさと読書を始めている。
男鹿と同じように仰向けで読んでいるから、首をそらすと本の中身がちらりと見えた。

「……何だそれ」
「魔界の小説だ」
「魔界にもあんの」
「ある」

男鹿でなくとも普通の人間には読めない文字で書かれたその本に、ヒルダは黙々と目を走らせていく。
床に転がって読むという決して上品ではない姿だが、それでも白く細い指がページをめくるその動作は優雅としか言いようがない。
男鹿は漫画を読むことを忘れ、自分の頭越しにその指先をじっと見つめていた。

「………読みたいのか?」
「へっ?」

視線を感じていたらしいヒルダが突然口を開き、男鹿は思わず間抜けな声を出してしまった。
無意識とは言えまさか「指見てました」なんて古市みたいな変態発言をするわけにもいかず、男鹿は「お、おう!」とついつい答える。

「では、交換だ」
「あ? お前漫画読むの?」
「人間界では人気なのだろう、その雑誌は。勉強のために読んでおこう」

そう言ってヒルダは寝転んだまま、自分たちの顔の上で小説を持つ手を男鹿の方へと伸ばした。
男鹿も体を起こすことなく、その本を受け取りかわりに漫画をヒルダに渡す。

ヒルダは小説の二倍以上もあるサイズのその漫画雑誌を受け取ると、「何故こんなに大きいんだ」などと言いながら律儀に一ページ目からめくっている。
全く興味のない本を受け取った男鹿も、仕方なくページをめくった。
だがだらけきった脳みそを使って理解不能な文字で埋め尽くされた本を読めというのは、拷問に近い。
二、三行読んだあたりで男鹿はあっという間に眠くなった。



二人が本を交換してから五分も経たぬうちに、男鹿はガーガーといびきをかき始めた。
ヒルダは苦笑して、諦めて投げ出された手から自分の小説を回収する。
それから漫画をぽいっと放ると、それは見事に男鹿の腹の上に着地した。

ころんと横向きになって、呑気に眠る男鹿の顔を見つめる。
二人の間のベル坊は相変わらず男鹿の口や頬を引っ張って遊んでいるが、起きる気配は無い。

「……魔王の親がこんなだらしない寝顔とは……先が思いやられるな」

手を伸ばし、ベル坊と同じように男鹿の頬をつまむと思い切りひねり上げた。
さすがに男鹿は顔をしかめたが、目を覚まさなかった。
ベル坊は喜んで、ヒルダと同じく頬を思い切りつねり始める。
赤ん坊の力とはいえ加減を知らないからそこそこ痛いはずだが、「うー」と唸るのみでやはり起きない。

「………ふっ」

その光景が微笑ましくてなんだかおかしくなったヒルダは笑い、今度はベル坊へと手を伸ばす。

「坊っちゃま」

名前を呼ばれたベル坊は「ダ!」と返事をしてから、男鹿の口を引っ張ったままごろんと寝転がり、伸ばされたヒルダの手をしっかりと握った。
それだけのことが嬉しくて、ヒルダは思い切り抱きしめたい衝動にかられたがどうにか我慢する。
三人でお揃いで寝転んでいるこの状況を、ベル坊が楽しんでいるからだ。

「ダーッ、アゥ!!」
「ふふ」

ベル坊の魔王としての成長も、男鹿の魔王の親としての成長も、人間界を滅ぼすことも、全て忘れてはいけない大事なことだ。

だがたまにはこんな、平穏な時間を過ごすのも悪くない。

ヒルダはベル坊と手を握り呑気な男鹿の寝息を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。



男鹿が目を覚ましたとき、いつの間にか三人共が寝がえりをうったせいかベル坊を挟んで川の字になって寄りそう形になっていたのだが、二人が起きる前に男鹿がそそくさと逃げたので結局ヒルダがその事実を知ることはなかった。


(了)




『お昼寝タイム。』

バブ5表紙ネタ。
この二人かわいすぎて本当もうどうしたら……。

2012/02/05 UP


TOP

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送